華やかなドラマ全盛期に温かい人情で共感を呼んだ刑事ドラマから、刑事もサラリーマンなんだ……と多くの視聴者をとりこにしたヒット作まで。近年の刑事ドラマの変遷とともに、刑事ドラマで描かれる数々の演出の真偽のほどにも迫ってみました。
トレンディドラマ全盛期の1988年に放送がスタートし、その後18年も続く大ヒットドラマとなったのが「はぐれ刑事純情派」(テレビ朝日系)です。派手なアクションも色恋もなく、藤田まこと演じる安浦刑事が持ち前の人情で事件を解決していく地味な刑事ドラマは、身の回りに起こりそうな庶民的な犯罪を取り上げる身近さや、ドラマで描かれる登場人物たちの思いやりや優しさが殺伐とした時代にマッチしたのか安定した人気を保ち続け、藤田まことにとっては「必殺シリーズ」などと並ぶ代表作となりました。
また、「はぐれ刑事純情派」が放送されていた水曜の午後9時枠は、「さすらい刑事旅情編」、「風の刑事・東京発!」、「はみだし刑事情熱系」、そして2018年1月末に放送300回を迎えた国民的ドラマ「相棒」と、いまでも人気刑事ドラマを放送し続けるヒット枠にもなったのです。
近年、刑事ドラマの流れに大きな影響を与えたものといえば、1997年にスタートした「踊る大捜査線」(フジテレビ系)といえるでしょう。東京・台場の湾岸署を舞台にして、織田裕二演じる脱サラした青島刑事が警察組織の中で奮闘するこのドラマ。それまでの刑事ドラマとは異なり、本庁と所轄署、キャリアとノンキャリアの対立を浮き彫りにしたり、接待ゴルフ漬けの上司に昇進しか頭にないエリート、腰痛持ちのベテラン刑事が主人公の脇を固めるなど、警察の“サラリーマン化”を描いた異色作として高視聴率を誇り、その後の刑事ドラマにおける警察組織の描き方を変えたといわれるほど。本編終了後も総集編やスペシャル版の放送、映画化もされるなど人気は衰えず、フジテレビがインターネットでドラマの公式サイトを持ったのも初めてのことだったそう。
さて、ここからは刑事ドラマでよく見られる演出の数々が、ホンモノの刑事や捜査現場と何が同じで何が違うのか、いくつかのケースを挙げながら見ていきましょう。
事件発生後、刑事たちが捜査本部で事件の発生日時や場所、参考人の写真などが貼り出されたホワイトボードを囲むシーンはドラマでおなじみのもの。しかし、実際の警察ではメディア関係者などへの配慮から、おおっぴらにホワイトボードに事件の詳細を書き込むことはないのだそう。捜査関係者全員で情報を共有することもなく、各々が報告を行うといいます。ただし、捜査本部の入り口に貼られる、事件名を書いた紙(戒名)は現実でも使われるアイテム。署内の書道の有段者が書いたり、パソコンで出力したりすることも多いとか。
ひと昔前の刑事ドラマでは、張り込みのシーンで空腹を紛らわすためにあんパンを食べるシーンをよく目にしましたよね。刑事たちの苦労を際立たせる演出のひとつと思ってしまうかもしれませんが、実際の刑事も食べることがあるといいます。張り込み中は「まばたきをしてはいけない」と言われるほど集中力が求められるもの。甘いものを食べれば元気も回復するのかもしれません。ちなみに、パンメーカーの神戸屋からは一時期、「あんぱん刑事」とストレートなネーミングの菓子パンも販売されていました。
事件の発生現場に駆けつけた刑事は、白手袋と靴のカバーをつけて現場に入るのが当たり前。最近のドラマではしっかり着用していることも多くなりましたが、実際にはそれらのアイテムだけでなく、現場に髪の毛が落ちないようにヘアキャップをすることも常識なのだそう。また、ドラマでは立ち入り禁止テープの前で制服警察官に警察手帳を見せて現場に入るシーンがありますが、現実では警察手帳をいちいち見せることもなく、「捜一」「捜査」「鑑識」「検視官」と書かれた腕章で関係者かどうかを判断するそう。1990年代の人気刑事ドラマ「警部補・古畑任三郎」では、田村正和演じる主人公の古畑刑事がセリーヌの自転車で登場し、なにくわぬ顔で現場入りしていましたが、現実では止められてしまうかも……。
「あぶない刑事」では主役の二人が派手なDCブランドのスーツを身に纏っていましたが、実際の捜査では捜査現場に合わせてその時々の服装を選択し、聞き込みや事情聴取などの際にスーツを着用するとか。また、実際の刑事は2、3年に一度、スーツを支給されることがあるといいます。夏もの・冬ものそれぞれ数着、オーダーメイドで頼むことができるものの、現場の刑事は重労働。スーツの消耗度も高いため、量販店で自腹を切るケースも珍しくなく、高級スーツを着ることができるのは現場を離れた管理職クラスでないと難しいようです。
上記のほかにも、現実とフィクションの世界で大きく違うのが取調室。ドラマでは机の上に置かれた電気スタンドを被疑者に当て、「いい加減に白状しろ!」と脅したりなだめたりするシーンがあったりしますが、現実には取調室の机の上にはものを置かないのが基本。こうした違いを知っていると、刑事ドラマも一段と楽しめるかもしれませんね。
取調室の話題が出たところで、最後にベタな刑事ドラマのキーアイテムといえる、あの料理の秘密をご紹介します。薄暗い取調室、うつむく容疑者に刑事が「何か食べるか?」と“カツ丼”を供し、その温情に根負けして事件の自供を始めるというのは、古くから描かれてきた刑事ドラマのお約束事。そもそもなぜカツ丼が出てきたのかといえば、きっかけは1955年に公開された映画「警察日記」だといわれています。
日本がまだ貧しかった時代の会津磐梯山の麓の警察署を舞台にしたこの人情ドラマで、無銭飲食で警察署に連れられてきた母子と留置場で捕らえられていた父親の再会を見た警察官が、出前のカツ丼を振る舞いました。これが警察官の温情を感じさせるアイテムとして使われるようになり、現実の世界でも、帝銀事件や三億円事件の捜査を担当した“落としの八兵衛”こと平塚八兵衛刑事が世間を揺るがせた誘拐殺人事件で被疑者のアリバイを崩し、自供を引き出すためにカツ丼を振る舞ったというエピソードが生まれたほどなんです(本人は否定しています)。
そんなカツ丼ですが、現在は取調室で食事をすること自体なく、出前を取って与える=被疑者への利益供与になってしまうため、カツ丼はもちろん、煙草やコーヒーを与えるのもNG。2006年には埼玉県警所沢署の警部が取調室で被疑者にカツ丼を食べさせて、懲戒処分となってしまったこともあったとか……。
フィクションの世界がつくり上げた「取調室=カツ丼」のイメージが現実世界にも影響してしまうのは、刑事ドラマがいかに人々に親しまれているかの表れといえるかもしれません。2018年6月には司法取引の導入が予定されていますが、それによって今度は刑事ドラマの世界が変わるかも?
参考文献(順不同)
『テレビ60年 in TVガイド』(東京ニュース通信社)小川泰平『「刑事ドラマあるある」はウソ?ホント?ー元刑事が選ぶ本当にリアルな刑事ドラマ大全』(東邦出版)/斉藤直隆『空想刑事読本』(ぶんか社)/『映画秘宝EX にっぽんの刑事スーパーファイル』(洋泉社) 等