[追憶 健さん]没後10年<1>高倉健さんに会いたい

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映画の舞台、訪れる人絶えず…「鉄道員」自分と重ね合わせ

廃線が決まった終着駅の駅長を演じた「鉄道員(ぽっぽや)」(C)1999「鉄道員(ぽっぽや)」製作委員会
廃線が決まった終着駅の駅長を演じた「鉄道員(ぽっぽや)」(C)1999「鉄道員(ぽっぽや)」製作委員会

 夏真っ盛りの7月、北海道南富良野町。大型バスやマイカーから降りた観光客が「 幌舞ほろまい 駅」という駅名標のかかった木造駅舎に吸い込まれていく。明治35年(1902年)に開業したJR根室線の旧 幾寅いくとら 駅は、高倉健主演で1999年に公開された映画「鉄道員(ぽっぽや)」の舞台「幌舞駅」として登場する。映画公開から四半世紀たった今も、全国各地から観光客が絶えない。

旧幾寅駅舎の保全に尽力する幾寅婦人会会長の後藤治子さん(左)と元会長の佐藤圭子さん=木田諒一朗撮影
旧幾寅駅舎の保全に尽力する幾寅婦人会会長の後藤治子さん(左)と元会長の佐藤圭子さん=木田諒一朗撮影

 降旗康男監督作の「鉄道員」は鉄道の安全運行に生涯をささげた男の往生 たん だ。妻に先立たれ、定年間近の佐藤乙松(高倉)は、駅長を務める幌舞駅の廃止を知らされる。凍える寒さの夜、待合室で不思議な少女と出会う。

 その待合室を抜けて、小さな階段を上るとホームがある。 徽章きしょう のついた駅長帽にダブルボタンのコート。旧国鉄の制服姿の乙松が車両誘導で雨の日も雪の日も立ち続けた場所で、映画の世界に足を踏み入れた心地になる。

 「どうぞゆっくり見ていってください」

 観光客に気さくに声をかける佐藤圭子さん(85)は撮影時、地元の幾寅婦人会会長として、100人にも上るロケ隊の炊き出しに参加した。当時、日本映画史に残る傑作になるとは思いもしなかった。

 仕事一筋を貫いた老駅長と、廃線を控えた鉄道。時代の変化に取り残された両者が重なり、物悲しさが漂う。観光客は60~70歳代を中心に、親や祖父母が高倉ファンという世代まで幅広い。「家族も大事だけれど、仕事が一番。当時はそういう仕事人間が多かったですよね。(乙松を)自分や親世代と重ね合わせて、懐かしむ方が多い」。現・婦人会会長の後藤治子さん(75)が語る。

 くしくも物語と同じ運命をたどり、幾寅駅は3月末で廃止となった。町は観光資源として残すため駅舎取得に向けた手続きを進め、多くの住民が駅舎の保全に協力している。後藤さんは言う。

 「営業終了後どうなるのか不安だった。4月1日に『気になって見に来た』というお客さんに接し、続けていこうと思った」

 「網走番外地」「君よ憤怒の河を わた れ」「 はる かなる山の呼び声」「駅 STATION」「居酒屋兆治」――。北海道は高倉の代表作が数多く撮影された。77年公開の山田洋次監督作「 幸福しあわせ の黄色いハンカチ」の夕張もその一つ。

 刑務所を出所した元炭鉱労働者、勇作を演じた。刑期を終えた日に、自分の帰りを待っていてくれるなら、庭先に黄色いハンカチを掲げるよう妻にはがきを送っており、行きずりの男女と夕張を目指す。東映時代に確立した 任侠にんきょう スターのイメージを一新した記念碑的作品だ。

 炭都として栄えた往時の名残が刻まれている。映画愛好者らでつくる「ゆうばりキネマ・クラブ」代表の松宮文恵さん(76)も「何気ない市民生活や、今はなくなった線路も映り込んでいる。記憶の中にしかない街並みを語り継いでいくのに貴重な映画」と語る。

 「鉄道員」の舞台、幌舞駅も石炭の積み出し地として栄えたという設定だった。両作に共通するのは 炭鉱ヤマ の記憶。高倉は戦後復興を支えながら、国策に 翻弄ほんろう された炭鉱労働者、石炭輸送に携わった人たちを体現し、遠ざかる時代へのノスタルジーを喚起させる。

 こうした映画や企業CMを通じて寡黙で不器用な印象が定着したが、心を許した人に見せる素顔は少し違ったらしい。夕張ロケ時に宿泊した「彰月旅館」(廃業)の元 女将おかみ 、氏家和子さん(94)は「周りに気を使わせる大スターという雰囲気は感じさせない。一般家庭の雰囲気を好んでいた」と人柄を明かす。宿の茶の間で多くの時間を過ごし、氏家さんの子供と会話を楽しんだ。好きな俳優の話題になり、当時中学生の次女が「私、アラン・ドロン」とけろりと答えた。

 「高倉健もアラン・ドロンにはかなわんもんなぁ」

 氏家さんは困ったような表情で笑う姿が忘れられない。高倉は別の映画のロケ先から電話してきたり、旬の食材を贈り合ったりと交流は晩年近くまで続いた。

勇作(高倉)と妻の光枝(倍賞千恵子)が再会する「幸福の黄色いハンカチ」(1977年)の場面。勇作を出迎えるように黄色いハンカチがはためく(写真提供/松竹)
勇作(高倉)と妻の光枝(倍賞千恵子)が再会する「幸福の黄色いハンカチ」(1977年)の場面。勇作を出迎えるように黄色いハンカチがはためく(写真提供/松竹)

 勇作夫妻が再会する炭鉱住宅のセットを再現した「幸福の黄色いハンカチ おも い出ひろば」が夕張市内にある。天井や壁一面が、来訪者のメッセージを書いた黄色いふせんで埋め尽くされている。目立つのは、高倉個人に宛てる私信のような内容だ。

夕張市の「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」。再現された炭鉱住宅内は、来訪者のメッセージで一面黄色に
夕張市の「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」。再現された炭鉱住宅内は、来訪者のメッセージで一面黄色に

 「夕張の旅 これが最後かも知れない 健さん永遠に」「健さんへ どうか見ていて下さい みんな幸せに生きていけるようによくばらず はげましあいながら」

 松宮さんは「皆、高倉健をしのんで来る。この映画で任侠路線から変わったと言われているけれど、俳優としての本質が背中、全身からにじみ出ている点は引き継がれている。そこが逆にいいのさ」と語る。

 演じる役の前に、人間高倉健が強烈に出る。それが色あせない輝きとなり、心をひきつけてやまない。

(木村直子)

 11月、没後10年を迎える映画俳優の高倉健。生前の人物像を知る人たちが、日本人に広く愛された「健さん」への思いを語ります。

愛用品展示 来月3日から…東京・大手町 読売新聞ビル

 高倉健の没後10年を記念して、愛用品などを展示する特別企画展「高倉健に、なる。」(主催・読売新聞社)が10月3日から11月28日まで、東京・大手町の読売新聞ビル3階よみうりギャラリーで開かれる。入場無料。

 デビューから晩年までに出演した映画の資料や企業CMなどを通じて、映画俳優にこだわった高倉の美学や人柄を振り返る。サングラス=写真=などの秘蔵コレクション、本人が書き残した様々な言葉のパネルなども展示する。日曜、祝日をのぞく午前10時~午後7時(土曜は午後5時まで)。展覧会サイトは こちら

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