【ジャニーズ帝国最後の砦】KinKi Kidsを支え続けた、知られざる「3人目のメンバー」の名前

中森明夫・欲望のジャニーズ論 第3章 KinKi Kidsという最後の砦①

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ジャニーズとしては珍しい2人組ユニットであるKinKi Kids
ジャニーズとしては珍しい2人組ユニットであるKinKi Kids

今年3月末、KinKi Kidsの堂本剛が旧ジャニーズ事務所(SMILE-UP.)を退所した。これは大きな転換点である。なぜか? 実はKinKi Kidsこそがジャニーズの命運を握っている、と確信するからだ。

昨年春、英国のBBC放送が故・ジャニー喜多川の性加害を報じたことをきっかけに、遂にジャニーズという名前はこの世から消滅してしまった。しかし、ジャニーズ事務所の没落は、既にその前から始まっている。

そう、SMAPの解散劇だ。’16年、フジテレビの『SMAP×SMAP』で“公開処刑”とも呼ばれる無惨な姿をさらした後、この国民的アイドルグループは解散へと至る。記者会見も解散コンサートもやらない。さながら事務所サイドに「叩きつぶされた」ような最後だった。

その後、いったい、どうなったか?

’16年=SMAP、解散。
’18年=TOKIO、音楽活動休止(山口達也、脱退。’21年=長瀬智也、脱退)。
’18年=タッキー&翼、解散。
’20年=錦織一清、植草克秀、退所。少年隊、(事実上)解散。
’20年=嵐、活動休止。
’21年=V6、解散。

一目瞭然である。最古参の少年隊は置くとしても、SMAPの解散以降、TOKIO、タッキー&翼、嵐、V6といった一世を風靡したトップグループが次々と解散、あるいは活動休止に追い込まれているのだ。

1994年(=TOKIO)から’02年(=タッキー&翼)にデビューしたSMAPフォロワーと言ってよい同事務所の中核的な人気グループのこれが末路である。

そこで、KinKi Kidsが浮上する。1992年に結成された同グループのみが、解散も活動休止もすることなく健在だった。つまり、SMAP体制が確立された’90年代以降、今やKinKi Kidsこそがジャニーズの魂を継ぐ“最後の砦”となったのだ。

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