魚雷で沈んだ学童疎開船対馬丸の航路、児童が追体験…遺体流れ着いた島で黙とう「悲しみは残り続けるんだ」
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黒く、光のない海がどこまでも広がっていた。今月13日の午後8時頃、鹿児島県・奄美大島沖。甲板に立ち、息をのむ子どもたち。80年前のあの日は台風が近づいていた。米潜水艦「ボーフィン号」の魚雷が命中して学童疎開船「対馬丸」は傾き、学童らは荒れた海原に次々と投げ出された。
「こんな暗い海に……。怖いし、想像できないくらいかわいそう」。沖縄県の小学5年の児童(10)は、対馬丸に乗船していた同年代の子どもたちを突然襲った信じがたい光景を思い浮かべ、つぶやいた。「私たちの時代には、こんな悲劇は起きてほしくない」
児童784人を含む少なくとも1484人が犠牲となった惨事の遺族らでつくる対馬丸記念会の「平和継承プログラム」。実際に対馬丸の航路をたどって追体験し、当時の学童の心境を想像してもらう狙いで、沖縄の小学生15人が2泊3日の日程で参加した。
生存者の語り部が減少し、風化への危機感を強めた同会が2022年から取り組んできた。過去2回は救助された生存者が疎開生活を送った宮崎県で当時の質素な食事を食べたり、レプリカのいかだに乗って漂流時の恐怖を想像したりした。3回目の今回は初めて同様の航路をたどり、洋上慰霊祭では
一行を乗せた船の「目的地」は、奄美大島の西海岸にある