この文言は、戦後日本を覆ってきたある傾向をよく表しているのだ。政治学者の丸山真男は、戦争に関し敗戦後の知識人が「悔恨共同体」を形成したと書いた(「後衛の位置から」)。自分たちのあり方はあれでよかったのか、根本的な反省に立った新しい出直しが必要ではないか、そんな自己批判の感情が敗戦後に広がったという。
丸山をはじめとする戦後のいわゆる進歩的知識人の特徴を筆者なりに簡単にいえば、戦前・戦中の日本への、容赦ない断罪の姿勢なのである。丸山が自著の英語版に添えた序文の言葉でいえば「日本社会の恥部をあばこう」とする「絶望的な自虐」が、丸山のみならず彼らの言説には満ちている。
それは知識人だけでなく多くの人に共有された。たとえばこれら知識人が活躍した新聞や雑誌は、終戦までの日本の歴史を「絶望的な自虐」でもって書き立て社会問題とした。かの国々が言い募っている慰安婦問題も、日本の一部メディアが国内で騒ぎ出したものなのだ。
◆戦後の思考停止
もう1つ、考えておきたい。こうした日本の左傾傾向は基本的に、戦争につながるものをすべて非とするがゆえに、戦力の保持を認めない戦後憲法を是とする。戦後まもなくできた平和問題談話会、昭和30年代にできた憲法問題研究会などには進歩的知識人が名を連ね、平和憲法の尊さを訴えた。この傾向は、いまもあちこちで続く護憲運動に連なっている。
不戦への思い、核兵器廃絶への願いを筆者は否定する者ではない。しかし日本の平和がアメリカの核抑止力をはじめとする戦力の均衡によって保たれてきたことも、戦後の現実である。護憲派はこの点で思考停止して空想の平和を唱えた。核兵器についての議論すらタブー視する風潮もあった。護憲派に限るまい。日本は戦後、自国の防衛について茫然(ぼうぜん)自失してきたようにも思えてくる。