いつか読みたい数百冊の本は「資産」か「負債」か
本が好きだ。小説、漫画、エッセイ、自己啓発本、たまに哲学や経済学の本だって読む。とにかく知的好奇心が満たせそうな本であれば片っ端から手に入れる。新刊、古本、図書館など、あらゆる手段を講じて取り寄せる。
本好き「あるある」コミックエッセイ
今回ご紹介する『お父さんは時代小説が大好き』(吉野朔実/著)は、本好きの漫画家によるコミックエッセイだ。
「漱石と芥川はどちらのほうが天才肌か?」「読書好きの友人にすすめられた本は必ずしも面白いとはかぎらない」など、本が好きな人なら思わず共感してしまう本にまつわる話題を扱っている。
収録されている漫画の多くは、1990年代に『本の雑誌』で連載されていたものだ。当時、パソコン通信はあったが、インターネットは普及していない。現在のように、世間でプレミア価格がついている人気本をAmazonマーケットプレイスやヤフオクで気軽に入手することはできなかった。
話題の本をいますぐ読みたい → 品切れ
センセーショナルな内容の本は、たくさん売れる。大物芸能人の告白本や凶悪犯の手記はベストセラーになりやすい。発売直後、ほしいと思って近所の書店へ行ったけれど売り切れだったという体験が、一度くらいはないだろうか?
本好きの例にもれず、著者の吉野さんも同じような体験をしている。
レクター博士でおなじみの映画『羊たちの沈黙』が日本で上映公開されたのは、1991年(平成3年)のこと。映画館で観た友人たちが絶賛していたので、「まずは原作を読んでから……」と考えた吉野さんは、トマス・ハリスの原作小説を本屋へ買いに走った。しかし、どこへ行っても売り切れだった。
どうしても読みたくて我慢できなかった吉野さんは、人脈をフル活用して『羊たちの沈黙』の入手を決意する。読書家の友人、出版関係者、地方在住の知人などに手当たりしだい連絡した。
その結果、吉野さんの自宅に『羊たちの沈黙』が届くことになるが、あわせて3冊になってしまったという。
書評本の楽しみかたは人それぞれ
本好きにとって、書評をまとめた「書評本」は宝の地図のようなものだ。まだ読んだことがない面白い作品を新たに発見できるからだ。
私の場合、書評本を読むときにはスマホやパソコンが欠かせない。「この本は面白そうだ」と直感したら、すぐにAmazonで検索して「ほしい物リスト」に登録する。あとで書店や図書館へ行ったときに役立てるためだ。
本書『お父さんは時代小説が大好き』は、著者の読書生活にまつわるコミックエッセイなので、具体的な書名がたくさん登場する。興味をひかれる本があった。新たに「ほしい物リスト」に登録した本のなから1冊をピックアップして、さっそく取り寄せた。
わたしが出会った1冊
それは『妻を帽子とまちがえた男』(早川書房/刊)という本だ。「当たり」だった。おもしろかった。海外ノンフィクションの翻訳本であり、原作者はオリバー・サックスという神経学者だ。氏は、映画『レナードの朝』の原案になった『Awakenings』というベストセラーの著者でもある。
『妻を帽子とまちがえた男』は、神経学の臨床医であるサックス氏が出会った、脳障害によって不思議な症状があらわれた患者たちの記録だ。
表題の「帽子と見分けがつかずに妻をかぶろうとする男性」や、キューピッド病とよばれる「数十年前に治癒したはずの神経梅毒がぶりかえしてまるで若い娘のように振る舞う老婆」など、脳障害=不幸とは限らないという事例を知ることができる。
なかでも「サヴァン症候群の双子」にまつわる報告は、私の胸を打つものだった。
素数を愛する双子のはなし
彼らは自閉症なのだが、暗算によって素数を見分けることができた。ふたりはいつも「数字」をささやきあっては、互いにそれが素数であることを確認しあい、いつも満足そうにほほ笑みあっていた。
あるとき、担当医のサックス氏も双子たちの素数ゲームに参加した。あらかじめ素数表を確認していたサックス氏が、5ケタの「素数」を口にすると、それを聞いた双子の兄は、まもなくして6ケタの「数字」を口にした。
それを聞いた双子の弟はしばらく考えこんだあと「にっこり」と笑みを浮かべたという。兄のほうも同様だった。それはまるで「めずらしいワインを舌の上にのせ、その味と香りに二人そろって悦に入っているかのようだった」という。つまり、ある数字が素数であることを暗算で確かめることに喜びを感じているのだ。自閉症である彼らは、自立して社会生活を営むことはできないが、けっして不幸ではない。
「宝の地図」のおかげで面白い本に出会うことができた。ところで、私の「ほしい物リスト」には、読みたい本がまだ数百冊以上も残っている。それは私にとって大切な財産なのだが、ときどき、負債のようにも感じることがある。
(文:忌川タツヤ)

お父さんは時代小説が大好き
著者:吉野朔実(著)
出版社:本の雑誌社
本は心のごちそう。さまざまな分野の本を、マンガや対談を通してさまざまな楽しいエピソードを盛りこみながら親しみやすく紹介。本を生活の中の一場面において、ストレートな感性で綴る。
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