先日の地震で、友人が深く関係している大阪北部の施設について、断水などは大丈夫か、不便などはないかと連絡すると、返信の件名が「フフフのフ」だった。最近建て替えをしたらしく、無事だったらしい。それまでは真面目なやりとりをしていて、メールの内容もしっかりしたものだったが、どうしても件名で『こいつら100%伝説』のゲストキャラクターである、日系2世の霊媒医師発禁スレスーレさんの名台詞である「フフフのフ」を言わなければいけない友人の業のようなものを感じた。
それほどまでに、わたしたちの世代の一部の人間には、岡田あーみんの作品は影響がある。「魂に刻まれた」としか言いようがないほどに。準拠集団の表明や見返りを抜きにした、こちらが信仰だけをひたすら捧げる神と言える表現者がいるのだとしたら、わたしと友人には岡田あーみんだ。わたしたちはおばあちゃんが般若心経を暗記していたように「フフフのフ」とか「マカペー」とか「ハーフわき毛日本一」とか「いったい私にどうしろと言うのだミスターじじい君!」とか「湘南でナーオンでもパーナンしてくるぜ」と言う。何度も登場するニセ商売屋の偽名が「出鱈目嘘衛門」か「嘘田インチキ」かで微妙な空気になる(どちらも正解)。
『お父さんは心配性』『ルナティック雑技団』と傑作揃いのあーみんの作品の中で、わたしが個人的にいちばん好きなのは『こいつら100%伝説』だ。戦国の世に生きる極丸(きわまる)、危脳丸(あぶのうまる)、満丸(まんまる)という三人の若い見習い忍者が、師匠の先生の元に預けられたお姫様の姫子さんを守りながら修業に励むというあーみん唯一の時代劇で、三人と先生、そして未来から転送されてきたターミネーターを加えた徒党感がとても楽しい。ちなみに発禁スレスーレさんは、先生がぎっくり腰になった際にニセ商売屋が連れてくる人物で、ヨガの師匠にも似ていて浮遊して移動する発禁さんは、指からビームを出せるなどとても強く、「フフフのフ」は目からビームを出して極丸と満丸の手裏剣を遮る時の台詞である。
とんでもない密度とすさまじい速さで展開するあーみんの世界は、今もってわたしには唯一無二のものだ。キザで主張の強い危脳丸が一コマの中で変なポーズを五種類も決めていたりするように(どれもいちいち説得力がある)、極丸と危脳丸が武器を携行せずに町に出たことを咎めた先生が「ひとりだけええかっこ言うなー」といきなり極丸に斬りつけられた時の信じられないという表情の絶妙さや、危脳丸が不治の病と教えられたターミネーターが藁人形から釘を抜いている場面など、コマの隅々で凝ったシチュエーションのギャグが展開していてどこに手抜きがない。どんな小さなコマも見逃せない。1ページ平均5コマほどのうち、最低でも3コマはギャグとして見どころがあるなんて驚きしかない。感覚を絵で説明するのも本当に天才的だ。あまりにひどいストーリーのオチに怒った担当が仁王像であーみんを殴る場面や、いじわる城の男好き姉妹の長女である誇張夫人が起き抜けに半裸で髪を梳かすとチョウといもむしが同時に出てくるなど、考え抜かれた「そのコマの最善」が表現されている。一つのシチュエーションに注がれるアイデアとエネルギーがすさまじい。
本書を既読の方がこの文章を読んだら、きっといらいらするだろうと思う。極丸が怒られた腹いせに先生の家の壁に描き殴る「EじゃんGジャン最高じゃん」への言及はどうしたんだとかおかんむりだろう。でもすべてを取り上げることは絶対に無理だ。この文章を書くために、笑ったところや好きなところを改めてメモしながら、あまりの膨大さに気が遠くなった。コミックで3巻、文庫版で上下巻という一見短そうな分量だが、その情報量と満足度はサグラダファミリアのように聳え立っていて、しかも未だに発見があって終わりがないのだ。