評・坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

『MARCH1~3』 ジョン・ルイス、アンドリュー・アイディン作/ネイト・パウエル画

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『MARCH 2 ワシントン大行進』より Copyright(c)John Lewis, Andrew Aydin and Nate Powell
『MARCH 2 ワシントン大行進』より Copyright(c)John Lewis, Andrew Aydin and Nate Powell

漫画で考える公民権運動

 通常の「戦闘もの」コミックにはカタルシスがある。ヒーローが敵を打ちのめす痛快さがある。本書は紛れもなく戦闘ものコミックだ。しかも実話であって、ヒーローがたくさんいて、最後には歴史的な勝利をおさめる。だがこの本にカタルシスや痛快さはない。

『幸福の増税論』 井手英策著

 主人公はジョン・ルイス。黒人差別の過酷な1960年代に、アメリカ公民権運動を闘ったリーダーのひとりだ。前大統領のオバマがヒーローと仰ぐ人物で、現在は老齢の下院議員である。本書は運動が実を結び、65年に投票権法が成立するまでの、ルイスの前半生をえがく。

 公民権運動は「非暴力」を鉄則としていた。やられても、やりかえさない。敵を暴力で打ちのめさない。逆にルイスらは、打ちのめされてばかりだ。殴られたり蹴られたりはましな方で、自宅にダイナマイトが投げられたり、差別主義者に殺されたりする。もちろん警察は守ってくれない。しかしルイスらは、何度も何度も、倒れては立ち上がる。非暴力の「デモ行進(マーチ)」を続ける。作中にはキング牧師やマルコムXも登場する。

 絵柄は端正で、人物の描写に愛嬌あいきょうがある。凄惨せいさんな暴力の現場は、抑えて伝えられる。だから読者は苦難に次ぐ苦難の物語を、なんとか読み進められる。ページには、コマとセリフと文章とに、たくみな動線が張りめぐらされている。読者の視線はその動線に誘導され進むだろう。それはスローペースな旅のようだ。

 このペースが、読みながら考える時間を与えてくれる。不当な状況に抗して「よき騒動」を起こすこと、不正な法には礼節をもって従わないこと、勝利の見えない闘いに挑むこと、それらにともなう疲弊と苦悩について、などである。

 本書は2016年の全米図書賞(児童文学部門)をはじめ、多数の大きな賞を授与された。コミックという表現形式ならではの、伝わることや、効果がある。カタルシスも痛快さもないが、人間の魂はきらめいている。押野素子訳。

 ◇John Lewis=下院議員

 ◇Andrew Aydin=同アドバイザー

 ◇Nate Powell=コミックアーティスト。

 岩波書店 1900円、2400円、2700円

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