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『フォルモサ南方奇譚』倉本知明著

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重層する歴史 魅力の語り

評・岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)

◇くらもと・ともあき=1982年生まれ。専門は台湾の現代文学。2010年から台湾在住で、現在は高雄の文藻外語大准教授。
◇くらもと・ともあき=1982年生まれ。専門は台湾の現代文学。2010年から台湾在住で、現在は高雄の文藻外語大准教授。

 フォルモサ―それは、ポルトガル人が「美しい島(イーリャ・フォルモーサ)」と呼んだことに由来する、台湾の古い欧文名である。この島は、スペイン、オランダ、そして鄭成功率いる明の遺臣たちによって、幾度も支配の手を変えながら歴史を刻んできた。19世紀末には日本の植民地となり、その時代の記憶と戦争の痕跡は、いまも遺構や人々の意識の中に静かに息づいている。

 本書は、歴史と記憶、虚構と現実、そして現代と過去が複雑に交錯する、重層的な世界観で構成される。ノンフィクションだが、幻想的に小説のような語りも随所に入り、独自の文学的魅力を放つ。どちらか一方に分類すること自体、無意味かもしれない。現実と幻想の ()(ざま) ―生と死のあいだにひそむ奇妙な空間もまた、この世界をかたちづくる静かな要素なのだ。

 台湾南部の社会を形づくってきたのは、原住民と外来者の交錯である。台湾に関心を持つ読者であっても、各地に暮らす原住民族の歴史や文化に精通している人はそう多くはないだろう。ここでは、それらが記憶や伝承という形で語られる。たとえば、17世紀のオランダ人との戦いの記憶が、19世紀後半に起きたアメリカ人一行の遭難事件と結びつき、犠牲となったアメリカ人女性が、かつて敵対したオランダ人の女性のイメージへと変容し、やがて土地の女神として まつ られるに至る―それを頓狂なものとして否定するのではなく、その語りが生まれ受容されていくことに意味を探る。

 章のあいだには、短い怪異 たん や昔話が挿入され、静かに本書全体に厚みを与えている。「奇譚の中にこそ、不断に書き換えられてきた歴史に没した『いま』がある」。そう語る作者は、時間の流れに沈む断片的な歴史を、異邦人のまなざしで拾い上げ、美しく編み直していく。

 描かれる台湾南部の情景は、どこか懐かしく、同時にみずみずしい。色彩豊かな描写のなかに、静けさと奥行きが漂い、台湾に 馴染なじ みのない読者でも自然と引き込まれていく魅力がある。(春秋社、2750円)

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読書委員プロフィル
岡美穂子( おか・みほこ
 1974年生まれ。歴史学者、東京大准教授。専門は中近世日本の海外交流史。中でも南蛮貿易に関する研究をしている。著書に『商人と宣教師』。

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