なぜ? フランスやスウェーデンの出生率低下から、日本の少子化の本質を考える

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編集委員 猪熊律子

 先進国の中でも少子化が進んだ国として知られる日本。対してフランスや、スウェーデンなど北欧諸国は出生率が高く、その子育て政策や労働政策は日本の参考とされてきた。しかし、最近、それらの国の出生率がかなりの落ち込みを見せている。なぜなのか? 人口学が専門の金子隆一・明治大学政治経済学部特任教授に尋ねてみた。

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最近はフランスや北欧諸国で出生率低下

金子隆一(かねこ・りゅういち)米・ペンシルバニア大学大学院人口学博士課程修了。専門は人口学。国立社会保障・人口問題研究所副所長を経て現職
金子隆一(かねこ・りゅういち)米・ペンシルバニア大学大学院人口学博士課程修了。専門は人口学。国立社会保障・人口問題研究所副所長を経て現職

 ――日本の2022年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む平均子ども数の推計値)は過去最低の 1.26 で、2023年はさらに下がると見られています。一方、フランスや北欧諸国の出生率は2000年以降、おおむね 1.7~2.0 の間で推移してきました。「人口 ()(かん) 水準」(人口が長期的に増えも減りもせず、一定となる出生の水準。先進国ではおおむね 2.1 。少子化は、合計特殊出生率が人口置換水準を継続的に下回る状態をいう)までいかなくても、先進国の中では「高出生国」として知られてきたのに、最近の数字を見ると驚きます。

 「ヨーロッパでは2010年代半ば以降、出生動向に新たな変化が見られます。出生率が比較的高水準にあったフランスや北欧諸国で低下し、逆に、これまで低迷していた東欧諸国やドイツなどで上昇しています」

金子隆一・明治大学特任教授作成(資料: Human Fertility Database, Eurostat, Insee)
金子隆一・明治大学特任教授作成(資料: Human Fertility Database, Eurostat, Insee)

 「フランス、北欧諸国の直近(2023年)の速報値を見てみると、フランス 1.68 、デンマーク 1.50 、スウェーデン 1.45 、ノルウェー 1.40 、フィンランド 1.26 など。低下の理由ですが、変動は現在も進行中で、詳細な分析に必要なデータもまだ十分出そろっていないため、人口学者たちも顔を見合わせている、というのが正直なところです。それだけ少子化は、特定の原因や理由によって説明できる単純なものではないことを示しているともいえます」

出産先延ばしで出生率低下…一概に「少子化」とは言えない

 「ただし、フランスとスウェーデンの出生動向を分析した限りでは、出産年齢の遅れがはっきりとうかがえます。出産年齢が遅れると、その年次の出生率が大幅に低下することがあるのです」

 ――つまり、その年の合計特殊出生率が出生力の実態を正確に表していないことがある、ということでしょうか?

 「その通りです。例えば、30代初めに子どもを持とうと思っていたけれど、今はまだ仕事を優先したいと、先延ばしすることがありますよね。ある世代が子どもを持つタイミングを遅くして先延ばしすると、その年の出生率が下がってしまいます。これはテンポ効果と呼ばれ、一時的なものですが、出生率が大幅に下がることがあるため、知らない人が見ると『大変だ。少子化が進行した』とびっくりしてしまうわけです」

 ――でも、出産年齢が遅くなると、結局、子どもを持てなかったり、持てても希望した数だけ持てなかったりということが起こりませんか。

 「おっしゃる通り、出産年齢が上がることで最終的に子どもの数が減ってしまうと、各世代の持つ子ども数の平均値が下がり、少子化が起こります。一方、先延ばししても、例えば30代後半で産むといった『産み戻し』が起これば、その世代の最終的な子どもの数は変わらず、本質的に少子化が起きているとは言えません」

「合計特殊出生率」には2種類ある

 ――合計特殊出生率という言葉は、最近、ニュースにもよく出てきますが、その動向だけで一喜一憂すべきではないということですね。

 「合計特殊出生率は、出産可能年齢とされる15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計したものですが、実は2種類あります。一つは『年次合計特殊出生率(または期間合計特殊出生率)』と呼ばれるもので、その年に人々が行った出生行動の強さを反映します。一般的によく使われるのがこの出生率です。ただし、先ほど申し上げた通り、子どもを産むタイミングで変動しやすいため、少子化の動向を判断するには若干、危険なところもあります」

 「では、少子化を確実に示す指標として、何を見ればよいのか。それが二つ目の『世代合計特殊出生率(またはコーホート合計特殊出生率)』です。こちらは、ある世代の出生状況に着目したもので、各世代が生涯に持った出生数を表します。ただし、対象となる世代の女性が50歳以降にならないと測定できないため、値がわかるまでに時間がかかるのが欠点です。年次合計特殊出生率、世代合計特殊出生率とも、それぞれ長所と短所があるので、それらを上手に組み合わせて出生力の実態を分析することが必要です」

 ――先ほど、フランスとスウェーデンの出生動向の分析では、出産年齢の遅れがはっきりとうかがえるという話でした。

 「両国についていえば、今は出生を遅らせていることがわかっている段階で、遅らせた出産がきちんと戻ってくるかどうかがまだわからない状態です。ただ、フランスの場合、世代合計特殊出生率は2000年前後まで人口置換水準を下回ることはなく、その後もおおむね2.0を下回ることなく推移しています。これは、出生力が安定的に保たれていることを示しており、2010年以降の年次合計特殊出生率の低下も、テンポ効果がかなり大きいのではないかと考えられます」

 「スウェーデンも、実質的な出生力の低下の証拠は今のところなく、フランスと同様の傾向にあると考えられます。ただし、スウェーデンを含め、北欧諸国の年次合計特殊出生率の低下幅はより大きく、とりわけ2020年以降の低下が著しいことから、すべてをテンポ効果で説明するのは難しく、本質的な少子化につながる可能性がうかがえます。あと5年もすれば、一時的なものか、恒久的なものかがだいぶ見えてきます」

 ――原因を探るのはなかなか難しいんですね。

 「コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻、中東の戦禍など、想定外ともいえる様々な事態が起きています。地政学的な影響も含め、出生の状況を注意深く見ていくことが大切です」

「超少子化国」ドイツが出生率向上…「三国同盟」から抜け出す

 ――海外でいえば、ドイツの動向も気になります。ドイツは日本やイタリアと並び、「超少子化国」といわれていたのに、年次合計特殊出生率が2011年の 1.39 から2021年には 1.58 に上がるなど、大幅な上昇を見せました。「日独伊三国同盟から一歩抜け出た」とも言われます。

金子隆一・明治大学特任教授作成(資料: Human Fertility Database, Destatis)
金子隆一・明治大学特任教授作成(資料: Human Fertility Database, Destatis)

 「2007年に育児休業制度の抜本改革を行い、男性の育休取得を推進して女性への育児負担の偏りを是正するなど、家族政策の充実を積極的に図ったことが背景にあります。数少ない成功例ですね。ただ、直近の2022年の数値は 1.46 と低下傾向も見せており、今後、どうなるかが注目されます」

日本、出産の先延ばしを繰り返す→希望するだけの子ども持てず

 ――日本はどうなんでしょうか。

 「日本では、団塊の世代(1947年から1949年生まれ)から結婚・出産の先延ばし行動、いわゆる晩婚化、晩産化が徐々に始まりましたが、団塊の世代並びにその数年先までの世代は最終的に前の世代と変わらない子ども数を持ちました。その後の世代以降、産み戻しがだんだんされなくなり、1970年代半ばから実質的な少子化が続いています」

 「出産への意識は時代とともに変わります。ただ、これまでの日本の出産動向を見ていると、最初から一生結婚しない、子どもを産むつもりはないというよりは、今は条件が悪いから先延ばししようと思い、その繰り返しの結果として、最終的に希望するだけの子どもを持てなかったというプロセスがみてとれます」

 ――「もう子どもは持たない」「子どもはいらない」という世代がいきなり登場することはないということでしょうか。

 「一般的に、すぐ前の世代と大きく異なる行動をすることはあまりないです。しかし、前の世代の子ども数を見てこれぐらい少なくてもよいのかと思い、それでだんだん少子化が進んでいくという感じでしょうか」

出生率は“体温みたいなもの”

 ――少子化の処方箋に関する考えをお聞かせください。

 「少子化対策はとかく“出生率対策”と思われていることが多いのですが、私はよく、出生率は体温みたいなものだと説明しています。人は体調を崩すと体温が乱れて熱が出ますね。だからといって体温さえ下げれば病気が治るわけではありません。本質的な原因を探って治療する必要があります。少子化も同じで、出生率を上げることばかり考えていても本質的な解決にはつながりません。よく自治体などから『結局、どうやったらわが町の出生率を上げられるのか』という質問を受けるのですが、私は皮肉を込めて『簡単です。子どもを産みそうにない若者を町から追い出してください』と答えます。確かにそれで出生率はすぐに上がりますが、少子化の解決にはなりません。少子化の原因は出生率の周辺だけではなく、実はもっと深いところにあるので、そちらに目を向けなければ意味がないということです」

若い世代の生きづらさの解消を

 ――少子化の本質的な原因とは何でしょう。

 「一言でいうなら若い世代の生きづらさだと私は思っています。端的な例が、男性の非正規雇用労働者の有配偶率です。パート・アルバイトで働く30代前半男性の有配偶率は12%で、正社員男性の約57%と比べて明らかに低い。男性が家計を支えるべきだという性別役割分業の心理が残っているのだと考えられます」

 「女性でいえば、家事、育児、介護と仕事を全部自分一人で抱え込まなければならないというプレッシャーに生きづらさが見受けられます。人間は生まれた時から自分一人では立つこともできず、常に誰かに面倒をみてもらわなければ生きていけない動物です。実は、人類は昔からおじいちゃん、おばあちゃんはもちろん、周囲のいろいろな人の手を借りて子どもを育ててきました。それを、現代では母親が一人でこなさなければならない。土台、無理なことを押し付けているわけです。私も関わっている民間組織『人口戦略会議』では、子育てを母親一人が担うのではなく、父親はもちろん、家族や地域の人も一緒に行う共同養育の考え方から『 (とも)(いく) 社会』の実現を提言しています。そうした実践が生きづらさの解消につながり、結果的に少子化の緩和に結びつくのではないかと考えています」

プロフィル
猪熊 律子( いのくま・りつこ
 読売新聞東京本社編集委員。少子高齢化や、年金、医療、介護、子育て、雇用分野での取材が長く、2014~17年、社会保障部長。社会保障に関心を持つ若者が増えてほしいと、建設的に楽しく議論をする「社会保障の哲学カフェ」の開催を提案している。著書に「#社会保障、はじめました。」(SCICUS、2018年)、「ボクはやっと認知症のことがわかった」(共著、KADOKAWA、2019年)、「塀の中のおばあさん 女性刑務所、刑罰とケアの狭間で」(KADOKAWA、2023年)など。

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