だれでも
ここ最近ずっと考えていたこと。
『凪さんが他のメンバーと違う、異色なところがあるということ。
でも一方で彼がユニットメンバーとして必要不可欠だということ。
この2つは矛盾しないしちゃんと両立する』
というお話です。
凪友さんに届け!

さて、なんでそもそもこんなことを考えるようになったんでしょうか。
ことの発端はなんだったのか。

Xのタイムラインで、
「ヴォルタ4人の中で、凪さんが一人になる場面が少なからずある」とか
「他の3人は好きだけど、凪さんは受け付けないというリスナーがいる」
というのをXの中でいくつか見つけました。

凪友さんの中でも「確かにそういうところはあるよね、寂しいけどしょうがないのかな」という声もあった。

これは個人的にも寂しくないといえば嘘になる。
でも仕方がないで済ませるのはなんか嫌だ。
かといって誰かを責めるとか、正論らしきものを振りかざすとか、そういうのもなんか違う。そんな覚悟も根性もない。
そもそもヴォルタの4人とも好きだからな。

だから、自分で自分を納得させる屁理屈をこねくり回しました。

で。その結果、
『彼が他のメンバーと違う、異色なところがあるのはたぶんそう。
でも一方で彼がユニットメンバーとして必要不可欠なのもまた事実。
この2つは矛盾しないしちゃんと両立する』
という結論になりました。


以下、今回の流れです。

【四季凪アキラを受け入れられないリスナーのこと】
・ド偏見①《偶像としてのアイドルを求める人たちに、四季凪アキラは受け入れられない》
・ド偏見②《マイノリティ(少数派)が普通の顔で舞台に上がるなとか思ってる?
・ド偏見③《歌とダンスの得手不得手》

【異分子は排除されるべきか】
①《第三者から見たVOLTACTION》
②《VOLTACTIONの中の四季凪アキラ》









【四季凪アキラを受け入れられないリスナーのこと】


まず初めに。
イヤだなあとは思いつつ、「他の3人は好きだけど、凪さんは受け付けないリスナーがいる」というのは、正直分からなくはないのです。

(もちろん、露骨に嫌いアピールをしたり、ヴォルタがあたかも3人であるように扱ったりするのは完全にマナー違反だとは思ってます)

じゃあなんだってそう思ったのか!
ここからはド偏見のコーナーです!!(急に何、)
一部のヴォルタリスナーが、凪さんを避けてしまうのはなーんでだー?!




ド偏見その①
《偶像としてのアイドルを求める人たちに、四季凪アキラは受け入れられない》


だって、情けないから。生々しすぎるから。
つまり、あまりにも人間くさいから。

いや。情けないというのは違うかもですが。
凪さんがお笑い好きなのもあって、自らいじられにいったり、ネタに振り切ったりは割とよくある。成り行きで不憫枠になることも多い。

オタクとしての解像度もやたら高くて、ショート動画では推す側の行動をトレースしてきてこちらの共感と笑いをとる。
(あなたは推される側なんですってば)

センシティブな話も、性癖から自身の経験に則したものまでよりどりみどり。
個人的に下品だとは思わないけど、まあそれなりに生々しい。
変な言い方だけど、生きた人間の体温と手触りを感じさせる。


共感ではなく憧れる先を求める人や、《夢を投影させるためのカッコいいアイドルグループ》を求める客層から見たら違和感があるのでしょう。
そういうのは見たくないと言われてしまえば、確かになあ、とはなる。

もちろん他の3人にだって、悪ガキ感とかおバカ感とか脊髄トークとか、カッコよくないとされるところはある。
でもそれは「フィクションの中の男の子」でも許される範囲の愛嬌なんだろうなと。

……もっとも、凪さんはネタもセンシティブも、自枠か相手に求められた場所以外では基本的に表に出さないし、個人の配信とその他できちんと棲み分けはしているんだよな。
ヴォルタといる時の凪さんまでそういう風に言われてしまうのはちょっとなーと思わなくはない。
それでも切り抜きや個別のコラボとかで人目につくのはやむを得ないのか。





ド偏見②
《マイノリティ(少数派)が普通の顔で舞台に上がるなとか思ってる?》


凪さんは、いわゆるセクシャルマイノリティにあたるんでしょう。
もちろん私を含め、きっと凪友の皆さんはそんなこと全然気にしちゃいない。

それでもたぶん、バイセクシャルを公言している凪さんは、世間的には少数派に分類されてしまう。

ただ凪さんはバイセクシャルであることを公言しながらも、それをアピールして利用して活動しているわけじゃない。
基本がオネエキャラとかそういうのとは違う。
いい意味で取るに足らない個性の一つとして扱っている。

で、そのスタンスは人の話を聞くときにも揺るがないんですよね。
例えばリスナーのお悩み相談に乗る時、無数に寄せられた多種多様なコンプレックスにめちゃくちゃ丁寧に寄り添うんだけど、でも特別扱いはしない。

特別扱いをしないというか、仰々しく扱わない。
決して偏見や奇異の目で見ないし、たぶん周りからもそう思わせないように場の空気を作っている。

これ、マイノリティと呼ばれる人に限らず、
「集団の中で《普通》になれなかった経験を持つ人」とか
「生きていてどこかで仲間はずれになったことがある人」全てにとって本当に救いなんだよな……
(ここね、私の中で凪さんの大好きなところのひとつです)
偏見のない優しさ。フラットな誠実さ。


ただ、一方でいつも普通であることを許されている人、普通🟰安心だと思ってそこから外れることをよしとしない人は、そういう在り方が受け付けないのかもしれない。

人間、自分がよく分からないものは怖いから。
得体が知れないものは気持ち悪いから。

例えば
「アナタはフツウじゃないんでしょう?
どうして何食わぬ顔でみんなと同じステージにいるわけ?
フツウじゃないならちゃんとわかるようにしてよ。こっちのテリトリーに入って来ないでよ」
みたいな感じで、


………………最ッ低だな!!!!!!!!!!
(いやだから偏見なんだってば。自分の想像に自分でキレてるんじゃないよ)





ド偏見③
《歌とダンスの得手不得手》


『I wonder』よかったですね……!
凪さんの声がいつになく柔らかくて軽やかに甘い。

どこにいてもわかる分厚い低音と、違和感なく溶け込める声を張らない柔らかい高音を両方手に入れたら、そんなのもういろいろ自由自在じゃないですかー!
やだもう!!
凪さんの「見つめていたい」からセラフくんの「淡い、甘い、曖昧」までのるむふぉメドレーが大好物ですよろしくお願いします!!!

それはさておき。
自分の好みは一旦置いて、安定感と完成度って基準だけで見れば、確かに凪さんは他の3人に比べて少しだけ見劣りするという意見はある。

特に150日以前のイメージだと、
凪ちゃんだけぎこちないよねーとか、
歌とダンスなら3人でやった方がよっぽど完成度高くなるんじゃないのとか、
仲間の足を引っ張らないでよとか、
そんな声もあったんじゃないかと思う。

今となってはどんどんレベルアップしてそんなことはないやい!!
と言ってやりたいところですが。最初についた印象もあって、なかなかぬぐいがたいんだろうな。

(一周年のライブの『イケナイ太陽』、あれはあれで楽しいし大好きなんだけど、一部のリスナーに「3人で歌う」という前例を与えてしまったのはぐぬぬ、と思わなくもない。エンタメってのは難しいなあ!!)








【異分子は排除されるべきか】


不本意ながら、凪さんがヴォルタの中で1人外れ値と見なされやすい可能性についてあげていきました。

では今度は、集団で異質と見なされたものは排除すべきかという話です。
……この質問だけ見たら、自分でも正直「ふざけるな」としか思わないんですが、一旦私情は横に置きます。



①《第三者から見たVOLTACTION》

ちなみに皆さん、こちらの『怪獣の花唄』の解説動画は見られたでしょうか?
https://youtu.be/Erey310B3lw?si=RNaBksn6-9HhljGY

ボイストレーナーと声の専門家のお2人が初見で歌ってみたを聴きながら解説していきます。
こちらの中でお2人が、凪さんの声と4人のバランスを絶賛していてすごく嬉しかったんですよね。


サビの4人のユニゾンについて。
「他3人が比重が重い人じゃないから。不足というのはないと思うけど、不足分を補う役割になっている」
「(だから)3人が高音で個性を出せる」

「この奥行きは見たことない」
「4人揃った時の感じが最高!」
「無敵感がやばい」

「パートの振り分け方がめちゃくちゃいい!」
「自己主張の激しい、個性の塊な4人」
「ブチ抜けたメンバーが集まった結果、究極のバランスを生んでいる」
「いいなあ、チームワークよ」
「なんか涙出てきた」

「(低音で)ずっと支えてたんだなあ」
「絶対的な安心感を全体に散りばめてくれていた」
「好き勝手していたわけじゃなくて」
「そうそう、この舞台を整えてくれていた。そういう意味では立役者だったね」
 
「4人揃うとこうなるんですね」
「1人欠けたら、さっきの奥行きは絶対に出ない」


この他にも4人それぞれにしっかり言及があって、最初から最後までめっちゃわかる!!って思いながら見てました。

もちろんこれは、ひとつの歌だけしか聴いていない方の意見です。
それでも、初見・第三者・男性の、前提条件がない率直な言葉でもあります。

初めてヴォルタを見た人が、ただ1人低音をいく凪の声をして
「ずっと支えていた」「1人欠けたら、さっきの奥行きは絶対に出ない」
と言ってくれた。
これがすごく嬉しかったのです。



②《VOLTACTIONの中の四季凪アキラ》

また、以前150日ドキュメンタリーに対する感想として、こんなふせったーを書いたことがありました。
https://x.com/yoneoka3103/status/1816028164331823135?s=61&t=OgjRep00WZ5pG0rsIGLgVw


『初めから(ダンスに)心得があるメンバーならコストも時間も手間も少ないし、失敗して計画が破綻するリスクも低い。
なのにどうしてダンスが得意とは言いきれないメンバーを含むヴォルタに、あれだけの目標を課したのか。

(中略)

元々サッカーの好きな人がサッカーをPRしても、今までサッカーに興味がない人には響きにくいかもしれない。

最初からダンスが上手い人がダンスを披露しても、元々ダンスが好きな人しか見ないのかもしれない。

元々そこにはいなかった、新たな客層を開拓するにはどうすればいいのか。
元々そこにいなかったプレイヤーを主軸に据えてメインまで押し上げる方が効果が大きい。

ならば、ヴォルタの中ではダンスを苦手とする四季凪アキラに、プロフェッショナルなダンスと歌のパフォーマンスを求めたのは。

凪さんが持っている、異なるジャンルを開拓していく力、分野の境界線を超えて、ファンを突き動かす力、
今まで、ダンス、歌、あるいはアイドル的なパフォーマンスにそこまで強い関心がなかった客層を巻き込むことを期待したのではないか…… 』



似たもの同士/同質の集団というのは、完成された美しさと安定感がある反面、ときに閉塞してしまったり排他的になる可能性があります。
その内側にいる分にはとても心地いいのだけど、ともすると停滞してしまう。

そんな中で風通しをよくするのは、内側にいる人の変化を受け入れる意識と、例えばほんの少しの異分子。それを弾かない柔軟さ。

四季凪アキラという人はヴォルタの中で、わずかに異質である。それは事実。
だけどヴォルタの3人はそれを当たり前に受け入れた上で一緒にいる。
さらにその異質をも生かして活動の幅を広げていく。



例えば、アイクルールのプロモのメイク配信。
たぶん普通の男性ユニットなら、実践で、しかも自分たちの手で化粧なんかしないでしょう。
きっと日常的にメイクをする凪さんがいなかったらあれはなかった。
他のメンバーもまた、面白がりつつもふざけすぎず、わいわいアイシャドウで遊んでいた。
異文化コミュニケーションを楽しんでた。
https://www.youtube.com/live/1OLFsLrkpxc?si=FdHzeDp34CnWxk9c

ちなみにこの配信の後、凪さんがさらにフルメイクしてふらさんと一緒にご飯を食べに行ったっていう後日談まで含めて大好きなんだよな。
凪さんの趣味嗜好を特殊なものとして見るのではなく、友人としていい意味で気にしない。
さらには一緒にいることによる人目や外聞も気にかけてない所も好きなエピソードです。



凪さんは、異質であることを自覚した上で、相手に馴染むように寄り添うし努める人だと思います。だけどそれが自分自身を歪めることのないように、染まり切ることはしない。
そして、ヴォルタの3人もまたそういう在り方の凪さんをそのまま受け入れて、特別扱いしない。
同調圧力を押し付けたりしない。違うものは違う、でも仲間は仲間。

その関係には無理がない。
あれほど近くにいて、それでも煮詰まらずに風通しよく、違いを苦にせず当たり前であり続ける。
それはきっと、単なる相性だけではなくかけてきた時間の長さでもあり、それぞれの人柄と努力でもあるでしょう



過去にセラフくんが言っていました。
https://www.youtube.com/live/F_U-UbFCFs8?si=0P6LEPWM26HFerso
(11:55)

「別におれたちは、みんなに見せるために仲良くしてるわけじゃないんですよ。
みんなの前にグループとして出るから仲がいいんじゃなくて、仲が良かったからグループになってて。
だから、順番が逆なので」

これを聞いたときに、ライバーとか仕事とかそれ以前のものとして根っこのところで仲がいいんだな……とめちゃくちゃしみじみしました。
この言葉は、セラフくん自身が「ヴォルタは組む前から仲がいい」と思っていると同時に「他3人も当然仲がいいと思ってくれているはずだ」という自負がなければきっと出てこない。
それだけの信頼が4人の中にあるんだろうなと。

ならば部外者が【異分子を排除すべきか】検証するだなんて、問題提起すら愚の骨頂。

私はこのふせったーの初めで、今回の結論を
『彼が他のメンバーと違う、異色なところがあるのはたぶんそう。
でも一方で彼がユニットメンバーとして必要不可欠なのもまた事実。
この2つは矛盾しないしちゃんと両立する』
と言いました。

だけど、「彼がユニットメンバーとして必要不可欠」というよりそれ以前の話かもしれません。

馬鹿げた屁理屈こねなくても
誰がどう証明なんてしなくても
価値なんかあってもなくても
四季凪アキラは当たり前にVOLTACTIONの一員なのだから。



というわけで。
ここまで散々書き連ねてきましたが、詰まるところこの文章も
周りの波風にモヤモヤしている自分のため理論武装でしかないのかもしれません。

ただ。自分のために書いたものが、もしどこかの凪友さんの気持ちを軽くする役に立つならこれ以上嬉しいことはありません。

どうか凪友の皆さんが心穏やかになりますように!

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