[掛布雅之物語]<17>身震いした日本シリーズ、阪神ついに日本一
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小学生の時には「鉄棒の大車輪ができた」というほど、掛布は運動能力にたけていた。水泳やサッカーも得意だったという。だが、何より好きだったのが、自宅近くの公園でのバット振り。「内角高め、外角低め」とつぶやきながら、高さの違う雑草の葉を投手が投げるボールに見立て、いつまでも振り続けた。
野球にのめり込んでいったのは、巨人の長嶋茂雄や王貞治への憧れだけではない。「試合で活躍すればヒーローになれるし、負ければ悔し涙も流した。野球を続けられたのは、子どもながらに感じる喜怒哀楽があったからだと思いますね」
千葉・習志野高時代は野球部の「縦社会」も見た。「理不尽だなあと思うことが多くて、何度やめようかと」。だが、そこで培った忍耐力はプロ入り後、大いに役立ったという。
テスト生同然で阪神に入団し、様々な経験を経てたどり着いた日本シリーズの大舞台に、掛布は身震いした。1985年11月2日。3勝2敗と王手をかけて乗り込んだ西武球場(埼玉)での第6戦は、九回に自ら2試合連続、シリーズ2号となる2ランを放つなど、9―3で西武に快勝。阪神は球団創設以来初の日本一に輝いた。
このシーズン、3番を打ったランディ・バースは打率3割5分、134打点、54本塁打でセ・リーグ三冠王に輝き、自身も打率3割、108打点、40本塁打と4番の重責を果たした。掛布はまさに、キャリアの絶頂期にあった。(敬称略、随時掲載)