イラン イスラム教から改宗で死刑?
イスラム教から改宗は死か
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111014-00000131-mai-int
『【テヘラン鵜塚健】イスラム教からキリスト教に改宗したイラン人牧師に対し、死刑判決が確定する可能性が高まり、欧米の政府・人権団体から批判が高まっている。
イスラム共同体の安定を重視するイランと、個人の自由を優先させる欧米との価値観の違いが対立を生んでいるようだ。
牧師はイラン北部ラシュトで約400人の信徒を持つ男性のユセフ・ナダルハニ被告(32)。イラン学生通信などによると、被告は、キリスト教に改宗したとして09年10月に、イスラム教侮辱の疑いで逮捕された。
弁護士は「牧師は19歳でキリスト教徒になった。それ以前に特定の宗教を信じているとの認識がなかった」とし、改宗に当たらないと主張。
しかし、09年11月にラシュトの地裁はナダルハニ被告に死刑を言い渡し、10年9月に高裁もこの判決を支持した。
一方、最高裁は今年6月、高裁に審理の差し戻しを命令。高裁は9月末、イスラム教徒に戻るよう再三求めたがナダルハニ被告が拒否した。
高裁は今月9日、判決を前に最高指導者ハメネイ師に死刑是非の判断を委ねた。
イスラム教シーア派を国教とするイランでは、キリスト教やユダヤ教の信仰を認めている。しかし、イランに限らずイスラム社会は改宗を許しておらず、原則的に死刑が相当と考えられている。
人権問題に詳しいテヘラン在住のキーア・メマルザデ弁護士(36)によると、これまで改宗を理由にした逮捕者は複数いるが、死刑が確定した例はないという。
米英政府や欧州連合のほか各地の人権・キリスト教団体は、イラン政府に牧師の釈放を要求している。
国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のジョー・ストーク中東局長代理は「イランは21世紀に入っても個人に『信仰か死か』の選択を迫る数少ない国のひとつ。死刑は論外」としている。』
イスラム教徒と言えば、過激派のイメージでテロリストと思っている人も最近はいるようである。しかし、イスラム教徒の大半は平和を望む、普通の人間だ。
ただ、イスラム教は受け入れには広く門戸を開いているが、つまり誰でもイスラム教徒になれるが、そこから出て行く人間には厳しいのは確かだだろう。
イスラム教徒はイスラム教が最高に洗練された宗教と思っているからのようだけど、信仰が自由であると言う国で育った人間には、今回のイランの改宗の事件は理解できない。
イランはイスラム教の中でもシーア派と、有力なスンニー派の国ではない。だからか、キリスト教やユダヤ教が認められているみたいだ。
元を正せば、イスラム教もユダヤ教やキリスト教の影響を受けていると思うのだが・・・。
ユセフ・ナダルハニが昔イスラム教だったかどうかでしか、死刑を逃れる反論方法がないような裁判は、人権問題とリンクして世界中でニュースになるだろう。
要はイランではイスラム教からの他宗教への改宗は死を意味すると言う判決だ。
僕はイスラム教徒ではないけど、みんながみんな過激な発想を持っているとは思わない。 しかし、今回のイランのイスラム教改宗事件は、イスラム教を益々怖いものとして見る人達を助長するのではないかと危惧している。
イスラム教からキリスト教へ改宗したといわれているユセフ・ナダルハニ氏は、イスラム教から離れたと言うだけで死に値するものなのか?
日本や欧米の国では、ごく普通の善良な市民と言う事だと思うのだが。
宗教国家と言ってもいいイランだからだろうけど、イスラム教から離れると言えば、生きている価値がないかのような司法判断はやっぱりおかしい。
イランではキリスト教やユダヤ教の信仰を認めているということだが、それって本当に認めている事になるのだろうか???
イランでのこの裁判。 今後も要注目だね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111014-00000131-mai-int
『【テヘラン鵜塚健】イスラム教からキリスト教に改宗したイラン人牧師に対し、死刑判決が確定する可能性が高まり、欧米の政府・人権団体から批判が高まっている。
イスラム共同体の安定を重視するイランと、個人の自由を優先させる欧米との価値観の違いが対立を生んでいるようだ。
牧師はイラン北部ラシュトで約400人の信徒を持つ男性のユセフ・ナダルハニ被告(32)。イラン学生通信などによると、被告は、キリスト教に改宗したとして09年10月に、イスラム教侮辱の疑いで逮捕された。
弁護士は「牧師は19歳でキリスト教徒になった。それ以前に特定の宗教を信じているとの認識がなかった」とし、改宗に当たらないと主張。
しかし、09年11月にラシュトの地裁はナダルハニ被告に死刑を言い渡し、10年9月に高裁もこの判決を支持した。
一方、最高裁は今年6月、高裁に審理の差し戻しを命令。高裁は9月末、イスラム教徒に戻るよう再三求めたがナダルハニ被告が拒否した。
高裁は今月9日、判決を前に最高指導者ハメネイ師に死刑是非の判断を委ねた。
イスラム教シーア派を国教とするイランでは、キリスト教やユダヤ教の信仰を認めている。しかし、イランに限らずイスラム社会は改宗を許しておらず、原則的に死刑が相当と考えられている。
人権問題に詳しいテヘラン在住のキーア・メマルザデ弁護士(36)によると、これまで改宗を理由にした逮捕者は複数いるが、死刑が確定した例はないという。
米英政府や欧州連合のほか各地の人権・キリスト教団体は、イラン政府に牧師の釈放を要求している。
国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のジョー・ストーク中東局長代理は「イランは21世紀に入っても個人に『信仰か死か』の選択を迫る数少ない国のひとつ。死刑は論外」としている。』
イスラム教徒と言えば、過激派のイメージでテロリストと思っている人も最近はいるようである。しかし、イスラム教徒の大半は平和を望む、普通の人間だ。
ただ、イスラム教は受け入れには広く門戸を開いているが、つまり誰でもイスラム教徒になれるが、そこから出て行く人間には厳しいのは確かだだろう。
イスラム教徒はイスラム教が最高に洗練された宗教と思っているからのようだけど、信仰が自由であると言う国で育った人間には、今回のイランの改宗の事件は理解できない。
イランはイスラム教の中でもシーア派と、有力なスンニー派の国ではない。だからか、キリスト教やユダヤ教が認められているみたいだ。
元を正せば、イスラム教もユダヤ教やキリスト教の影響を受けていると思うのだが・・・。
ユセフ・ナダルハニが昔イスラム教だったかどうかでしか、死刑を逃れる反論方法がないような裁判は、人権問題とリンクして世界中でニュースになるだろう。
要はイランではイスラム教からの他宗教への改宗は死を意味すると言う判決だ。
僕はイスラム教徒ではないけど、みんながみんな過激な発想を持っているとは思わない。 しかし、今回のイランのイスラム教改宗事件は、イスラム教を益々怖いものとして見る人達を助長するのではないかと危惧している。
イスラム教からキリスト教へ改宗したといわれているユセフ・ナダルハニ氏は、イスラム教から離れたと言うだけで死に値するものなのか?
日本や欧米の国では、ごく普通の善良な市民と言う事だと思うのだが。
宗教国家と言ってもいいイランだからだろうけど、イスラム教から離れると言えば、生きている価値がないかのような司法判断はやっぱりおかしい。
イランではキリスト教やユダヤ教の信仰を認めているということだが、それって本当に認めている事になるのだろうか???
イランでのこの裁判。 今後も要注目だね。