ことば談話室
(2013/01/31)
「G、虎を3タテ」
「悠々3タテ、巨人M26」
スポーツ面に時折おどるこんな見出し。
プロ野球好きの方なら、おわかりですね。
阪神対巨人など、同一カード3連戦で、一方が勝ち続けたり負け続けたりした時によく使われている。
そもそも、この「タテ」ってなあに?
●「6タテ」もありですか
そんな疑問を抱いたのは、先日、スポーツ面の校閲をしていて、こんな見出しに出会ったから。
大相撲で、対大関6連勝を続ける関脇・豪栄道(ごうえいどう)の記事に、編集者がつけてきた見出しが、これ。
「豪栄 堂々、大関6タテ」
えっ?
そもそも、相撲にも使っていいの?
そして、「6タテ」ってありなの?
こういう場合はやはり、辞書を引くのが基本中の基本。
まずは、「3タテ」で引いてみる。
何冊あたっても、結果は同じ。そんな言葉は載っていない。
でも、朝日新聞記事データベースで「3タテ」と入れると、125件ヒットする。そのうち見出しに使われたのが39件。
野球が大半を占めるものの、アメリカンフットボールで2回、将棋と相撲で各1回使用例があった。
さらに、アエラの「偽造キャッシュカード被害 なぜ銀行は補償しない」という記事には、「裁判で3タテ食らったとして……」という使い方まで。
さらに、1879年(明治12年)1月25日の創刊以降の紙面を検索できる電子縮刷版にアクセスしてみた。
すると、「最古」の使用例は、1953年4月9日。
「東急、近鉄に三タテ」
辞書にない言葉が、そんなに使われているはずはない。
しかも、半世紀以上前から使われているわけだから、言葉が新しすぎて辞書にはまだ収録されていない、ということもないだろう、との推論が成り立つ。
今度は「3」を省略して、「タテ」で調べてみよう。
だいたい、「タテ」なんて言葉。辞書を引いたことなんて、なかった。
やはり、辞書は裏切らない。
まずは、大阪校閲センターで最も使われている「明鏡」(大修館書店)。
1つ目の意味として、接頭辞。
役目、職などを表す語について、役目・職の中心であること、また第一位であることを表す。用例として「立て役者」「立て行司」。
2つ目の意味として、接尾辞。
動詞の連用形について、動作が終わってまだ間もないことをあらわす。「炊き立てのご飯」「でき立てのほやほや」「結婚し立ての2人」
接頭辞にも接尾辞にもなるなんて、なんて便利な言葉なのだろう。
そして、3つ目。同じ相手に連続して負けた回数を数える語。「三立てを食う」(「タテ」と書くことも多い)。
そう、探していたのは、これだ!
●連勝には使えない、はず……
一方、大辞林(三省堂)には、数を数える時に使う「助数詞」とあり、「勝負に続けざまに負けた数を数えるのに用いる」。用例として、「三立てを食う」とある。
これらの用例を見る限り、相撲で使うことも「あり」だし、「6タテ」もOK。
問題は、どうやら連勝ではなく連敗した時に使うという点だ。
豪栄道は6連勝しているわけだから、「豪栄 堂々 6タテ」はいただけない。結局、この日はこんな見出しに落ち着いた。
「豪栄 堂々、大関6連勝」
そして、冒頭に紹介した2つの見出し。巨人が3連勝しているのだから、これはまずい。紙面で「誤用」を許してしまったということになるのかも。
いったい、「誤用」はいつごろから始まったのか。
先ほどの電子縮刷版を調べ直すと、最古の1950年代の3件は、「金田、三タテ食う」「巨人、三タテ食う」などと正しく使われている。
そして、60年代に一度、「3タテ」という言葉は、ぱたっと姿を消す。
71年におよそ12年ぶりに再登場した際には、「ネコの目打線 巨人を3タテ」と、「誤用」が始まり、正しい使い方を凌駕(りょうが)していくようになる。長嶋・王のジャイアンツ黄金時代と何か関係があるのだろうか? プロ野球に全く明るくない筆者は、このあたりでお手上げ。
ところで、この「タテ」という言葉、南北朝時代に勝負事の回数を使うのに使われた、と大辞泉(小学館)に載っている。
「博奕(ばくち)をして遊びけるに、一立てに五貫十貫立てければ」
時は中世、南北朝争乱を描いた戦記物語「太平記」にあるそうだ。昔から勝負事とは縁が深かったのかもしれない……と想像してみるが、でもやっぱり「タテ」の由来は分からない。
ここは読者のみなさんの推論にお任せしよう。
(日比野容子)