『令和のコメ騒動』(3)コメ価格高騰の構造と備蓄米放出の意味

食料自給率と安全保障 第12回

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2025.3.11

全社連携事業推進本部稲垣公雄

食と農のミライ
農林水産省は、2025年2月14日に政府の備蓄米を放出する決定を発表した。前回コラムで紹介した一般的なコメの価格決定構造を前提として、本コラムでは、2024年のコメ価格高騰が発生した構造を確認し、「備蓄米放出」の効果や農業政策・食料安全保障にもたらす意味合い、さらには「行方不明の21万トン」の真相についても考えてみよう。

2024年、コメ価格はなぜ高騰したのか?

前回のコラムで確認したように、コメの価格は「生産者価格が決まって、卸売価格、小売価格の順に決定している」ように見えるが、実際には、特に平時では「小売価格から先に決まる」という構造にある。つまり価格決定の起点は、小売り側にある。

ということで、価格が上昇し始める前の2024年2月時点から実際の小売販売と小売価格の状況を、以下に見てみよう(図表1)。
図表1 2024年のコメのPOS情報と価格情報
2024年のコメのPOS情報と価格情報
注:上段資料
(株)KSP-SPが提供するPOSデータに基づいて農林水産省が作成
(株)KSP-SPが提供するPOSデータは、全国約1,000店舗のスーパーから購入したデータに基づくものである
週次データを月ベースに当てはめているため、実際の月とは若干異なる場合がある

出所:
上段:農林水産省「スーパーでの販売数量・価格の推移(POSデータ 全国)」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/r6_kome_ryutu.html(閲覧日:2025年2月11日)
下段:総務省「小売物価統計調査東京都区部小売価格)」を基に三菱総合研究所作成
https://www.stat.go.jp/data/kouri/doukou/3.html(閲覧日:2025年2月11日)
このデータを見ると、2024年4月の後半から販売数量が増加傾向(前年対比)を見せ、5~7月は1~2割程度、販売量が例年より多くなった。価格もこれにつられて徐々に上昇し始めているが、そこまで大きな上昇ではない。そして、台風予想と南海トラフ地震臨時情報の発表が重なった8月のお盆前後に需要が爆発的に増加し、例年に比べて3割から5割の販売増となった。逆に9月から10月の販売量は、対前年比で大きくマイナスとなっているが、価格はこの時期にむしろ本格的に上昇し、3,800円弱まで高騰している。この時期は8月の販売急増を受けて、店頭での品不足が生じたため、消費者が買えなくなった時期と考えられる。

以上を簡単に整理すると、図表2のとおりである。JAが農家に提示する概算金(前回コラム参照)は、7~9月ごろに提示されることが多い。店頭での価格上昇の傾向を踏まえて、ほとんどのJAは農家に前年比で数千円増となる価格を提示した(18,000~20,000円/60kgになったケースも少なくない)。その情報もあり、小売価格高騰に拍車がかかった。

ここで一番のポイントとなるのは、10月以降の価格動向である。2024年産が出回り始めても、価格が高止まりして下がってこなかった。この間、販売量は若干ながら、例年をずっと下回っているように見える。
図表2 2024年5月以降の価格上昇の状況と理由(まとめ)
2024年5月以降の価格上昇の状況と理由(まとめ)
三菱総合研究所作成
基本的には、モノが足りなければ、価格は上がる。十分あれば、価格は下がる。価格が下がらないのは、「思っているほど、モノが出てきていない」ということにほかならない。

小売りからすれば、「価格を下げられない」。言葉を変えれば「下げなくても、それなりに売れる」状況にあり、競合他社も「価格を下げてこない」ので、「価格を下げる必要がない」状況にあると考えられる。

現状のコメの販売状況を、需要供給曲線で考えると、図表3の中央「新しい需要供給曲線(1)」の状態にあると考えられる。
図表3 コメの需要供給曲線の変化(概念図)
コメの需要供給曲線の変化(概念図)
三菱総合研究所作成
そもそも、コメのような農産物の需要供給曲線は、供給曲線も需要曲線も「垂直方向に立っている」という特徴がある。一般に、多くの農業経営体は生産時点で販売価格の全てが分かることは少ない。結果的に、価格がいくらであっても売らざるをえない、と考えることができる。また消費者側の需要については、価格が高くても安くともそれほど購入量が変わりにくい、という特徴がある。2023年までは、5kg当たり2,500円程度、購入量は1人当たり年間55kg程度で均衡していたと考えられる(図表3左側)。

これに対し、今回の状況は、図表3中央の状況だと考えられる。全般に供給量が減った(供給曲線が左にシフトした)ことにより、均衡価格が4,000円程度に上昇した。おそらく、均衡する数量も、55kgよりはある程度減少するものと考えられる(「数量が減ったから、価格が上がっている」がより正確かもしれない)。

一方、生産者側から見て望ましいのは、図表3右側の状態だろう。消費者に「これぐらいの価格上昇は許容すべき」と認知され、需要曲線が全体に右側にシフトしたとする。そうすると、需要量はこれまでと変わらないまま、価格だけが4,000円に上昇することになる。今後、そうなる可能性もゼロではないだろうが、現状、品不足が報道される状況が続いており、常識的には図表3中央の状況である、と考えるべきであろう。

備蓄米の放出により価格は低下するか?

2月14日の農水省発表では、政府の備蓄米21万トンが放出されることになった。

2024年(令和6年)産の生産量は需要量を10万トン程度上回っていると推定されており、2023年産の供給不足は40万トン程度と推定されていることからすると、この2年間で通算の不足量は30万トン程度と考えられる。また、流通過程の集荷減少量が「行方不明の21万トン」と話題になっている。これらの数字から、今回の21万トンという数字が決まったようだ。

この21万トンによって、価格は低下するだろうか? 実際に市場に出回るころになってみないと正確なことは分からないが、小売り・流通過程で「モノが足りていない」と報道されている声が本当であるならば、一定の価格低下への影響はあるだろう。しかしながら、「1年後に買い戻す」という政府方針を踏まえると、中期的に見れば、需要と供給のバランスに対する影響はニュートラルになるはずである。

生産量が十分なのに供給が安定せず、価格が高止まりしている理由について、3つの可能性を図表4に示した。
図表4 生産量が十分なのに供給が安定せず価格が高止まりする理由(仮説)
生産量が十分なのに供給が安定せず価格が高止まりする理由(仮説)
三菱総合研究所作成
一部の報道では、流通過程で行方不明になっている21万トンは、高値販売を狙っている流通事業者が抱え込んでおり、そのために供給不足・価格が高止まりになっている、と考えている関係者が少なくないようだ(図表4・可能性1)。筆者としては、この21万トンについては、異なる見方(可能性2)をしているが、いずれにしても、「どこかに滞っているだけ」であれば、そのうち必ず市場には出てくるはずで、(農水省の需要の見立てが正しいのであれば)いずれ需要と供給が均衡し、価格は安定するはずだ。

最も問題なのは、農水省の需要と供給の見立てが誤っており、そもそも、需要に対する生産が十分にはできてなかった(2025年産もできない)場合である(可能性3)。その場合には、価格は高値のまま推移すると考えるのが自然である(この懸念、課題認識については、次回コラムで改めて取り上げたい)。

最終的に、現状の高止まりする価格が一定程度調整され、低下して安定的なものに落ち着くかどうかは、全体の生産量と需要量のバランス次第である。備蓄米放出が一時的なものとして実施される限り、その効果も一時的なものでしかない。結局、2024年産がおおむね全て市場に出てくる2025年の8月に市場に十分なコメが供給されていること、あるいは2025年度産が市場に出回る9月から11月ごろに、価格を安定させる程度に新米が十分に生産・供給されることが、価格の安定化には不可欠と考えられる。

「行方不明の21万トン」の真相

前述のとおり、備蓄米放出の話題が出て以降、「行方不明の21万トン」と報道されることが増えた。どうやら、2024年12月末時点で、「出荷業者の全国の集荷状況が対前年比で21万トン減少した」という農水省の発表を指しているようだ。
図表5 「行方不明の21万トン」の具体的な内容
「行方不明の21万トン」の具体的な内容
出所:農林水産省「令和6年産米の契約・販売状況、民間在庫の推移及び米穀販売事業者における販売数量・販売価格の動向について(令和6年12月末現在)」を基に三菱総合研究所作成
https://www.maff.go.jp/j/press/nousan/kikaku/250131.html(閲覧日:2025年2月11日)
2024年産の最終的な集出荷業者経由の集荷量はまだ確定していない(2023年産もまだ公式発表されておらず、2022年産は303万トンと集計されている)が、2024 年12月末時点での数量が215.7万トンであった。この数量が2023年12月時点では236.3万トンであったため、対前年同月比で20.6万トンのマイナスだった。2024年の収穫期に、全国のコメ生産地で、「見慣れない業者が、圃場までトラックを乗り付けて、現金でコメを買い取りに来た」という話を数多く聞いた。おそらく、これが「行方不明の21万トン」の根拠となっており、農水省が捕捉できないような事業者(統計上は、農家直接販売に分類される)が大量のコメをどこかに隠し持っており、高値で販売できるのを待っている、という推測となっているようである(前述の可能性1)。

しかしながら、言うまでもなくこの21万トンは「JAなどの大手集荷業者に集まらなかったコメ」というだけであり、中小の集荷業者や農家からの直売に流れたものでしかない。中には投機的な業者が買った分もあるかもしれない。しかしながら、備蓄米放出の報道が出ても、なお、そういうコメが市場に出てこないのだとすると、その絶対量はあまり大きくはないと考えた方が自然である。期待した投機的利益を得るために、備蓄米放出で値下がりする前に売りさばこうとするはずだからだ。

一方で、数多くの農家から聞いた別の話がある。

「今年は、親戚が、とっても増えました」

「親戚にわたった」というのは、少し象徴的な言い方だとしても、「インターネット販売なども含めて、2024年産は直接販売が増えた」「いつもの年ならば、まだ売り先を決めてないコメが相当量あるのだけど、今年は、そういったコメがほとんどない」という農家の声は非常に多い。

もし、この仮説が正しいとすると、7月や8月までの販売分が、すでに予約契約されていることになる。その時点で、店頭の供給量が十分に確保されると、むしろ、販売が停滞し価格が大きく低下する可能性も否定できない。

なぜ、これまで備蓄米放出を決定しなかったのか?

ところで、2024年9月、10月の時点で備蓄米の放出について否定的だった農林水産省が、なぜ、ここに来て方針を転換したのだろうか?

コメの生産量・価格決定に関しては、「政府は需要の見通しと生産量の目安となる目標水準を提示」しているだけであり、「生産量、価格ともに、一般の食料品と同じように、自由に民間で決定されているもの」というのが、これまでの政府の公式見解である。基本的に「市場で価格が決まっているものに、政府が関与するべきではない」というのが原則的な考え方であった。

備蓄米は、あくまで、「需要に対して、生産量が決定的に不足している」ことが明らかなときに放出を検討すべきものであり、今回のように、基本的におおむね需要を満たす供給がある(在庫の一部で、十分調整が可能な需給ギャップしかない状況である)と考えられるときに、適用すべきものではない、と説明されてきた。
図表6 政府のコメ生産量・価格決定と備蓄米放出に関する基本スタンス(これまで)
政府のコメ生産量・価格決定と備蓄米放出に関する基本スタンス(これまで)
出所:各種資料を基に三菱総合研究所作成
2025年1月になってこの方針を転換した理由として、「平時の食料安全保障」まで拡大して、この問題を捉えることの必要性が改めて認識された、と考えることができる。2024年の基本法の改正により、絶対的に食料が不足するかもしれない、というような「有事の食料安全保障」だけではなく、絶対量は足りているけれども、例えば「格差社会、貧困の問題で、国民の一定数が十分な食にありつけない状況にある」というような問題や、「過疎化・高齢化により、買い物難民化し、日々の食料調達にアクセスできない」というような問題を、「平時でも食料安全保障の問題は発生している」と考えるようになった。その考え方を踏まえると、「絶対的な物量が足りていると考えられる状況であっても、極端な価格高騰が起こった場合は、食料安全保障上の問題として位置づける」という方向に考え方のかじを切った、と見ることができるだろう※1

もう1つの考え方として、今回の方針変更は、上記の「コメ政策に関する基本的な考え方」を再考するもの、と捉えることもできるのではないだろうか。政府としてどこまで自覚的であるかどうかは分からないが、今回の「備蓄米放出による、コメ小売価格への関与」は、明らかに、これまでのコメ政策基本スタンス(生産量も価格も市場で決まっている、とする考え方)からの逸脱である。

2004年の食糧法の改正、2008年の水田フル活用政策の導入以降、さまざまな批判はありつつも、この20年近くのコメを中心にした農業政策は比較的うまく回っていたと筆者は評価している。今回の状況は、これまでうまく回っていた政策展開にほころびが出始めた、ということを暗示しているのではないか、という危惧を持っている。

次回、本シリーズコラムの最終回では、令和のコメ騒動が暗示するコメ政策の課題の本質について考えてみよう。

※1:本文で紹介した2024年度中に備蓄米を放出しなかった理由は、ある意味、表向きのきれいな解釈をした場合、のものである。より実質的には、8~9月の店頭で在庫が払拭して、最初に備蓄米の放出の必要性が指摘され始めた時点では、むしろ「この程度の価格上昇はむしろ歓迎すべき」と考えられていた、という理由が大きい(9月の東京都区部小売価格は3,285円/5kg)。その後、10月に3,700円台、11月に3,900円台、12月に4,000円台にまで上昇して、さすがにこれは高騰しすぎ、という判断が生まれ、1月になっての方針変更になった、と考えられる。
というのも、これまで見てきたように、小麦をはじめ、他の食品価格は、軒並みこの3年ほどで上昇しているのにも関わらず、コメだけは低位安定していた。その結果、コメ農家からは、生産コストの価格転嫁ができておらず、非常に経営が厳しくなっている、という声が相次いでいた。農産物生産コストの価格転嫁をどう実現するかが、この2年ほど、農業界・農政においての大きな課題であり続けている。その状況での概算金の上昇であり、多くの農家が「やっと一息つける」と胸を安堵した状況であった。その状況で、農水省としても小売価格を低下させるような政策に、手を付けることはとてもできなかったと考えられる。

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