[追憶 健さん]没後10年<3>受け止める鶴田 ふりほどく高倉 

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 着物姿の 娼妓しょうぎ が布団に横になっている。髪はほどけ、しどけない。そこへ、待ち人が現れる。

 1967年の映画「 侠骨きょうこつ 一代」(マキノ雅弘監督)で、兵隊あがりの主人公を演じたのが高倉健。相手役は富司純子(当時は藤純子)。ほれた男が2階に上ってくるのを女が待っている場面の撮影で、芝居に没頭していた藤に高倉は言った。「純子ちゃん、えりがあきすぎだよ」

 娼妓にしても、着物のはだけ具合が気になったのだろう。「妹を守るような感じだったんじゃないでしょうか」。富司は懐かしそうに話す。「私は演じることで頭がいっぱいで、着物のことなんて考える余裕はなかったけど、高倉さんは引いてみてくださった。優しい人だなって思いました」。この場面は、女に死んだ母の面影を重ねていた主人公が、その体を抱くことなく部屋を出て終わる。

高倉(左)と富司が共演した「日本侠客伝」(C)東映
高倉(左)と富司が共演した「日本侠客伝」(C)東映

 富司にとって、高倉と共演した最も古い記憶は同じマキノ監督の「日本侠客伝」(64年)。人気を博した任侠シリーズの第1作で、運送業を営む組の小頭を高倉が、恋人を富司が演じた。56年に映画デビューを果たした高倉は、東映の期待を背負い、何本もの映画で主演、助演をこなしていたが、富司はまだ10代後半。「高倉さんはスターでしたから、素人みたいな私では、ご不満だったと思うんですよ」

 60年代後半、東映は時代劇から任侠路線に急速に転換していく。富司も高倉との共演を通して、路線を支えるようになり、68年には「緋牡丹博徒」シリーズが誕生する。富司の初主演映画で、女侠客の「緋牡丹のお竜」を美しく演じた。シリーズでは高倉も共演。「日本侠客伝」などの主演、助演のコンビが逆転したが、「高倉さんがカバーしてくださったから、できあがった映画でした」と振り返る。

 富司はもう一人の任侠スター、鶴田浩二とも何本も共演した。2人の演技を比較して「鶴田さんは、追いかけていったら、きちっと受け止めてくれるけど、高倉さんは追いかけられると避けて、ふりほどく」という。「鶴田さんは男の色気、高倉さんは隙を見せない色気っていうんでしょうか」

高倉をしのぶイベントで思い出を語る富司(2015年11月、北九州市で)
高倉をしのぶイベントで思い出を語る富司(2015年11月、北九州市で)

 ただし、普段の高倉は、「おしゃれで、割とお話をなさる人」だった。「休憩のたびにコーヒーが出るので、私もすっかりコーヒー党になっちゃって」。女優を引退した富司は、89年の「あ・うん」(降旗康男監督)で銀幕に復帰した。17年ぶりに高倉と共演し、現代劇を演じたが、「昨日東映の撮影所で『お疲れさま』って別れて、今日になって『おはようございます』って会ったような感じで、全然変わってらっしゃらなかった」。

 スクリーンで花も実もある男と女を演じ、俳優としては兄と妹のように信頼しあった高倉と富司。「本当に素晴らしい方に出会えて良かったと思っています」(近藤孝)

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