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日雇い労働者の街として知られてきた大阪市西成区の「釜ヶ崎」(あいりん地区)で、半世紀の間、労働者の支援や街づくりに携わってきたありむら
「カマやんの日本一めんどくさい釜ヶ崎まちづくり絵日誌」(明石書店)。著者のありむらさんは大学卒業後の1975年、日雇い労働者の就労支援や生活相談を行う公益財団法人・西成労働福祉センター職員となり、2017年に退職後は主に街づくりに携わってきた。
本には、300本の4コマ漫画や130本のエッセーを収録。ありむらさんが釜ヶ崎で知り合った個性豊かな労働者の面々が登場する。
景気の波に
「愛犬チャロがくれた奇跡」と題したエッセーは、仕事に疲れて「就労拒否宣言」した男性が、野良犬との出会いを機に人生が一変したエピソード。
「このコ(犬)だけは世間並みの暮らしをさせてあげたい」と就職し、お見合いで犬を同席させたことで場が和み、結婚にこぎつけた。ところが、男性はその後、ひとりで釜ヶ崎に舞い戻り、「ええ経験をしたわ」と笑顔を見せた。ありむらさんは「釜ヶ崎は哀切とおかしみを包み込んだ街である」と表現した。
ありむらさんが向き合ってきた労働者の多くは、複雑な生い立ちや事情があり、劣悪な労働条件などから社会への憤りを抱えていた。それでも、たくましく生き抜く労働者の悲喜こもごもを、ありむらさんは4コマ漫画で描き、センターの広報紙で連載を続けている。
4コマ漫画は、ひげ面の「カマやん」が主人公。労働者からも「自分たちの人生を描いてくれている」と評判だという。ありむらさんは「ペンで釜ヶ崎を掘り下げ、働く人たちにオモロイと言われたかった」と話す。
ありむらさんは04年から、釜ヶ崎を歩くスタディーツアーを催し、学生らに地域への理解を促してきた。労働者も協力し、リアルな暮らしを生の言葉で伝える。
近年、「危険地帯に潜入」「西成は怖い」と過激な見出しとともに、路上生活者らの映像がユーチューブやSNSで拡散されることがあり、憤りを感じている。
「多様で人間味あふれた人たちが住んでいるのが釜ヶ崎の魅力。この本を入門書としてありのままの姿を知ってほしい」と話す。
B5判変型。312ページ。税別2800円。主要書店で取り扱っている。
「労働者の街」から転換
釜ヶ崎は近年、労働者の街としての性格が薄れ、観光客が集まっている。
1990年頃には推計3万人の労働者がいたが、バブル経済崩壊や高齢化の影響で次第に減少。現在は2000人ほどという。
かつては、夜明け前に、「寄せ場」と呼ばれた場所に大勢の労働者が詰めかけ、労働力が必要な業者と直接交渉し、その日の職を得るのが一般的だったが、ネットの普及で求人方法が多様化し、釜ヶ崎を拠点にする必要がなくなってきている。
大阪市は2013年以降、西成特区構想として、路上生活者の就労支援や不法投棄ゴミ回収など環境改善の施策を重点的に進めている。
「ドヤ」と呼ばれた労働者向けの簡易宿泊所はゲストハウスやアパートに転換し、22年には、隣接する地域に星野リゾートがホテルを開業。訪日外国人客(インバウンド)や若者らの姿が目立つようになった。
◆釜ヶ崎= JR新今宮駅南側の一帯を指す言葉で、愛称は「カマ」。行政は「あいりん地区」の名称を使う。高度経済成長期、戦前に栄えた安宿を拠点に全国から日雇い労働者が集まった。大阪万博(1970年)開催に伴う開発ラッシュも後押しした。バブル経済の崩壊後、職を失った路上生活者らが急増した。