【動画付き】東大医科研・石井健教授 コロナワクチン講演会

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POINT
■新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)により、かつてない速さで画期的な技術のワクチン開発が進む「破壊的イノベーション(革新)」が欧米を中心に起きた。

■しかし、日本では破壊的イノベーションが起きなかった。石井教授は、その理由として、コロナ禍を戦争に準じる有事とみなしてワクチン開発を進めることができなかったことなどを挙げた。

■政府が6月、国産ワクチンの開発や生産体制を強化する新戦略を閣議決定した。石井教授は「『のど元過ぎれば熱さを忘れる』にならないよう、次のパンデミックで同じ失敗をしないシステム作りが大切だ」と指摘した。

 「読売テクノ・フォーラム」第5回セミナーが6月、オンライン(録画配信方式)で開かれた。国産の新型コロナウイルスワクチンの開発に取り組む石井健・東京大学医科学研究所教授が「コロナ禍におけるワクチン開発研究の新展開 急がば (まわ) れ」と題して講演した。講演を一部抜粋して紹介する。

構成 調査研究本部主任研究員 坂上博 

セミナーのダイジェスト版動画

トピック1「コロナワクチン開発;その背景、現状と課題」

講演する石井氏
講演する石井氏

ワクチン開発の破壊的イノベーション

 新型コロナウイルスのパンデミックは、まさにワクチン開発研究の重要性及び緊急性を改めて浮き彫りにしました。

 歴史が始まって以来のワクチン開発の破壊的イノベーションとも言える現象が起きました。それはどういうことかと申しますと、ワープ・スピード・プロジェクトといったアメリカのプロジェクトに代表されますが、世界中で巨費が投じられ、ワクチン開発が国を挙げた競争になりました。メッセンジャーRNA(mRNA)、組み換えウイルスベクターといった今までヒトで普及していなかった新しいワクチンの方法が、新興のベンチャー企業、製薬企業、政府機関、そして大学などのアカデミアが連携して開発を進めました。それが一気に噴き出たような形になります。

 ただ、破壊的イノベーションが起きたのは全世界レベルではなく、一部の国でした。それが、米、英、中、ロシアです。

 日本と何が違ったのか。日本では、特に日本人の得意技であります災害や戦争が起きていても何事もなかったような平時対応、これは普段、災害の時に平静を保つには非常によろしいのですが、実際に戦争や災害が起きている時の有事対応としては立ち遅れることが多くなります。それが今回まさに出てしまったと言えます。

日本にはワクチン開発研究拠点がない

写真はイメージです
写真はイメージです

 コロナのパンデミックは別の問題をあぶり出しました。日本は、ワクチン開発研究や基礎技術研究拠点が全くないのです。私自身がこれに気づいていたのは2000年頃です。世界では様々な国やアカデミアが、国の中心となるワクチン研究所を次々と立ちあげています。英国のオックスフォード大学はアストラゼネカと組んでワクチンを作りました。米国のNIHワクチン研究所はモデルナ社と組んでワクチンを作っています。

 ドイツはポールエーリッヒ研究所やコッホ研究所、フランスはパスツール研究所、中国は上海パスツール研究所や中国科学アカデミー、韓国は国際ワクチン研究所と、世界には国の拠点ができていますが、日本にはそういうものが一切見当たらない。これが今回あぶり出された現実の一つです。

トピック2 ワクチン開発研究の一例;モックアップワクチンからmRNAワクチン開発へ

国の研究予算が止まって研究凍結も

 中東を中心として感染拡大していたMERS(中東呼吸器症候群)が2014~15年、韓国などでアウトブレイク(大量感染)を起こしました。それを受けて私は厚生労働省と財務省に予算申請しました。

 ワクチン開発は国の危機管理、感染症対策に必須ですが、「感染症がいつ発生するか予測できない」「病原体が手に入らない」「ワクチン製剤の迅速かつ大量生産が間に合わない」といった課題の解決が必要でした。私が提案したのは「モックアップワクチン」の開発です。モックアップというのは英語で「模擬」のことで、つまり、「模擬ワクチン」です。

 私は医薬基盤・健康・栄養研究所時代にモックアップワクチンプロジェクトを立ち上げました。MERSウイルスは、まさに今回のコロナウイルスのお兄さんに当たるウイルスですが、韓国で致死率40%と非常に致死性の高いウイルスでした。日本にも来るかもしれないというリスクがありました。

 そのため、2015年頃からMERSに対する「mRNA」モックアップワクチンの開発を開始いたしました。

 ターゲットは、今回のコロナのワクチンとおなじ、ウイルス特有のスパイクたんぱくという抗原です。後衝撃的だったのは、マウスの実験で、今まで我々が使っていたワクチンに比べて、非常に強い免疫反応が現われたことです。サルを使った実験でも非常に良いデータが得られました。

 しかし、残念ながら、MERSのmRNAワクチンは、臨床試験の予算を国に申請したところ、予算規模が大きくなったことから「厳しい」言われました。そこで企業にお願いしたら、「それは国のやる事業じゃないでしょうか」ということで、見事に谷にはまってしまい、プロジェクトは凍結になりました。

 私自身が東大医科研に移り、mRNAワクチンの作製を第一三共んと一緒に再度始めることになりました。臨床試験は今年3月から始まっています。

トピック3 ポスト・コロナのワクチン開発研究

ワクチン3要素を用意して備える

近未来ワクチンデザインプロジェクトの概要(石井健教授提供)
近未来ワクチンデザインプロジェクトの概要(石井健教授提供)

 私は今、「近未来のワクチンデザインプロジェクト」を立ち上げたいと考えています。

 病原体の「アキレス腱」を見つけなくてはいけません。ワクチンは、病原体を射抜く「矢」です。きちんと病原体を狙える矢を作らないといけないのですが、それをワクチンデザインと呼んでいます。

 細胞レベルでの何万もの遺伝子解析データや臨床データなどのビッグデータを、深層学習などAI(人工知能)解析にかけ、「この病原体のアキレス腱は何?」という質問をAIに投げかけます。そうすると、AIが答えを出してくれます。そのあと、泥臭くマウスやサルで何度も実験を行って検証します。日本だけでなく、世界中のアカデミアと組んで研究を開始したいと考えています。

 ワクチンの3要素に、免疫の特異性を決める「抗原システム」、免疫の強度や方向性を決める「アジュバント」、注射か粘膜投与かなど免疫の場を決める「デリバリーシステム」があります。これら三つをばらばらに作っておき、いざとなれば、これらを組み合わせてワクチンを作りあげます。これをモジュール化といいます。普段はモックアップワクチンとして練習しながら臨床試験を行います。

 新たな病原体が襲来した場合、既にどの三つの組み合わせが最適かということを我々は恐らく知っていますので、それを数週間で作り直す。そうすると欲しい免疫が物の見事に作用機序に基づいて作れるだろうと期待をしています。

主な質疑

あらゆるワクチンがmRNAワクチンになる?

講演後、質問に答える石井氏(左)
講演後、質問に答える石井氏(左)

――既に存在するインフルエンザやB型肝炎などのワクチンは、鶏の卵や専用の細胞に入れてそれを増殖させて製品化するので時間がかかる。今後、インフルエンザワクチンなども迅速に開発できる「mRNAワクチン」に取って代られるのだろうか。

  石井氏  標的となる抗原が一つで、mRNAによって発現できる抗原が重要な役割をするならば、mRNAワクチンに取って代られる可能性がある。ただ全ての感染症や、既に存在するワクチンがmRNAワクチンに取って代られることはないと思う。mRNAワクチンが誘導する免疫反応と、従来から存在する生ワクチンなどが誘導する免疫反応とでは異なる。欲しい免疫反応がmRNAワクチンによって誘導されないこともある。やはり、従来からのワクチンも重要だ。

mRNAワクチンが作るたんぱくは消えてなくなるか

――mRNAワクチンを打つことで体内ではコロナウイルス特有のスパイクたんぱくが作られる。これはしばらくすると作られなくなるのか。もし、消えないのなら持続的に、普段は体に存在しないたんぱくにさらされることになるが、悪影響はないのか。

  石井氏  mRNAが体に入って、そのスパイクたんぱくが筋肉内で作られる。するとそれに対する免疫が起きるので、いつかはそのたんぱくを発現している筋肉細胞も含めて必ずなくなる。早い時は数日、長くても数週間までは存在しないだろうと言われており、早ければ早いほど良い免疫が起きたということになる。ずっと残って何か悪さをするということはないと思う。

mRNAワクチンはアジュバントが不要なのか

写真はイメージです
写真はイメージです

――mRNAワクチンは基本的に「アジュバント」というものが不要だと聞いたが、なぜか。ほかのワクチンではアジュバントが必要だと思うが。

  石井氏  アジュバントはラテン語のアジュバーレ、助けるという言葉を語源にしており、ワクチンの効果を助ける、増強する因子の総称だ。従来型ワクチンの一つ、不活化ワクチンには、アルミニウム塩や脂質成分などのアジュバントを足していますと添付文書に書かれている。

 一方、mRNAワクチンやDNAワクチン、ウイルスベクターワクチンは、そのように添加するアジュバントは入っていないというように言われている。ただアジュバントの因子はたっぷり入っており、mRNAワクチンだとmRNAそのものが内因性のアジュバントになると言われている。mRNAを囲む脂質ナノ・パーティクルの脂質部分も立派なアジュバントになっている。

ワクチンに不信感を持つ人がいるが、解決法は

――一部の日本人には、ワクチンに対する忌避、不信感がある。どのように解決すべきか。

  石井氏  残念ながらこの問題をすぐに解決できる策はない。国民がワクチンのリスクとベネフィットを理解して、それを踏まえて自分で選ばなくてはいけない。解決策としては、幼少時からの教育だと思う。きちんと学ばないと、国民がワクチンをリスクとともに受け入れるという文化はなかなか生れない。

政府が国産ワクチン開発の新戦略を決定したが、評価は?

――政府は6月、国産ワクチンの開発や生産体制を強化するため、世界トップレベルの研究開発拠点を整備するなどとした新戦略を閣議決定した。日本医療研究開発機構(AMED)にワクチン開発の専門部署を置き、製品化に向けた承認手続きの迅速化、国産ワクチンの国による買い上げなどを検討するという。石井先生の評価は。

  石井氏  遅きに失したところもあったが、4月ぐらいから議論が始まってから2か月あまりで各省庁の方が調整して、これだけの提言をまとめられた。危機感を伴って相当の努力をされ、その覚悟のもとで出されたのだと思う。もちろん歓迎すべきだ。ただ、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という状況にならないように、皆さんの協力のもと次のパンデミックに同じ失敗をしないようなシステム作りが非常に大事だ。

セミナーの全編動画

   

プロフィル
石井 健氏( いしい・けん
 東京大学医科学研究所感染・免疫分野、ワクチン科学分野教授。1993年横浜市立大学医学部卒業。3年半の臨床経験を経て米国FDAで7年間、ワクチンの基礎研究や臨床試験審査を務める。2003年に帰国。大阪大学微生物病研究所准教授、医薬基盤健康栄養研究所ワクチンアジュバント研究センター長、日本医療研究開発機構(AMED)戦略推進部長などを経て2019年より現職。専門はワクチン科学、免疫学など。

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