サマータイムのことならロシアに学べ!
日本が2時間進めたらサハリンと同じに
個人的な話で恐縮ですが、筆者は今年5月末に調査出張でロシア極東のサハリンを訪問してきました。この出張は、調査だけでなく、個人的な生活の面でも、とても有意義でした。
というのも、サハリンは北海道のすぐ北にある島であるにもかかわらず、日本よりも2時間も早い時間を採用しているのですね。筆者は、サハリン出張から帰国した後も、その名残で、サハリン時間で生活し続けています。夜は日本時間の11時頃に寝て、朝は5時頃に起きるという、早寝早起きの生活です。ワールドカップも、録画した試合を早起きして朝に観るようにしていたので、とても健康的でした(ただし、延長戦に突入すると仕事に遅刻する危険が…)。
さて、こんな具合に、個人的にはサハリン時間での生活は気に入っているのですが、ここに来て日本政府が奇抜なことを言い始めました。2020年の東京五輪をにらみ、2時間時計を早めるサマータイムの導入を検討するということです。2時間早めるということは、夏限定ながら、今のサハリンと同じになるということですね。筆者がサハリン時間で寝起きをしても世の中には何の影響もありませんが、さすがに日本の時計そのものを2時間も進めるとしたら、大混乱が予想されます。
日本とモスクワの間は時差が6時間あるのに対し、日本とロシア極東の諸都市の時差は、最大でも3時間。日本からの出張者にとって、モスクワよりも、ロシア極東の方が、時差調整が楽なような気がします。しかし、筆者の経験では、2~3時間くらいの時差というのは、意外に厄介です。日本よりも2~3時間進んでいるサハリンやカムチャッカに出かけて、現地時間に適応するのは案外大変ですし、帰国後も微妙な時差ボケが長く残る感覚があります(だからこそ筆者はいまだにサハリン時間で生活しているわけですが)。日本が2時間早いサマータイムを導入したあかつきには、適応に苦しむ人が続出しそうです。
政府・与党のセンセイ方。この夏のセミナー合宿は、軽井沢ではなく、サハリンに行かれてはどうでしょうか? 今よりも2時間早く起きる生活、日没が2時間も遅くなる生活がどんなものになるか、よりリアルに実感していただけるはずです。
ロシア時間を学ぼう
ここで、ロシアにおける時間の体系がどうなっているのか、確認してみましょう。ただし、これには目まぐるしい変遷があり、ひょっとしたらこれからも変更があるかもしれません。
現時点では、ロシア国土は11の時間帯に分かれています。それを色分けし、日本との時差を付記したのが、上の図です。東のカムチャッカ時間と、西のカリーニングラード時間では、10時間もの時差があります。これはもう、「ほぼ太陽の沈まない帝国」と言ってもいいでしょう。
ロシアの時間設定の特徴は、本来地理的に自然な時間帯よりも「前倒し」になっていることです。これは、スターリン時代の政府指令の名残であり、ロシアでは「指令時間」と呼ばれています。国民の生活のしやすさよりも、経済効率を重視した時間の体系です。
それゆえに、北海道と同じような経度に設けられている「マガダン時間」(上図のオレンジ色の部分。サハリンはここに含まれる)が、日本時間よりも2時間も早いということになるわけです。日本時間と同じなのは、「ヤクーツク時間」(青色の部分)であり、そのゾーンは日本よりもだいぶ西の内陸部になります。サハ共和国の主要部分や、アムール州などが、この時間帯に入ります。
アムール州の州都であるブラゴヴェシチェンスク市は、アムール川(黒竜江)を挟んで、中国の黒河市と向かい合っています。まったく同じ経度に位置するにもかかわらず、両者には1時間の時差があります。ブラゴヴェシチェンクは日本時間と同じで、黒河市は日本よりも1時間遅れです。やはり、ロシアの方が全般的に前倒しの時間設定になっていることが良く分かります。
ロシアはサマータイムを廃止
実は、ロシアにもかつては、4月頃から10月頃まで時計を1時間早めるサマータイム制がありました。しかし、毎年春と秋に時間を切り替えるのはやはり煩雑であり、国民の多くはサマータイム制を嫌がっていたと言います。こうしたことに鑑み、サマータイム制は2011年に廃止されました。
ただし、その際に、エンドレス・サマータイムと言いますか、従来の夏時間を、今後は1年を通して適用するという形をとりました。ロシア政府は、従来の夏時間に統一した方が、経済の生産性やエネルギー効率も上がるし、国民の健康にも良いと考えていたようです。1時間早い夏時間が恒久化されたわけですから、この当時の日本との時差は、上掲の図に記した数字よりも、プラス1時間となりました。たとえば、日本とモスクワの時差は、5時間に縮まったのです。
2011年に夏時間固定を決定した当初は、ロシア国民の多くが賛成していました。しかし、実際にそれを施行するにつれて、反対論の方が強くなっていきました。当時の世論調査結果を見ると、「まだ暗いうちに起きるのは辛い」、「あまりに早く起きるのは健康や摂理に反する」といった反対意見が多かったようです。批判の声に押され、プーチン政権は2014年7月の法改正で、ロシア全体の時間を1時間遅くすることを決めました。つまり、かつての夏時間ではなく、かつての冬時間に合わせる形で、時間を固定することにしたのです。
さて、それでは私たちは、ロシアから何を学ぶべきでしょうか? 最も肝心なのは、時間を早めたり切り換えたりすることの是非については、おそらく「正解」はないということです。何らかの効果は期待できるかもしれないけれど、弊害もまた大きい。だからこそ、ロシアは最適解を求め、何度も制度変更を繰り返してきたのだと思います。
充分な検討やコンセンサスを経ないまま、都合の良い話だけを根拠にサマーターム導入が強行されるようなことがあれば、大きな禍根を残すでしょう。