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シイタケ栽培や木材販売
英国の女性旅行家イザベラ・バードは1878年に現在の川西町を訪れ、里山の風景を「東洋のアルカディア(理想郷)」と評した。町内の玉庭地区では今、移住者と地元住民が力を合わせ、木材や山菜など里山の恵みを活用した地域の魅力作りに取り組んでいる。全員が60歳以上で、「年寄りパワーを見せたい」と意気込む。
6月19日、地区の山中では、住民有志で作る「玉庭森組」の4人が、シイタケなどの原木約1万本の手入れに追われていた。長さ約1メートルの丸太をひっくり返し、木漏れ日の当たる面を変えていく。内部の水分が均一になり、菌糸がよく育つという。
人口約900人の地区では、里山に人の手が入らなくなり、倒木が放置され、下草が伸び放題になるなど荒廃する一方だった。森組の活動は、そんな里山の復興にも一役買っている。代表の小松保男さん(72)は「昔は当たり前にしていたことを、遊びの延長でやっているだけ」と笑った。
陶芸家だった小松さんは東日本大震災を機に、妻の誓子さん(72)とともに福島県会津若松市から2011年夏に移住してきた。「裏山は山菜でいっぱい。庭にはカワセミが毎日のように来るんですよ」と玉庭の自然にほれ込んでいる。
ただ「子供の姿をめったに見ない」というほど、地区は過疎化と高齢化が深刻だった。町の人口は00年に約2万人だったが、今年5月末現在で1万3822人と、20年あまりで約3割減った。65歳以上の高齢者が4割近くを占め、全国平均の約3割を上回る。
「地域を盛り上げるために何かできないか」との小松さんの呼び掛けに、18年に住民約10人で結成したのが玉庭森組。まず始めたのがキノコの原木栽培だった。小松さんは、キノコ栽培が趣味でノウハウがあった。製材所を営むメンバーや、地元の森林組合にも教えを請い、原木にするコナラの枯れ木などを、借りた山から伐採していった。メンバーの須貝建蔵さん(70)は「定年退職後でダラダラ過ごしていたのが、久しぶりに体を動かせて楽しかったですね」と振り返る。
結成翌年には町内の直売所で販売を始めた。原木栽培のシイタケは希少だ。かさが直径10センチ以上に育ち、肉厚で香りも強い。250グラムが500円程度で買えるとあって評判となった。
伐採した木材は、まきやバイオマス発電の燃料としても販売し、余すことなく使う。亡くなった住民から引き継いだ約10ヘクタールのワラビ園も運営し、ワラビのだしじょうゆ漬けなどの商品も開発。注目した町からの依頼で、観光事業としてシイタケやワラビの収穫体験も企画するようになった。メンバーで農家の加藤友市さん(72)は「小松さんが周りを巻き込んで活動を広げてくれて、地域が活気づいた」と喜ぶ。
最大の目標は、新しい「仕事」を生み出すこと。蓄えが乏しい若者でも生活できるようにし、移住者を呼び込む。「里山の恵みだけで暮らせることを示したい」と小松さん。次世代の理想郷を作るため、玉庭森組は今日も山に入る。(柏このか)
蔵王、大朝日岳、飯豊山、西吾妻山と、2000メートル級の山々に囲まれた米沢盆地の南西部に位置する。総面積は166平方キロ・メートル。米や伝統野菜「紅大豆」の栽培が盛ん。米沢牛の主産地としても知られる。県内の黒毛和牛の飼育は、町内の玉庭地区の畜産農家から広がったとされる。
劇作家・小説家の井上ひさし(1934~2010年)の出身地で、本人が寄贈した書籍約22万冊を収蔵する「遅筆堂文庫」は、町民の学びの場になっている。
トキの餌場や魚道作りも
里地・里山は、間伐や下草刈りといった人の手が入った、雑木林や農地などからなる地域を指す。環境省によると、国土の約4割を占め、近年、多様な生物を育む里山の価値が国内外で見直され、国内では保全に関わる団体が1000近くあるとされる。
新潟県佐渡市では、トキの野生復帰を目指す市民団体が、餌場になる棚田や雑木林の整備を進めた。今では推定500羽以上が生息するという。滋賀県野洲市では、市民らが琵琶湖から引いた水路に魚道を作り、固有の魚が
国は2010年、名古屋市での生物多様性条約第10回締約国会議で「SATOYAMAイニシアティブ」を提唱。今年3月末時点で74か国・地域の298団体が賛同し、保全に取り組む。