米フロリダ州の高速鉄道計画が頓挫した。残念でならない。
東海旅客鉄道(JR東海)が目指していた新幹線システム輸出で、米国での最優先の受注計画だった。同社にとって大変な痛手だ。
高速鉄道計画が白紙に戻ったのは、同州のスコット知事(共和党)が、「連邦政府からの資金を受けても、州の負担分が発生する可能性があり、納税者に負担がかかり過ぎる」と、コスト高を理由に計画の撤回を発表。これに対し、同州民主党上院議員らは、「州知事は王ではない」と反発し、知事を相手取って提訴したが、州最高裁はこの申し立てを却下した。これで計画中止は確定した。
米国内での高速鉄道計画が中止になったのは、オハイオ州、ウィスコンシン州に続いて3州目。いずれも財政不足が理由だ。
新幹線をはじめ安全で品質の高い鉄道網が張り巡らされている日本からみると、想像しがたいが、米国には新幹線のような高速鉄道がない。
米国に来たばかりのころ、現金が飛ぶようになくなってしまう出張時のタクシー代を浮かすために、出張先に鉄道サービスがあるか、よく調べていた。オハイオ州やウィスコンシン州などグーグルマップで確認すると、鉄道網がある。時刻表を調べようと、鉄道会社のウェブサイトに行くと、すべてが旅客ではなく、製造業向けや原油、穀物などを運ぶ引き込み線ばかりなのだ。
ところが、オバマ政権が誕生し、「将来への投資」として、全米の高速鉄道計画を提唱。今年1月の一般教書でも、「25年以内に80%の米国民が高速鉄道を利用できるようにする」という目標を掲げた。
これを受けて、今年2月、バイデン副大統領も、高速鉄道網と既存鉄道の高速化に向けて、今後6年間で530億ドルもの巨額を投資する方針を発表した。
こうした連邦政府からの資金援助があるのにもかかわらず、なぜ各州で計画の撤回が相次いでいるのか。
これには、民主党と共和党の政治的対立が大きく影響している。
フロリダ州、オハイオ州、ウィスコンシン州の前州知事はみな民主党選出で、オバマ政権の政策を支持し、高速鉄道計画に積極的だった。しかし、昨年の中間選挙で3州とも共和党選出の知事が誕生。「小さな政府」「増税反対」を掲げる共和党にとって、巨額の投資が必要となる高速鉄道計画は「無駄遣い」と、格好の攻撃ターゲットだ。
こうした理由で、日本企業が輸出可能な優れた技術を米国で享受できないのは残念だ。
しかし、日本側も十分な売り込みや対策ができているのか、疑問が残る。6日に辞任表明した前原誠司外相は今年1月に訪米した際、スコット・フロリダ州知事と会談した。売り込みは不発に終わったと報道されたが、あまりにも遅きに失している。
これで思い出したのが、日本通で東京在住の米国人企業幹部だ。日本で、自民党が与党だったころ、議員会館を月に数度訪問していると話していた。「そして、民主党のシャドーキャビネットの財務相を知っていますか?」と尋ねられた。当時私は、民主党にシャドーキャビネットがあったことは知っていたが、名前をあげることはできなかった。彼は、そんなところにまで食い込んでいたわけだ。
その後民主党が政権を取った。この米国人企業幹部のシャドーキャビネット行脚が報いられる時が訪れた訳だ。
一方で、2008年に米大統領選挙を取材していた際に、複数の霞が関関係者や企業幹部から聞いた話はショックとしか言いようがなかった。いわく、「日本政府はクリントン政権時代の対日政策のトラウマがあって、民主党政権には抵抗感がある。ワシントンでは民主党人脈も少なく、情報も限られている。願わくば、共和党のマケイン上院議員が勝ってくれると、これまでのワシントン人脈が生きるのだが」ということだった。選挙結果はご存知のとおりだ。
スタンフォード大学で教える日本通の政治経済学者ダニエル・オキモト教授は、世界に知られていない優れた技術を持った日本企業がまだまだたくさんあるとし、東京電力、NTT、KDDI、JRグループなどの名を挙げる。しかし、こう指摘する。
「これらの企業の問題は、考え方が自国主義なのです。海外での経験がほとんどない。それは、自国での事業だけでいい、とあぐらをかいているからです。まだ可能性があるのにどうして、海外に出るというリスクを負わないのでしょう」
白と黒しかないアップルのiPhoneよりも、色やデザインが豊富な日本の携帯電話、いわゆる「ガラパゴスケータイ(ガラケー)」が、海外では全く使われていないのは有名な話だ。
しかし、オキモト教授の話を聞いて、まだまだ日本には「ガラ鉄道」「ガラ通信技術」など、日本市場だけに完結しているものが多くあることに気づかされる。
こうした優れた技術を持った日本企業に、海外進出への対策を、そして「一時的売り込み」にとどまらない長期的な対策をよく考えてみてほしいと思う。「ガラパゴス技術大国」にならないためにも、フロリダ州の高速鉄道計画撤回から得られる教訓はたくさんある。
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津山恵子(つやま・けいこ) フリージャーナリスト
東京生まれ。共同通信社経済部記者として、通信、ハイテク、メディア業界を中心に取材。2003年、ビジネスニュース特派員として、ニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。08年米大統領選挙で、オバマ大統領候補を予備選挙から大統領就任まで取材し、AERAに執筆した。米 国の経済、政治について「AERA」「週刊ダイヤモンド」「文芸春秋」などに執筆。著書に「カナダ・デジタル不思議大国の秘密」(現代書館、カナダ首相出版賞審査員特別賞受賞