これまで数々の失敗を経験して生きてきた。たいていはもう時間を巻き戻しても同じ結末にしかならないだろうな、と思って納得できるものが多いのだが、いくつか、どうしてこんなことになったのか原因がうまくつかめないものが存在する。それらを後悔しているというわけではないのだが、私は時々その失敗を思い出す。それはまるで喉につかえて取れない小骨のような、消化不良のようなものとして私の中に沈み込み、いつまでも頭から離れることのない存在なのである。
それは一年ほど前、「若かりし日の自分の酷さに今更ながら思い当たって、反省している」という語り口で始まった友人KによるFacebook上の投稿でのことだった。Kがこのような謳い文句で過去の自分自身の身勝手さを反省する長文に出くわしたのである。
Kというのはもう何年も英国で暮らしている、大学時代の友人だった。その彼女がある日、なにやら突然、Facebookに自己反省文を投稿したのである。
「こんな自分が当時、見捨てられなかったことも奇跡だ」とも書かれていた。若かったとはいえ、Kはあまりにも周りを顧みずに行動していた幼かった自分を猛省し、それから周りの友人や家族に対して「ありがとう」と感謝の言葉まで書き添えていたのである。
私はその日、食い入るように彼女のその長文の投稿を読んだ。と、同時に、激しい感動に打ち震えても居た。彼女の反省文にはまったく同意することが多かったのである。
そもそもKというのは、出会った頃から周りには居ないタイプのエキセントリックな女の子だった。言いたいことを言いたいだけ、ズケズケ言って去っていくし、日本人が嫌いだとわあわあと声を大にして言った挙句、親に反抗し、大学を中退して単身でイギリスに飛んで行ったような、台風みたいな子だった。芸術をこよなく愛し、ヨーロッパを、英国を愛しながら、Kは日本的なものが全て嫌いだった。だけど歯に衣着せず言いたいことを言う彼女のストレートさが面白かったので、私はKが渡英してからも連絡を取っており、彼女が帰国の際には時々会う仲だった。まだFacebookが日本に浸透していなかった頃に私をFacebookの世界へ招待したのもイギリスで暮らし始めていたKだった。だけど会えば「もっとまじめに仕事をしろ」だの「人生の目標はないのか」だのと怒られることが多く、反論しようものなら、「そういうのって日本人的な発想だよね」と言って話題を変えるので、Kはやっぱりちょっとだけ嫌な奴だったのである。
そんな彼女が大人になり、イギリスでの結婚、出産を経験し、そして珍しくFacebook上で自己反省をしているのである。
「全くその通り」
私はその感動のまま、彼女の投稿にせっせとそう書き込んだ。彼女の成長を心から喜んでいたし、そんな風に己を顧みる姿勢を持った彼女にいつになく好感を持ったのである。こんな日が来るなどと、誰が数年前に想像出来ただろう。大人になるとはこういうことなのかもしれない…。そうして私はさらにこうコメントを続けた。
「全くその通り!Kちゃんは昔から人の話は聞かないし、言いたいことを言いたいだけ言うような、そんなとんでもない嫌な奴だったよ!!」
打ち終わると、なんとも晴れ晴れとした気分だった。Kは笑いながら「うるさいよ」などと反論するだろうか? 私はそんなことを想像して頬がゆるむのを感じた。Kの投稿にも、それに対する自分のコメントにも、大満足だったのである。
Kのアイコンが私のFacebookの「友人リスト」から姿を消していることに気が付いたのは、それから一週間ほど経った頃のことだった。私は書き込みをしてからしばらく、すっかりKのことを忘れて暮らしていたのだが、ふと、「そういえばこの間の感動の続きは?」と思い、わくわくしながらKの投稿を探してみたのである。だけど、いくら探してもそれはどこにも見当たらなかった。
はて? Kは私のコメントを読んだのだろうか? それで怒って私を友達から外したのだろうか?
唐突に幕を下ろしたKとの友情を前に、私はやり場のない喪失感を感じて呆然とした。いや、しかしあれは大人になった彼女の自己反省の投稿だったのではないのか? 現状をうまく飲み込むことが出来なかった。だけど私はもはや、遠く離れたKに対して問い合わせをする術も持たなかったのである。わかっていることは、私とKを繋いでいたたった一つのコミュニケーションの糸が切れてしまったのだという変えがたい事実だけだった。胸の中に何だかよくわからない、片付かない気持ちだけがゆっくりと広がっていった。だけど私は、ただぼんやりとパソコンのデスクトップを眺めることしか出来なかったのである。
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齢31にして英語の海に飛び込んだ! 異文化と出会い、かけがえのない経験をした2年間を記録。自分と異なる考え方、価値観、人種、言葉……とまどいながら、「異」を丸ごと受け止め、しなやかに成長する著者の姿には、今を生き抜くヒントが隠されている。内田樹さんとの往復書簡も読み応えがあり。
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