ジェンダーギャップ指数「男女平等」日本118位なんて「そこまでではなくね?」
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初夏といえば、虫が飛び始め、朝顔が咲き、地下鉄でエアコンの風を感じ始める季節。毎年この時期になると、メディアを賑わせるジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index:GGI)は、世界経済フォーラムが2006年から発表している世界各国の男女平等に関する状況を示した数値だ。世界148か国を対象に性別による格差を「経済」「教育」「健康」「政治」の四つのカテゴリー(14項目)から測定、0〜1のスコアで表され、その数値が1に近いほど男女格差の小さい素晴らしい社会であることを示しているのだそうだ。
自信を持って「男女平等」と言える状況ではない
この数値で日本は毎年、世界ランキングの下位に位置付けられることから、メディア各社が一斉に報じ、「格差改善で世界に遅れる日本!」「主要7か国でぶっちぎりの最下位!」といった見出しが並ぶのが恒例だ。今年も日本は148か国中118位。男尊女卑の意識を拭えていない状況が数値で示されたことで、女性の生きづらさや、男女の不平等を嘆く投稿がSNSで散見された。
確かに日本で生活をしていると、女性が性的搾取されるケースが目に付くし、その背景に男女の賃金格差が影響していることは想像できる。日本が男女格差のない平等な社会かと問われれば、自信を持ってそうだと言える状況でないのは確かだ。
でも、148か国中118位だと言われると、「そこまでではなくね?」という疑心を抱いてしまうのは私が男性だからなのだろうか。日本が世界に顔向けできないほど男女不平等な国だという実感が湧かないのだ。
平均寿命が男女で大きく違うロシア
私が男女平等ではないと実感を持って言えるのは、私が生まれた国ロシアだ。ロシアでは男性と女性はそれぞれ「こうあるべき」という考え方が浸透していて、男らしさや女らしさに欠ける言動は批判の対象になる。ロシアでLGBTQが受け入れられにくいのは、こうした性別によるあるべき役割を放棄して、身勝手な生き方をしていると考えられているからだ。
家事や子育てをするのは女性で、力仕事は全て男性の役割だ。女性に対するルッキズム意識は男性のそれとは比較にならないほど基準が高いし、家事も育児も女性任せなのに共働きが当たり前という不条理もある。一方で男性は30歳までに1年間の兵役が義務づけられており、有事の際には動員され、命をかけて戦わされる場合がある。
平均寿命の男女差は日本が約6歳なのに対し、ロシアの場合は10歳以上も違う。ロシアの男性は平均寿命が約67歳(2023年)なのに、男性の年金受給開始年齢は65歳なのだ。面白いことに、長生きする女性の年金受給開始は60歳で男性より早い。
つまり、ロシアでは男性が女性のために年金を払うだけ払って、自分はわずかしか受給しないという不平等が当たり前に受け入れられている。私にとってこの事実は目玉が飛び出るほど理解不能だが、ロシア人に聞くと「考えたことなかった。まあ家族単位で見ているから」といった反応で、男女の結婚ありきの制度にさほど疑問も抱いていないようだ。
そんなロシアのジェンダーギャップ指数はさぞ低いのだろうと調べてみると、ウクライナ侵略があった2022年以降は調査対象に含まれていないが、その前年の2021年は81位で、当時の日本の120位よりも高い水準にあったので驚かされる。
ウクライナで男性は自由に出国できない
2025年のジェンダーギャップ指数に、ウクライナは調査対象に含まれていた。ご存じの通りウクライナは現在、18歳から60歳までの成人男性は原則として自由に出国することができない。これはロシアのウクライナ侵略による総動員で男性は軍に召集される可能性があるためだ。
実際に街を歩いていると軍から声をかけられ、そのまま召集されることもあるため、外出を控える男性も多数いるという。これが問題なのかどうかの議論はさておき、実際にウクライナで男性はその意思に関わらず、命をかけて戦わされる状況に置かれているということだ(自ら志願する女性兵もいるが、志願はあくまで志願だ)。
こうした状況を考えてみると、「男女平等」というのは平和な時代のぜいたくなのだなという感想を抱いたが、調べてみるとウクライナの今年のジェンダーギャップ指数は62位。
一方の性の命がもう一方の性と比べて明らかに危険にさらされ、それを回避する自由が奪われている状態にある国が、男女共に生命の危険がなく、声を上げる自由が確立されている日本よりも男女平等だとされているのだ。
ロシアやウクライナの状況を考えてみただけでも、いかにこのジェンダーギャップ指数が男女平等を測る指数として欠陥があるのかは明らかだろう。女性に何らかの優遇措置がされていてもそれが数値に反映されないのだから、果たしてそれは男女“平等”と言えるのだろうか。
女性政治家は少なくても「教育」「健康」で男女平等
そもそもジェンダーギャップ指数で日本が大きく後れをとって、ランキングの足を引っ張っているのは「政治」分野だけだ。4分野を数値別にみると、「教育」と「健康」については満点の1に限りなく近い高水準。「経済」も平均をやや上回っている。
ところが、閣僚や国会議員などの男女比を調べる「政治」分野においては、女性議員は衆議院で15.7%(2024年11月)、参議院は25.4%(同)にとどまっている。女性議員が少なければ、女性の声が政治に反映されにくく、暮らしや社会制度に影響する可能性があるという点で改善されるべきだとは思う。
だが、このジェンダーギャップ指数から読み解けるのは、「日本は女性の政治家が少ないのに、他の指数は高い」という事実だけで、それ以上でも以下でもないのだ。
日本ではあまり報じられないが、男女平等を測る指数には世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数」のほかに、国連が発表している「ジェンダー開発指数 (GDI)」や「ジェンダー不平等指数(GII)」がある。
GDIとは「健康」「知識」「生活水準」における女性と男性の格差を測定し、人間開発の成果におけるジェンダー不平等を表している。2025年の結果は日本が世界193か国中89位。
GIIとは「リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)」「エンパワーメント(自立性、主体的行動の実現性)」「労働市場への参加」の三つの側面における男女間の不平等による潜在的な人間開発の損失を映し出す指標。これは男女平等順でみると25年現在、日本は世界172か国中なんと22位なのだ。
これらの数値をふまえると随分と印象が変わる。明らかに数値が低く、インパクトの強いジェンダーギャップ指数がメディアで取りざたされるのは理解できるが、国連が発表しているランキングにも着目はするべきだろう。
私がジェンダーギャップ指数に懐疑的なのは、日本の女性を取り巻く環境改善に取り組む必要がないと考えているからではない。この分野で日本がぶっちぎりで世界に後れをとっていて、どうしようもない状況にあるのだと強調するために怪しい数値を一つだけ振りかざされると、「女性の声」の信ぴょう性が損なわれ、必要なアプローチでさえもないがしろにされる可能性があると思うからだ。
国の政策や企業の意思決定などに女性の声を反映させるには、男女平等を取り巻く現状について、もっと多角的な視点で捉えることが必要なのではないだろうか。(タレント 小原ブラス)
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