[読売文学賞の人びと]受賞者に聞く<4>済州島の方言 扱いに腐心…研究・翻訳賞 ハン・ガン「別れを告げない」 斎藤真理子さん 64
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朝鮮語の翻訳者として、日本に韓国文学を紹介してきた。
タイトルの『別れを告げない』は、「哀悼を終わらせない」との意を含む。1948年に韓国・済州島で発生した「四・三事件」に材を得た鎮魂の物語だ。南北分断に反対する島民の蜂起に端を発した事件では、警察や軍による武力鎮圧で、2万5000~3万人が犠牲になったとされる。主人公の作家キョンハは、友人インソンの母を苦しめた事件の歴史に触れていく。
一番の壁は、作中で用いられる済州島の方言だった。本土とは大きく異なる言葉の翻訳に行き詰まり、済州島を訪れ、「自分一人ではアイデアは浮かばない」と踏ん切りをつけたという。仮訳を沖縄の知人に沖縄の言葉で置き換えてもらい、標準語とは距離がある印象を残すための参考にした。
「島という特殊な状況が作品のなかで大きな役割を占めている。日本語の周辺で力を借りるには、沖縄以外に考えられなかった。歴史的な経験も似ている」
〈済州島の者は
「物語は常に立て板に水で伝わるわけではない。それは断絶感であると同時に、もう一つの独立した文化が存在する力強さでもある」
大学時代は考古学を専攻していた。朝鮮語に魅せられたのは大学2年のとき。市民グループの勉強会に参加し、隣の先輩がメモにハングルを走り書きする動きが、手元で羽ばたく鳥のように見えた。「これを勉強してみたい」と、朝鮮語を学ぶサークルに入った。
卒業後の経歴は「まだらでジグザグ」。定職に就かず、出版社に出入りしながら校正や編集の仕事をもらった。朝鮮語への熱は冷め切らず、1990年代には韓国へ渡り、現地で学んだ。
父親は宮沢賢治研究でも知られた物理学者の斎藤文一さん。姉は文芸評論家の斎藤美奈子さんだが、「本の話はほとんどしない」。「趣味が違う。姉はファン体質がなくて、だから評論ができる。私はオタクなので」。そっと笑った。(文化部 真崎隆文)(おわり)