オピニオン・小原ブラス

家賃3000円値上げに小原ブラスが猛反発したたった一つの理由

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

兵庫から東京に引っ越してかれこれ12年以上になるが、いまだに慣れないストレスフルな東京の慣習がある。今年もその時期が2年ぶりにやってきた。賃貸契約更新にともなう更新料の支払いだ。

【自分らしく生きる】小原ブラス「孤独」でも自分代表わがままに

関東圏や更新料が当たり前という地域で暮らす人からすると「は?」と思われるかもしれない。そんなものは慣習でもなんでもなく当然のルールだと。しかし、関西の友人に「うわ、また更新料を払う時期やわー」と愚痴をこぼすと「何それ?」と不思議がられる。「東京は2年おきに、家賃とは別に家賃1か月〜1.5か月分の更新料を払わなアカンねん」と説明すると、東京は怖い所と 揶揄(やゆ) される“あるある”の一つだ。

他の地域がどうかは知らないが、関西は京都を除いて基本的には更新料を取られることはない。そもそも更新料とは、賃貸借契約を維持するための対価とされているものの、法律で定められているわけではない。だから地域ごとに、それぞれルールが異なるのだ。

新型Apple Watchが余裕で買えると思うと悔しい

家賃の値上げに「Apple Watchが余裕で買える」とこぼす小原ブラスさん
家賃の値上げに「Apple Watchが余裕で買える」とこぼす小原ブラスさん

更新月のおおよそ3か月前に更新のお知らせが届くが、昨今はこの更新のお知らせをひやひやしながら待っている人も多いのではないだろうか。私もその一人だったが、心配していたことがやはり現実になった。

先日管理会社から届いた封筒に入っていたのは「賃貸契約更新のお知らせ」だけではなく、もう1枚「賃料改定のご案内」だ。

読んでみると、昨今の急激な物価高騰に起因して人件費などが高騰しているため、今まで頑張ったがやむを得ず賃料を改定することになった。更新後は賃料が3000円値上げとなる。更新する場合はメールで送る電子契約書に、オンラインでサインできるので更新手続きも簡単になったよ――といった内容だった。

最近いたるところから話には聞いていた家賃値上げ。友人は6000円値上げされたという話をしていたので驚きはしなかったが、住み慣れた部屋、経年劣化してきた同じ部屋が年間3万6000円、2年で7万2000円の値上がりはやはりドシッとくるものがある。

ふと自分の左手に目をやると、最近購入したApple Watchの最新機種が光った。5万9800円だ。月に3000円は払えない額ではないし、6000円値上げされた友人と比べるとまだ良心的にも思えるが、新型のApple Watchが余裕で買える額だと考えると悔しくて仕方がない。

いや、物価高騰だから仕方ないのは分かる。きっとマンションの共用スペースの電気代も上がっているだろう。管理人さんの給料だって上げていかねばならない。修繕費なんかも値上がりしているはずだ。どう計算したらマンション1部屋あたり3000円の値上げになるか根拠は分からないが、昨今の都内賃料値上げブームの背景も、貸主が苦しいのも十分に理解できる。

でも、苦しいのはこっちも同じじゃないのか。物価は当然としても、それ以外にもどんどん上がる住民税。健康保険に年金。ここへきて東京23区もゴミ回収の有料化の検討を開始している。

そもそも、この部屋は相場よりも比較的高い物件だ。自分の場合は国籍が日本じゃないという理由で入居時の敷金礼金も通常の倍払った。コロナが 蔓延(まんえん) した時、都内から地方への流出もあり家賃相場が下がった時期もあったが、それでも家賃を下げろと交渉することもなく高い賃料を払い続けた。部屋も清潔に保ち、なんのトラブルも起こさずに長年住み続けたこの私に多少の恩義があっても良くないか。交渉する余地はないのか。

家賃値上げを巡って管理会社と一戦を交えることに

夜な夜なそんなことを考えると眠れなくなり、気づいたら賃貸契約書を引っ張り出し隅々まで読み込んでいた。案の定しっかりと「賃料改定」に関する欄があった。

第4条(賃料等の改定)
貸主および借主は、次の各号のいずれかに該当する場合には、契約期間中であっても、 双方の協議の上 、賃料を改定することができる。

〈1〉土地または建物に対する租税そのほかの負担の増減により賃料等が不相当となった場合
〈2〉近傍同種の建物の賃料に比較して賃料が不相当となった場合

「双方の協議の上」……、あれ、協議なんてした記憶がない。賃貸契約書には双方の協議がいると書いているのに、貸主の一方的な判断での値上げは契約違反ではないのだろうか。そんなわけで、これを機会に賃貸契約について定めた借地借家法と賃料改定について徹底的に調べ、管理会社と一戦を交えることになったのでここにまとめたい。

まず、日本で賃貸物件を借りるときの契約形態は主に2種類ある。「定期借家契約」と「普通借家契約」だ。

定期借家契約とは、事前に住む年数が決まった契約で、更新という概念のない契約。決まった期間住めば、出ていくか、貸主の条件に沿って再契約をするかだ。更新料がかかることはなく、再契約する場合は契約料という形になる。もしも定期借家契約で賃貸物件を借りている場合、再契約は貸主(オーナーさん)の条件次第となるので「値上げだ」と言われれば、納得して再契約するか出ていくしかない。

ただし、日本では定期借家契約だと家賃の相場が低くなる傾向があるため、この契約スタイルはあまり普及しておらず、ほとんどの場合は契約期間が満了したら契約更新ができる普通借家契約となっている。少なくとも数年おきに更新料が取られている契約はこれにあたり、私の場合もそうだ。

オーナーさんが家賃を値上げするハードルは高く、自由に家賃を値上げできるわけではない。借地借家法32条1項は、値上げを請求できる条件として次の三つを挙げている。

・土地建物に対する税金などの負担が増えた
・経済事情の変動(土地建物の価格上昇など)
・近隣の同じような物件の家賃よりも安すぎる

その上、住民との合意が不可欠だ。賃貸更新時に家賃改定を考えるオーナーさんが多いと思うが、同じ賃料での契約更新をしないとしても、契約満了の1年前から6か月前までの間に住民に対して更新をしない旨の通知をしなければならない決まりがある(借地借家法26条1項)。

つまり、「次回更新時に賃料値上げをしますが、納得しますか?」という交渉を更新の半年前までに終わらせ、納得されない場合は最低でも半年前までに「次回の更新はしません。出て行ってください」と通知する必要があるというわけだ。

「お知らせ」や「ご案内」にだまされないで

ということは、更新まで残り3か月のタイミングで私の手元に届いた「賃料改定のご案内」というのは、あくまで「値上げに応じていただけませんか?」という「賃料改定のお願い」にすぎないということなのだ。

しかも、この「賃料改定」というのは賃貸契約書の条件の変更をすることであり、もはや更新というより再契約になる。賃料改定のご案内どころか、「新しい契約書にサインしていただけませんでしょうか?」といっているようなもの。電子契約書にオンラインで簡単にサインできるように工夫している理由も、そのあたりをスムーズにして疑問を抱かせないためだろう。

いずれにしても、普通借家契約における賃料改定はオーナーが住民にお願いをして、住民がOKしなければ実現できないのが実情であり、住民には異議を申し立てる権利も、交渉する権利もあるということは頭に入れておくべきだ。

もしも借主(住民)が値上げに納得ができないと言っているのに、貸主(オーナーさん)が「それでも値上げだ! 応じないなら出ていけ!」と言う場合、つまり双方の合意がないまま更新月を迎えた場合は、借地借家法に基づいてこれまでの条件で契約が自動的に更新される決まりがある。

法律に基づいた自動的な更新は「法定更新」と呼ばれ、法定更新となった場合は値上げ分を支払う義務がないだけでなく、更新料を支払う義務も契約書に別記されていない限りはなくなる。しかも法定更新は契約期間が無期限になるため、貸主にとってはデメリットしかない。だから貸主としてはなんとしても回避しなければならず、ほとんどの場合は値上げなしでの更新に合意に至るのだ。

今回、借主である私になんの相談もなく、まるで決定事項であるかのような誤解をさせる文面を送ってきた管理会社は不誠実だと言わざるを得ない。私の住むマンションは管理会社とオーナーが一体型であるため管理会社に、〈1〉誤解させる文面を送ってきたこと〈2〉これまで住んでいた長期間に、他の部屋よりも高い賃料を払っていた時期があること〈3〉物価高騰で苦しい割に管理会社の利益余剰金が順調に増えていること――の三つの理由で家賃の値上げに納得がいかない旨を伝えたところ、あっさりと値上げなしでの更新で合意に至った。

今回は家賃値上げ回避に成功したが、インフレと賃上げのバランスを目指す社会情勢において、いつまでも値上げ交渉に応じないのは健全とは言えないし、大家さんとの関係悪化を招きかねないため誰もが家賃値上げに抵抗するべきだとは思わない。私の場合も、届いたのが「賃料改定のご案内」ではなく「賃料改定のお願い」であれば応じても良かったと思っているし2年後に「お願い」された場合は応じようとは思う。

とはいえ、家賃の便乗値上げや破格の値上げが横行しているのも事実。「ご案内」や「お知らせ」にだまされることなく、しっかりと交渉をしながら納得してお金を払いたいものだ。(タレント 小原ブラス)

プロフィル

小原ブラス
小原ブラス(こばら・ぶらす)
タレント・コラムニスト
1992年、ロシア・ハバロフスク生まれ。6歳から兵庫県姫路市で育つ。「見た目はロシア人、中身は関西人」というインパクトに、「めんどくさい」「ひねくれ者」と言われるほど独特の視点を生かしたコメントが魅力。テレビのバラエティ番組などにコメンテーターとして出演し、SNSの話題から政治・社会問題までコテコテの関西弁で鋭く斬る。ゲイをオープンにし、幅広い層の支持を集める。
スクラップは会員限定です

使い方
「大手小町」の最新記事一覧
記事に関する報告
5907608 0 大手小町 2024/10/17 15:00:00 2024/10/17 16:10:03 /media/2024/10/20241017-OYT8I50022-T.jpg?type=thumbnail

主要ニュース

セレクション

読売新聞購読申し込みキャンペーン

アクセスランキング

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)