現代ライトノベルの成立を理解するための1冊
「純文学」を正しく説明するのは難しい。しかし、見分ける方法はカンタンだ。ピース又吉の顔写真が印刷されているオビの本を探せばいい。「ライトノベル」も純文学と同様に、説明するのが容易ではない小説ジャンルだ。
よくわかっていないライトノベルの「定義」と「起源」
文庫市場におけるライトノベル小説の売上が占める割合は約20%。市場規模は約220億円。単行本や新書サイズのものを含めると約320億円だ。(参考:出版月報 2015年3月号「特集 2014年文庫本マーケットレポート」ライトノベル関連 - Matsuの日記 , この世の全てはこともなし : ライトノベル市場規模の話)
そもそも「ライトノベル(ラノベ)」とは何か。ざっくり言うと、アニメや漫画のようなカラーイラストが表紙の小説本だ。しかし最近では、単行本やビジネス書なのにラノベっぽい表紙のものが少なくない。前述したようなテキトーな定義を踏まえて語ろうものなら、おなじ「ライトノベル」ジャンルの愛読者なのに話が噛み合わないことになる。
ひとくちに「ライトノベル」の起源といっても諸説ある。用語としての起源は、1990年にパソコン通信の電子会議室における会話のなかで誕生したという説が有名だ。ジャンルとしては、秋元書房が1973年に創刊したジュニア小説レーベル「秋元文庫」を起源とする説。そして、マンガ家の永井豪が表紙イラストを手がけた小説『超革命的中学生集団』(平井和正/著)をライトノベル第1号として1970年代を起源とする説がある。
ライトノベルは、いまだ正統な研究対象として世間から認められているとは言いにくい。その一方で、有志の若手研究者たちによって、ジャンルとしての「ライトノベル」の解明が着実に進んでおり、成果をまとめた研究書の出版もおこなわれている。
『ライトノベルから見た少女/少年小説史』(大橋崇行/著)は、ライトノベルの「定義」と「起源」について興味ぶかい考察がおこなわれている1冊だ。
「ヤングアダルト」は図書館で生まれたジャンル
二〇〇二年の論文「ジャンルとアイデンティティにおいて」、ベイザーマンは、現代の〈ジャンル〉をコミュニケーションのための社会的な場として捉えた。ある特定の〈ジャンル〉に参加することは、その〈ジャンル〉にいる人々と同じような行動をし、同じような価値観を持つことになる。いいかえれば、そのような社会的な場を構築し、人々の価値観や行動を編成する媒体の集合体を〈ジャンル〉だと位置づけたのである。
(『ライトノベルから見た少女/少年小説史』から引用)
作家や作風の好みは異なっていても、ミステリ小説やSF小説などの「ジャンル」を愛好しているもの同士ならば、ふつうは親近感をおぼえるものだ。ライトノベルも同じ……と思いきや、ライトノベルの成り立ちや定義があいまいなせいで、連帯するどころか、熱心なラノベ読者のあいだで不毛な言い争いがおこなわれることが珍しくない。
(補足:ミステリ界隈においても、東野圭吾の直木賞受賞作『容疑者Xの献身』を本格ミステリとして認めるか否かという論争があった。SF界隈でも「伊藤計劃以後」という感傷的すぎるキャッチコピーの是非について現在進行形で賛否の声がある。しかしながら、それらは界隈(ジャンル)のにぎわいを呼び起こすポジティブな議論といえるものだ。一方のライトノベルにまつわる定義論争は、インターネットベースの知識をもとに感情論や直感主義で言い争っているので、子どものケンカに近いものがある。)
ライトノベルは「なんでもあり」の小説ジャンルだけに、表紙カバーにアニメや漫画イラストが描いてあって登場人物が十代の少年少女でさえあれば、一律に「ライトノベル」であるかのように取り扱ってしまいがちだ。しかし「ライトノベル」という用語が生まれたとされる1990年以前から、少年小説・少女小説・児童文学・ヤングアダルト・ジュブナイルなどがすでに確立していた。
たとえば、アニメや漫画っぽい表紙の文庫本は、日本の図書館では「ヤングアダルト」コーナーに配架されている。これは「YA小説(ヤングアダルト小説:13~19歳の青少年ための文学作品)」が、元はアメリカ図書館の若者向け選書サービスの名称だったころの名残りだ。有名な海外作品ならば、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて(The Catcher in the Rye)』などが該当する。このように、多彩な起源をそなえている少年少女向けの既存ジャンルと、「ライトノベル」という定義があいまいな用語を同一に論じてしまえば、ますますラノベに関する建設的な議論が成り立たなくなる。
本書『ライトノベルから見た少女/少年小説史』では、特に、現代においてライトノベルの1ジャンルと見なされがちな「少女向けレーベル(少女小説)」が成立した歴史的経緯について詳しい。たとえば、川端康成がゴーストライターを雇って少女小説を発表していたことを、ご存じだろうか。
川端康成が発表した「少女小説」の真相とは
いきなり「少女小説」というジャンルが生まれたわけではない。1895(明治28)年に創刊された『少年世界』は男の子向けの雑誌だが、そのなかで少女読者を対象にしたものがわずかに掲載されていたにすぎない。
その後、1899年に「高等女学校令」が公布されたことにより、女学生が増加した。『少女界』『少女世界』『少女の友』など、少女向け雑誌の創刊ラッシュが起きる。『少女画報』や『少女倶楽部』では、少女小説家として有名な吉屋信子が『花物語』を連載していた。百合小説の金字塔的作品であり、2000年代に大ヒットした少女小説『マリア様がみてる』(今野緒雪/著)をはじめとして、いわゆる百合作品と呼ばれるフィクションは多かれ少なかれ吉屋信子の影響下にある。
少女小説の黄金期ともいえる1930年代には、『少女の友』誌上で『乙女の港』という連載小説がはじまる。著者は川端康成だ。ベストセラーとはいかないまでも大いに売れたらしい。さすがノーベル文学賞の大文豪……と言いたいところだが、川端の死後に、少女小説『乙女の港』のプロット作成や下書きが中里恒子という女性作家によっておこなわれたものであることが明らかになった。ふたりは師弟関係にあり、中里がノリノリで代筆をおこなっていたことが、川端康成との往復書簡によって判明している。
少女小説は、いまから100年以上も前の大正時代にジャンルとして確立していた。先にも引用したとおり、ジャンルとは「コミュニケーションのための社会的な場」のことだ。読者同士が誌上コーナーにおいて交流し、かつて読者だった少女が作者として誌上に登場する。少女小説は、少女たちの誌上コミュニケーションによって発展していった文芸ジャンルなのだ。
表紙や挿絵にアニメや漫画のようなイラストを採用しているからという表面的な理由だけで、『マリみて』などのコバルト文庫を「ライトノベル」と同一視しがちだが、それは正しくない。少女小説は『コバルト』のような誌上コミュニケーションあってのジャンルであり、新人賞出身者が主流を占めている「ライトノベル」とは根本的な成り立ちが異なる。
ライトノベル研究の入門書として最適な1冊
今となっては、少女向けレーベルが「ライトノベル」に含まれないということはできないし、少年向けレーベルだけが「ライトノベル」だということもできない。定義しないまま用語が用いられたために、明確な概念規定が不可能なまでに拡散してしまったからだ。
(中略)
「ライトノベル」という枠組みで語ることでは、もはや何も論じることが出来ないということを示している。(『ライトノベルから見た少女/少年小説史』から引用)
そもそも、本書は「ライトノベルの定義」について考察したものではない。誰かがテキトーに命名したであろう和製英語についてどれだけ考えを巡らしても意味がないからだ。
むしろ、ライトノベルと同一視されがちな周辺ジャンルの成立過程と実情をひもとくという一見すると遠回りな方法こそが、ずいぶんと肥大化してしまった「ライトノベル」の実態を正しく理解するための近道なのだ。
インターネット上の生半可な知識と理解をもとにおこなわれた不毛な論争のログを眺めるよりは、本書を読んだほうがいい。ライトノベルを体系的に論じようとするのであれば、目を通しておくべき必読の1冊であると思う。
(文:忌川タツヤ)
ライトノベルから見た少女/少年小説史
著者:大橋崇行(著)
出版社:笠間書院
〈少女小説〉と〈少年小説〉が、戦前から戦後にかけてのまんがの成立を大きく規定し、日本の「まんが・アニメ」文化の礎を築いてきたのではないか―。ライトノベルを起点に〈少女小説〉〈少年小説〉に戻り、日本の物語文化を見直す。特権化されてきた、まんが・アニメーション文化論を超え、現代日本の物語文化を見直すとき、そこにはどんな問題が立ち上がってくるのだろうか。これまであまり行われてこなかった、まんが・アニメと小説とがどのようにつながるのかという問題を、〈物語文化〉という問題意識から考える文芸批評。大塚英志~東浩紀を経てゼロ年代批評に至る既存のサブカルチャー論に、文学研究の視点から全面的に反論。日本のキャラクター文化言説の再編成を行う、刺激的な書。
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