[掛布雅之物語]<19>引退決意、揺らがなかった理由は「田淵のあの言葉」

スクラップ機能は読者会員限定です
(記事を保存)

「スクラップ機能」に登録したYOL記事の保存期間のお知らせ。詳細はこちら
メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

 年齢を重ね、掛布の体はあちこちがきしんでいた。入団14年目の1987年は腰痛の影響で極度の打撃不振に陥り、6月には一軍選手登録を抹消された。結局、出場106試合で打率2割2分7厘、45打点、12本塁打。翌88年も開幕から打棒は振るわず、チームに貢献できない日々に、じくじたる思いだけが募った。

引退試合で胴上げをされる掛布(1988年10月10日、甲子園球場で)
引退試合で胴上げをされる掛布(1988年10月10日、甲子園球場で)

 試合後、自宅で電気治療器を患部にあてる日々が続いた。朝は体の痛みと格闘しながら起き上がり、湯船にゆっくりとつかってから球場に向かった。それでも体が悲鳴を上げ、7月中旬から長期離脱を強いられた。

 そんな生活を間近で見ていた妻の安紀子に、シーズンが中盤にさしかかった頃、こう言われた。

 「パパ、もう無理しなくていいよ」

 掛布の頭に、「引退」の二文字が浮かんだ瞬間だった。引き際を意識するようになると、違う感情が頭をもたげた。

 「テスト生みたいな選手が曲がりなりにも、阪神の4番を務めた。よくやったじゃないか、と自分を納得させようとする弱い自分が出てきた」

 88年9月14日、掛布は33歳の若さで現役引退を表明した。他球団からの誘いもあったが、決意が揺らがなかったのには理由がある。それは、78年オフに西武への移籍が決まった田淵幸一に言われた、あの言葉だ。

 「お前は、俺のようになっちゃだめだ。縦じまのユニホームを着続けろ」(敬称略、随時掲載)

関連記事
掛布雅之に投じた「一生悔いが残る1球」とは…元巨人・江川卓、宿命のライバルを語る
スクラップ機能は読者会員限定です
(記事を保存)

使い方
速報ニュースを読む 「プロ野球」の最新記事一覧
注目ニュースランキングをみる
記事に関する報告
1916346 0 プロ野球 2021/03/17 15:00:00 2021/03/22 08:37:18 /media/2021/03/20210317-OYT1I50055-T.jpg?type=thumbnail
注目コンテンツ

注目ニュースランキング

主要ニュース

おすすめ特集・連載

読売新聞購読申し込みバナー

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)