株式会社スプリー 代表 安藤美冬さん
1980年生まれ、東京育ち。慶応義塾大学卒業後、集英社にてファッション誌の広告営業と書籍単行本の宣伝業務を積み、2008年に社長賞を受賞。2011年1月独立。学校運営、企業と連携したプロジェクトやコワーキングスペースなどのアドバイザリー、連載、大学や企業での講演、広告出演など、企業や業種の垣根を超えて活動中。11月29日にディスカヴァー•トゥエンティワンより初の著書を発売予定。公式ホームページ:
http://andomifuyu.com/
ソーシャルメディアでの発信と「自分ブランド化」の戦略を取り入れて、肩書や仕事の領域を決めずに多様な仕事を手掛ける、独自のノマドワークスタイルが注目を浴びる安藤美冬さん。やりたいことを次々に実現しているように見える彼女も、実は「最初の一歩を踏み出す怖さ」と常に闘っているそう。悩みや迷いの中で立ちすくんでしまっていることもあった――そんな安藤さんを勇気づけ、大きく背中を押してくれた本に迫る。
働く女性なら誰もが
「小さな怖さ」に日々直面している
『マイクロソフトでは出会えなかった天職』
ジョン・ウッド/著
(武田ランダムハウスジャパン)
30代前半でマイクロソフト国際部門の要職に上り詰めた著者が、それまでの地位や名誉を投げうって、途上国の子どもたちのための社会起業家へと転じた経緯を綴った1冊。「最悪の選択肢は、何もしないこと」「僕は『できない理由』ではなく、『どうすればできるか』を考えたいんだ」といった彼のメッセージに勇気づけられる
「やりたいことが見つからない」と悩む人がいる一方で、「やりたいことは見つかったのに、それを実現するために一歩を踏み出すのが怖い」と考え、前へ進めずにいる人も多いと思います。転職や独立といった人生の節目に関わることだけでなく、例えば会議で自分のアイデアを発表することすら怖いと感じることって、よくあると思うんですね。
「私には周囲を説得できるだけの力はない」とか「アイデアを出しても、それを実現するだけのリーダーシップが自分にはない」などと考えて、つい発言をためらってしまう。働いている女性なら、こうした「小さな怖さ」に日々直面しているのではないかと思います。
私自身、その怖さとずっと闘ってきた人間なので、気持ちはとてもよく分かります。私は新卒で出版社に入社して、3年後に希望していた宣伝部へ異動になりました。ようやく自分がやりたかった仕事を掴むことができたのですが、そこで自分の中にある恐怖との闘いの日々が始まったのです。
私はもともと、仕事を器用にこなせるタイプではありません。新入社員時代は、コピーひとつも満足に取ることができずに、周囲に怒られてばかりでした。体調を崩して、半年間休職したこともあります。
そしてようやく行きたかった部署に配属が決まった時、仕事の初日に心に決めたのです。「1日1つ新しいことをやる」と。
最初は小さなイノベーションでした。会社から支給されたボールペンではなく、自分の足で探してより使いやすいボールペンで仕事をする。メールの署名を読みやすく変える。文庫に挟み込むチラシのレイアウトや大きさをリニューアルする。
そのうち、会社では10数年実績がなかった媒体に出広を決めたり、自らフリーペーパーの発行元に訪ねて行って連載枠を取り、担当している単行本のPR原稿を書いたり、社内初となる部署横断型のプロジェクトに関わったりと「イノベーション」の大きさは少しずつ広がっていったのです。しかし、企画書を何度も書き直しましたし、自分の想いが思うように伝えられず、会議中に思わず泣いてしまったこともあります。
それでも、壁をひとつずつクリアしていく道の途中で、成功を収める仕事も出てきました。最初の一歩を踏み出すのが怖かった分、実現した時の喜びは大きかったし、その成功体験が自信にもなりました。中には失敗した企画もありますが、今振り返ると、やってみて失敗したことよりも、やらなかったことへの後悔のほうが圧倒的に大きいんです。
世界的な大企業の幹部から
社会起業家へ転じた男性の物語

こうした「怖さ」と向き合う大きなヒントを与えてくれたのが、『マイクロソフトでは出会えなかった天職』という本。出版社を辞めて独立しようかどうか迷っていた頃に読んだ1冊です。
これは元マイクロソフトの幹部社員で、現在は社会起業家として知られるジョン・ウッド氏の自伝です。彼はビジネス界の成功者として誰もがうらやむ地位や暮らしを手にしていましたが、たまたま休暇で訪れたネパールの山中で、ボロボロの学校とほとんど本のない図書館を見て衝撃を受け、途上国の子どもたちのために図書館をつくる「ルーム・トゥ・リード」というNPO組織を立ち上げます。
そしてマイクロソフトを辞め、それまでの恵まれた生活をすべて捨てて、この活動に取り組み始めたのです。
私が感銘を受けたのは、ウッド氏の情熱と行動力。マイクロソフト時代は高い報酬をもらい、ゴージャスな暮らしをしていた彼が、飛行機のエコノミークラスで世界中を飛び回り、スポンサーに提供された宿に泊まりながら、短期間で数多くの図書館を建設していく行動力は本当に素晴らしい。しかも彼は、「マイクロソフトにいた頃より、今のほうがずっと幸せだ」と断言しているんです。実際に写真を見ると、図書館の竣工式で子どもたちに囲まれている彼は、本当に幸せそうなんですよ。
彼がマイクロソフトを辞める時は、周囲の人たちに猛反対されたし、資金が底をついて苦労した時期もありました。だけど、彼はきっと気づいてしまったんでしょう。「子どもたちに本を届けたい」という自分の中にある情熱に。「失敗したらどうしよう」という怖さを、情熱が圧倒する瞬間が彼の中であったのだと思います。
未知の世界に踏み出す時に
怖さを感じるのは当たり前のこと
「会社員時代もフリーランスになった今も、環境は変わっているけど、内面にある本質の部分は変わらない。今でも恐さを感じることはたくさんある。でも情熱が恐怖に勝ったとき、目の前のことをただ精一杯やるだけと思える」(安藤さん)
この本を読んで思ったのは、未知の世界に踏み出す時に怖さを感じるのは当たり前だということ。でも、もしカーナビの案内みたいに、自分の人生がどうなるかを前もって教えてもらえたとしたら、それはそれできっとつまらないはず。未知の世界で何が起こるか分からないからこそ、それぞれの出来事に直面した時に思いがけない喜びやワクワクするような気持ちを味わえるのだと思います。
そもそも、怖さを感じるということは、それだけ本気でやりたいと思っている証拠ではないでしょうか。私も初めてテレビのコメンテーターの仕事を引き受けた時、失敗するのが怖くて前の晩は一睡もできませんでしたが、その時に思ったのは、「これだけ怖いということは、私はこの仕事をすごくやりたいんだな」ということ。それほどやりたい仕事でなければ、緊張もしないし、周囲の反応も気にならないはずです。そう考えると、とてもいい成長の機会をもらえたのだとありがたく感じるようになりました。
とはいえ、私自身、今でも毎日怖さと闘っていることに変わりはありません。でも「これがやりたい」と思ったら、あとは目の前のことをひとつひとつ情熱を持ってやっていれば、いつか目的地へ辿り着けると信じています。私にとってこの本は「情熱が人生を動かすのだ」ということを教えてくれた大事な1冊です。