「健全な言論プラットフォームに向けて――デジタル・ダイエット宣言」(第1版)要旨
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情報通信技術がもたらす便益を享受しながら、フェイクニュースが及ぼす危害を避け、憲法の基本原理と調和する健全な言論環境を実現する。そのために求められているのは、多様な情報をバランスよく摂取することを通じて、フェイクニュースなどに対して一定の「免疫」(批判的能力)を獲得している状態、すなわち「情報的健康」を実現することだ。
宣言は、現在直面する課題と共同提言の方向性を示した上で、言論空間上で情報的健康を望むあらゆる人がそれを享受できるよう、ユーザー、事業者、政府が取り組むべき内容(基本原則)を提言する。
現在の課題
▽インターネットの普及により、言論空間は「ビッグバン」のごとく爆発的に膨張し、情報が双方向・リアルタイム(同時進行)・無制限に交錯する、新しい次元へと突入した。多様な一般ユーザーが実名・匿名で投稿する玉石混交のコンテンツ(内容)があふれ、出所不明の虚偽情報が、取材に裏付けられたジャーナリズムと隣り合わせに存在し、拡散・増幅される世界となっている。
▽情報過多の社会では、供給される情報量に比べて、我々が支払えるアテンション(関心)や消費時間が希少となるため、それらが経済的価値を持って市場で流通する。こうした経済モデルは一般に「アテンション・エコノミー」と呼ばれる。
心理学では、人間の思考モードには直感的で自動的な「システム1」と、システム1を補完し熟慮を特徴とする「システム2」があるとされる。アテンション・エコノミーの世界では、システム1を刺激することが重要だと言われる。この経済モデルは、放任しておくと対話や熟議の基となるシステム2の思考を減退させ、システム2を前提とする民主主義を侵す危険性がある。
▽AI技術などを用いたプロファイリングによって、ユーザーの政治的信条や感情などを非常に高い精度で分析・予測することが可能になった。個人の感情や思考が容易に「ハック」され、操作されるようになりつつある(マインド・ハッキング)。これは人々が意識しない、または意識できない状況での他者による心理的介入・操作を可能にし、個人の自己決定、自律、さらにはそうした能力を前提とする民主主義を掘り崩す。
▽ユーザーの好みを分析し、それに基づいた情報が優先的に表示される結果、まるで自分色の泡の中に閉じ込められているかのように、自分が見たいと「される」情報しか見えなくなってしまう(フィルターバブル)。SNS上で自分と同様の興味関心を持つユーザーばかりをフォローした結果、特定の意見を発信すると、それと似たような意見ばかりが反響してくる(エコーチェンバー)。この二つの現象は社会の分断を誘引し、民主主義を危険にさらす可能性がある。
▽広告収入を得ることなどを目的としたフェイクニュースが多く出回り、拡散・増幅されている。他国による「影響工作」の一環としてフェイクニュースが拡散されることもあり、国家の安全保障や主権をも脅かす可能性がある。
▽SNSやネット掲示板などでは過激な発言や暴言が多く出回り、社会問題化している。
▽現在のデジタル言論空間上の問題の発生メカニズムは複雑で、構造的だ。現況を一変させるような「特効薬」も存在しない。
共同提言の方向性
▽情報過多の時代になって間もない現在、我々は情報的健康のために、必要な情報をバランスよく摂取できるように訓練されてはいない。ユーザー自身の意識改革・教育、企業側の努力や政府の適切な支援によって、ユーザーが自ら摂取する情報を自律的・主体的に選択し、民主主義社会を維持するうえで基本的な情報を誰もが摂取できる環境を整える必要がある。
▽コンテンツや情報自体の「要素」「成分」のほか、デジタルプラットフォームが種々のコンテンツなどをどのようなバランスで表示・配信しているのかがユーザーに明らかにされ、ユーザーがどのコンテンツ・情報を摂取するかなどを主体的・自律的に判断するための指標が提供されるべきだ。
▽ユーザーが自らの情報的健康の状態を確認できるように、人間ドックならぬ「情報ドック」の機会が定期的に提供されるべきだ。情報ドックでは、摂取している情報源の多様性などを検査し、その結果を客観的なデータとして提示することが考えられる。
▽ユーザーが情報的健康に重度の問題を抱えていると考えられる場合は、医療における食事管理のように、専門家に相談し、自らの意思で摂取する情報を管理してもらうことも考えうる(デジタル・ダイエットの提供)。
▽現在のアテンション・エコノミーに代替する経済構造を模索すべきだ。
今後の展望
今後は、個人の自律と民主主義にとって健全な情報環境を整備することを目的とした「情報健康学」の確立も考えられる。学問的課題には次の点が挙げられる。
〈1〉情報的健康、情報的不健康の定義を洗練させていく
〈2〉情報の「栄養素」を明らかにする
〈3〉「栄養素」などの表示項目や表示方法を規格化・標準化する
〈4〉情報的不健康で生じる害悪、情報的健康でもたらされるメリットを同定する
〈5〉情報的健康のための適切な情報提供の方法を明らかにする
〈6〉情報ドックの具体的方法を開発する
〈7〉情報的不健康を改善するための具体的方法を検討する
〈8〉情報的健康と調和する広告制度を構築する
〈9〉情報的健康に特に責任を持つべきデジタルプラットフォーム事業者とはどのような事業者かを検討する
〈10〉アテンション・エコノミーに代わる経済モデルを検討する
ユーザーや事業者らの基本原則
【ユーザー】
▽アテンション・エコノミーという経済モデルを理解し、その中に組み込まれている事実を認識すべきだ。
▽身体的な健康と同じように、自らの情報的健康を意識することが望まれる。そうすることで、フェイクニュースにだまされず、「情報弱者」にならないなどのメリットがある。
【デジタルプラットフォーム事業者】
既に情報的健康の実現に資する取り組みを自主的に進めているが、さらなる取り組みを進めるうえで必要な基本原則を示す。
▽ユーザーの利益に反する目的で、AIなどを用いて個人の思考を「ハック」してはならない。
▽ユーザーがフィルターバブルの中に他律的に閉じ込められることがないように、多様な情報を提供する機能を構築すべきだ。
▽実効的なフェイクニュース対策を講じるべきだ。特に、フェイクニュースをどう定義するか、誰がフェイクニュースを判定するのか、ファクトチェック記事をどう効果的に表示していくか、メディアの信頼性をどう表示するか、といった点に留意する必要がある。
▽アルゴリズム(広告の表示などに使う計算手順)のパーソナライズ化の程度を、ユーザーが自由に選択できるようにすべきだ。
▽選挙期間中や災害・パンデミックの発生時、ユーザーが未成年者である場合など例外的な状況では、アルゴリズムを切り替え、正確な情報を速報したり、適切な行動を促進したりするよう努める。
▽アルゴリズムを適切な方法で透明化しなければならない。
▽経営と編成の分離などに留意し、責任体制・ガバナンス体制を構築すべきだ。
【マスメディア】
▽健全な民主主義を実現するため、国民から信頼される存在であり続ける必要がある。アテンション・エコノミーとの距離を確保し、フィードバックループ(フェイクニュースをマスメディアや社会的影響力のある人が言及し、相乗効果で拡散が加速されること)の防止に努める。
▽ジャーナリストは情報の作り手・送り手として、アテンション・エコノミーという経済モデルを冷静に見つめ、公共性をもった自律した専門家として、その職務を遂行すべきだ。
【政府】
▽情報的健康に向けた取り組みを側面から支援する憲法上の責務があると考えられる。
▽国民の情報的健康に直接介入し、「健康」を強制すべきではない。
▽デジタルプラットフォーム事業者の透明性の確保や説明責任の遂行を実効的に担保するための制度設計を行うべきだ。
▽同事業者とメディア間での公正・公平な取引環境を整備しなければならない。
▽情報リテラシー教育に積極的に取り組む。