先月本(『人生にゆとりを生み出す 知の整理術』)を出したのだけど、それがきっかけだったのか、途端に何もやる気が起きない虚脱状態になってしまった。ちょっと頑張りすぎたのかもしれない。思えば一年くらい仕事を頑張ってしまっていた。あと、毎年冬は全般的に調子が悪くなる体質なので、季節的なものもあるのだろう。ちょうど急ぎの仕事がないのを幸いに、しばらく何もせずに休むことにした。

 しかし、休むと決めたのはいいけれど、それはそれで何をしたらいいかわからなくなった。自分は暇なとき何をしてたんだっけ。好きなことってなんだったっけ。なんだか全てがむなしくて、空虚でだるい感じ。心の動くことが思いつかない。

 何か気が晴れることはないかと、肉を食べたり寿司を食べたり、麻雀を打ったり温泉に行ったり、意味もなく街をふらついたりネット経由で知らない人に会ったり、いろいろ試してみたのだけど、どれも一瞬感覚の表面を刺激してはくれるのものの、根本的な空虚感は消えない。終わったあと、俺は何をやってるんだろうという気持ちばかりが高まる。結局、外に出るのもだるいしお金がかかるので、一日中薄暗い部屋の中で電気毛布にくるまって寝転がりながら、スマホで特に面白くもないインターネットを延々とリロードしつづけるだけの生き物になってしまった。そんなとき僕は思った。風邪をひきたい、と。

 風邪というのは一般的には悪いものだと考えられているけれど、僕は風邪をひくのが結構好きだ。なぜかというと、風邪をひいているときは、正々堂々と何もしなくてもいいからだ。

 健康な状態だと、ぼーっと何もしないでいることに少し後ろめたさがある。もっと何かするべきじゃないかとか、時間や体力を有効活用するべきじゃないかとか、そういったことを考えてしまう。でも、風邪をひいていれば昼間から堂々と寝ていられるし、周りの人も心配してくれたりする。

 寝込んでいるといつの間にか時間が過ぎているので、暇の潰し方に悩むこともない。風邪の最中はしんどいけれど、治ったあとは逆に全身のだるさが一掃されてすっきりした感じもある。あと僕は風邪薬を飲むのがわりと好きなのだけど、風邪のときは堂々と風邪薬を大量に飲めるのもよい。

 熱に浮かされて意識が朦朧としている状態では、普段見飽きた家がいつもと違って見える。いつも簡単に立ち上がれるところで立ち上がれないし、簡単に登れる階段が登れない。それは知らない場所を旅するときの不自由さと少し似ている。

 一日一回くらいならギリギリ自力で歩いてコンビニに行けるくらいの風邪が好きだ。寝間着のまま外に出て、おぼつかない足取りで最寄りのコンビニを目指す。徒歩3分の道のりがこんなに遠かったのか、自動車の排気音ってこんなにうるさかったのか、などと思う。

 風邪のときはコンビニで豪遊(好きなものを好きなだけ買っていい)をすることにしている。とりあえず水分補給にスポーツドリンク2本くらい買おうな。ビタミンCが入ってるやつがいい。ヨーグルトも必須だ。普段買わないような果物がたっぷり入ってるやつを買おう。お菓子はどうしようか。食えるかわかんないけどとりあえず2つくらい買っとくか。あと、あれ、カレーメシとか、カップラーメンの米版みたいなやつの米がすごい好きだから多めに買うのだ。カップスープも必要だからトマトっぽいのとクラムチャウダーぽいのを。あ、トマトジュースも欲しいな。なんか栄養ある感じがするし。小さいのしかないけどまあいいか。あ、アイスも食べたい。風邪だし、ここはハーゲンダッツと張り込むか。豪遊といっても大体二千円くらいで収まるのでかわいいものだ。買い出しに行ったあとは、また家で暖かい布団にくるまってひたすら眠るのだ。

 最近風邪をひいてないので久しぶりにあの風邪の状態を楽しんでみたいのだけど、なんかどうもうまく風邪をひけない。ちょっとだるいな、と思っても、数日ですぐに治ってしまう。暇だから寝まくっているせいだろうか。

 風邪というのは大体、忙しい日々が続いて疲れがたまっていて、その忙しさが一段落してふと暇になった瞬間に襲いかかってくるものだ。最初から暇で毎日寝てばかりいると、逆にひけないものかもしれない。

 どうにかしてうまく風邪をひけないものだろうか。Tシャツ一枚で外を一日歩き回ったりすればひけるのかもしれないけれど、それは寒いから嫌だ。もっと苦痛のない方法が何かないだろうか。とりあえずたまに飲んでるビタミン剤を一切飲まないようにするか。ヨーグルトを毎日食べるのもやめよう。手洗いやうがいもしないほうがいいのだろうな。タバコを吸いまくることでビタミンCを破壊してみるのもありかもしれない。野菜や果物をあまり食べず、毎日安い肉とフライドポテトばかり食べて過ごそう。世間で言われている風邪の予防法の逆を全部やってみよう。あの朦朧を手に入れるために。

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pha『ひきこもらない』

家を出て街に遊ぶ。
お金と仕事と家族がなくても、人生は続く。
東京のすみっこに猫2匹と住まう京大卒、元ニートの生き方。

世間で普通とされる暮らし方にうまく嵌まれない。
例えば会社に勤めること、家族を持つこと、近所、親戚付き合いをこなすこと。同じ家に何年も住み続けること。メールや郵便を溜めこまずに処理すること。特定のパートナーと何年も関係を続けること。
睡眠薬なしで毎晩同じ時間に眠って毎朝同じ時間に起きること。
だから既存の生き方や暮らし方は参考にならない。誰も知らない新しいやり方を探さないといけない。自分がその時いる場所によって考えることは変わるから、もっといろんな場所に行っていろんなものを見ないといけない。