ガイドライン解説

脳梗塞とはどんな病気?
Evidenceに基づく日本人脳梗塞患者の医療ガイドライン策定に関する研究班(2006年刊第1版)

書誌情報
第9章 脳梗塞慢性期の管理

 
■岩手医科大学医学部神経内科
東儀英夫、紺野 衆


(1)危険因子の管理

■再発を防ぐためには
脳梗塞になるには、さまざまな原因があります。これを危険因子あるいはリスクファクターといいます。 脳梗塞の予防、またなってしまっても再発を防ぐためにはどのような危険因子があるかを知ることが、非常に大切です。
脳梗塞の危険因子には、自分で管理できるものとできないものがあり、管理できないものに年齢、性、遺伝があります。 血管は年齢とともに老化し、動脈硬化のために血管が詰まって脳梗塞を起こしやすい状態になります。 性別では、脳梗塞は女性よりも男性に多い病気です。これは女性ホルモンに動脈硬化の進行を抑える働きがあるためと考えられています。 遺伝では、血縁で脳梗塞になった人がいる家系は、いない家系に比べて体質的に脳梗塞になりやすいことがわかっています。
重要なことは、予防が可能で、自分で管理できる危険因子への対策です。 管理できる危険因子の代表的なものには、高血圧、糖尿病、高脂血症、喫煙、不整脈の一種である心房細動などがあります。 しかし、これらの危険因子の管理で脳梗塞が予防できるかどうかは、大規模に行った研究で証明されたものと、まだはっきりしないものがあります。

■高血圧
高血圧は、最大血圧(収縮期血圧)が140mmHg以上、最小血圧(拡張期血圧)が90mmHg以上のいずれか、あるいは両方の場合をいいます。 高血圧は脳梗塞の最大の危険因子です。 今までの研究では、最大血圧が140mmHgを超えると脳梗塞となる確率が高くなり、最大血圧が160mmHg以上あると、脳卒中の発作を起こす最も大きな原因になると報告されています。 日本の研究では、最大血圧が160mmHg以上、あるいは最小血圧が95mmHg以上の高血圧の人は、脳梗塞に約3倍なりやすくなるといわれています。
すでに脳梗塞になった人は、再発を予防するために血圧をさげる降圧療法をしたほうがよいと思われます。 降圧療法で脳卒中の再発が約30%減るという報告もあります。 血圧をさげる目標値は、日本高血圧学会が示しているガイドラインの2000年版では、治療開始から2〜3カ月後に最大血圧が150〜170mmHg未満、最小血圧が95mmHg未満で、最終目標値は、最大血圧140〜150mmHg未満、最小血圧90mmHg未満となっています。 しかし、この目標値は明らかな根拠をもった血圧値ではありません。
Jカーブ現象、すなわち血圧をさげ過ぎると、逆に脳梗塞の再発が増えるという現象については、本当にあるかどうかはまだ結論がでていません。

■糖尿病
糖尿病は、空腹時の血糖値が126mg/dL以上、空腹時以外の血糖値が200mg/dL以上の場合に診断されます。 糖尿病は、動脈硬化を進行させるため、脳梗塞を起こす危険性が2〜3倍増えます。
脳卒中を起こさないためには、血糖値を管理するよりも血圧を管理するほうが効果的だという報告があります。 血糖値の管理をすれば、脳梗塞の再発を予防できるとする報告はまだありませんが、現時点では糖尿病の人は血糖値をコントロールすることが推奨されています。

■高脂血症
総コレステロールが220mg/dL以上、あるいは中性脂肪が150mg/dL以上の人は、高脂血症(注1)と診断されます。 血液中のコレステロールや中性脂肪が増えると、動脈硬化が進行するため、脳梗塞の発作が起きやすくなると考えられています。 しかし、大規模な研究で、総コレステロール値と脳卒中は関係があるというものとないとする両論があり、結論はでていません。 日本の研究で、アテローム血栓性脳梗塞の人は善玉コレステロールであるHDLコレステロール値が低いという報告があります。
脳卒中にならないための1次予防として、高脂血症の治療薬であるプラバスタチン、シンバスタチン、ゲムフィブロジルなどの薬が、脳卒中になる率を約30%減らし、有効だと認められています。 コレステロール値や中性脂肪を管理すれば、脳梗塞の再発の予防に効果があるとする報告は少ないのですが、現時点では高脂血症のコントロールは推奨されています。 現在、高脂血症の治療で脳梗塞の再発を予防できるかどうかを検討する、大規模な試験が進行中です。

注1 高脂血症 血液中のコレステロール(正常は220mg/dl未満)や中性脂肪(150mg/dl未満)が高い状態。


■喫煙
喫煙すると、脳梗塞の発作を起こす危険性が2〜4倍増えます。 日本の研究では、1日20本以上喫煙する男性が脳梗塞を起こす率は、1日20本未満の人に比べて約2倍です。 若い人やタバコの本数が多い人ほどリスクが高いといわれています。
禁煙すると脳卒中になる率と、脳卒中で死亡する率は低下します。 禁煙後2年以内に、脳卒中を起こす危険性は急速に減り、5年以内にはタバコを吸わない人と同じレベルになるといわれています。

図1 喫煙(山口武典.2001年)


■心房細動
心房細動とは、心房が不規則に拍動するために、脈のリズムがバラバラになる不整脈です。 高齢の人ほど心房細動は増える傾向にあり、60歳以下で1%以下、80歳以上で6%以上と年齢とともに増加します。 心房細動がある人は、心臓に血の塊(血栓)ができやすいため、脳梗塞を起こしやすくなります。 脳梗塞になる危険性は2〜7倍で、さらにリウマチ性弁膜症(注2)を合併している場合には、脳梗塞になる危険性は18倍に増加します。
弁膜症のない心房細動による脳梗塞、または一過性脳虚血発作(TIA)(注3)の人に対する再発の予防として、ワルファリンは非常に効果があると認められています。

注2 リウマチ性弁膜症 リウマチ熱のあとに、弁膜に障害をきたした状態。
注3 一過性脳虚血発作(TIA) 片マヒやろれつがまわらないなど脳梗塞と同じ症状が突然起こるが、24時間以内に自然に回復するものをいう。 一時中気ともいわれる。頚動脈の動脈硬化で血管が細くなりそこに血栓ができて、脳の中にとんでいって細い血管を詰めて起こることが多い。 通常は10分以内に改善する。数時間も持続するものは小さな脳梗塞を起こしていることが多い。 一過性だからといって安心していると短期間に再発して本当の脳梗塞になる可能性が強いので、すぐに専門医を受診すべきである。


■卵円孔開存
卵円孔開存とは、心臓のなかの心房という場所に開いている穴のことです。 静脈や右心房にできた血の塊(血栓)が、この卵円孔という穴を通って脳の動脈に流れ、脳塞栓(注4)をつくることがあります。 卵円孔開存は、原因不明の脳梗塞の大きな原因となっています。 原因不明の脳梗塞を経食道心臓超音波(注5)で検査すると、そのうち30〜40%が卵円孔開存によるものでした。
この卵円孔開存による脳塞栓の再発を予防する薬では、ワルファリンとアスピリンが同じ効果を示しています。 卵円孔開存の穴を手術で外科的に閉じる治療は、ワルファリンを使った治療と同じ効果があるという報告もでています。

注4 脳塞栓 塞栓とは異物が流れこんで血管をふさぐ状態をさす。異物の大部分は心臓や大きな動脈にできた血栓(血液の塊)である。これが脳におこったものを脳塞栓という。
注5 経食道心臓超音波 「第6章 脳梗塞はどのように診断されるか」参照


■高ヘマトクリット血症
ヘマトクリット値とは、血液の濃さを表すものです。 高ヘマトクリット血症の人は、血液が濃いために脳の血管が詰まって脳梗塞を起こすと考えられています。 海外の研究で脳梗塞を起こす危険性は、ヘマトクリット値51%以上では51%未満の人に比べて、2.5倍増えるという報告があります。 日本の研究では、ヘマトクリット値が46%以上で脳梗塞となる人の数が増えるという報告があります。
高ヘマトクリット血症に対する治療が、脳梗塞の再発を予防するかどうかを検討した報告はありません。 しかし、水分の補給などで高ヘマトクリット血症の治療を行うことは、考慮してもよいと考えられています。

■高フィブリノゲン血症
フィブリノゲンとは、血液を固める作用をもつ一種の糊のような物質です。 高フィブリノゲン血症では、血液の粘着性が強くなるために、脳の血管が詰まり、脳梗塞を起こすと考えられています。
高フィブリノゲン血症の治療で、脳梗塞の再発が予防できるかどうかを検討した報告はありませんが、薬を使って高フィブリノゲン血症の治療を行うことは考慮してもよいと考えられています。

■抗リン脂質抗体症候群
抗リン脂質抗体とは、生体をつくる成分であるカルジオリピンなどのリン脂質に対する抗体です。 抗リン脂質抗体症候群とは、抗リン脂質抗体とリン脂質が結びつくことによって、血栓症、習慣性流産(注6)、血小板減少症(注7)などを起こす病気です。
抗リン脂質抗体は、脳梗塞の危険因子だという報告も多く、脳卒中になった人が抗カルジオリピン抗体をもっている率(陽性率)は、約10%と高いものです。 抗体をもつ人の脳梗塞を起こす危険性は、抗体のない人の2倍〜4倍と高く、脳梗塞の再発の危険性も高くなっています。
すでに脳梗塞になった人でこの抗体がある場合、再発を予防するのにワルファリン(注8)とアスピリン(注9)は同じ効果を示しました。

注6 習慣性流産 習慣化して何度も流産をくり返す状態。
注7 血小板減少症 血小板は血球成分の1つであり止血に関係するが、減少症では出血傾向および血栓傾向などを示すことがある。
注8 ワルファリン 「第9章/(3)抗凝固療法」参照
注9 アスピリン 昔から解熱鎮痛薬として使われてきたが、現在では血栓症を予防する代表的な抗血小板薬として使用されている。


■高ホモシステイン血症
ホモシステインとは、アミノ酸の一種です。高齢者や腎不全の人、またビタミンである葉酸やビタミンB12、ビタミンB6が欠乏したりすると、高ホモシステイン血症となることがあります。 これが脳梗塞の危険因子になるという報告が、多くあります。
血液のなかのホモシステイン濃度は、葉酸をとることでさげられますが、脳梗塞の再発が予防できるかどうかは、まだ明らかになっていません。

■無症候性脳梗塞
無症候性脳梗塞とは、頭部CT画像やMRI(磁気共鳴画像)では明らかに脳梗塞に陥った部分があるにもかかわらず、症状をまったく示さない脳梗塞のことです。 無症候性脳梗塞は、脳梗塞の危険因子であるという報告が多く、脳ドックの受診者を調査したところ、無症候性脳梗塞のある人は脳卒中を起こす危険性が、無症候性脳梗塞のない人に比べて10倍でした。
無症候性脳梗塞から起こる脳卒中は、約20%が脳出血であるため、血小板の働きを抑える薬は出血をもたらす副作用があるため、慎重に使う必要があります。 再発を予防するには、高血圧の管理が重要になります。

■動脈解離
動脈解離とは、椎骨(ついこつ)動脈、脳底動脈、内頸(ないけい)動脈など、脳の動脈の壁が裂けてしまう状態をいいます。 血管が完全に破れてしまうとクモ膜下出血(注10)になり、裂ける途中で血管を詰まらせてしまうと、脳梗塞になります。動脈解離は、内頸動脈より椎骨・脳底動脈で起こる場合が多く、一般の脳梗塞よりも若い人に多いワレンベルグ症候群の重要な原因となります。 ワレンベルグ症候群とは、別名、延髄外側症候群(えんずいがいそくしょうこうぐん)と呼ばれ、感覚障害、運動失調(注11)が主な症状で、運動マヒにはならないのが特徴です。
血圧の管理を主体に、動脈解離に対する治療を行うこともありますが、確立した治療法はまだありません。

注10 クモ膜下出血 脳動脈のこぶ(脳動脈瘤)の破裂ほかにより、脳の表面を包むクモ膜の下に出血が生じる重篤な病気。
注11 運動失調 筋力低下がないのに、運動、姿勢、身体のバランスが上手にコントロールできない状態。


図2 動脈解離(橋本洋一郎ら.Mebio 1998; 15(8): P.95<参考>)


■先天性血栓性素因
先天性血栓性素因は、少ないながらも若い人の脳梗塞の原因になることがあります。 血栓をつくる原因には、血液の凝固因子であるアンチトロンビンIII、プロテインC、プロテインSなどの異常症や欠乏症などがありますが、生まれつきにこの体質をもっている人がいます。 日本の研究では、心臓の血管に障害のある26,800人のなかで、43人がプロテインCの欠乏症と診断されています。
先天性血栓性素因のある脳梗塞の人の再発予防には、標準プロトロンビン時間(INR)(注12)2.0〜3.0のワルファリン療法など、それぞれの原因に応じた治療が行われますが、確立した方法はまだありません。 先天性血栓性素因の人は、さまざまな遺伝子の異常が報告されていますので、将来は、遺伝子治療などが開発されてくると思われます。

注12 標準プロトロンビン時間(INR) プロトロンビン時間は「第9章/(3)抗凝固療法」参照。INR(国際標準化比): International normalized ratio

 

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