【参考資料 国際法−3】
ブラッセル会議・露国案
ブラッセル宣言

 


 

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 ブラッセル会議・露国案
■「上海戦と国際法」 信夫淳平 丸善 1932年 P118〜120
不正規兵の取締に關しては、一八七四年の交戰法規制定に關するブルッセル會議 に於て討議に上りし若干の原案中に、之に觸れたる一二の條項を有するものがあつた。特に 露国の原案は
 第一  軍隊の外左の條件を具備する民兵及び義勇兵は交戰者たるの資格を有す。
(一)責任を負ふ者その頭にあり且本營よりの指揮の下に立つこと、(二)遠方より認識し 得べき明瞭なる或徽章を有すること、(三)公然武器を携帶すること、(四)交戰の法規、慣例、 及び手續に從つて行動すること。以上の條件を具備せざる武装隊は交戰者たるの資格を有せざる ものとし、之を正規の敵兵と認めず、捕へたる場合は裁判に依らずして處斷するを得。
 第二 交戰國の軍隊は戰鬪員及び非戰鬪員にて編成す。前者は交戰に能動的且直接的に從事 し、後者は軍の一部を成すも、布教、醫務、經理、司法、その他の軍隊構成の各種部門に屬す。 非戰鬪員は敵に依り捕へられたる場合には、戰鬪員と均しく俘虜たるの權利を有し、且軍醫官 野戰病院補助員、及び布教師は中立人たるの權利を有す。
 第三 敵に依り未だ占領せざる地方の住民にして自國の防護のため武器を執る者は交戰者と 看做し、之を捕へたる場合には俘虜として取扱ふべし。
 第四 既に敵國の權力の下に置かれたる地方の住民たる私人にして武器を執りて敵に對抗する 者は司法官憲に引渡すべく、且俘虜として取扱ふべき限りにあらず。
 第五 前記第一項及び第二項の條件を具備せざる私人にして或時には獨立して交戰に從事し、 或時は平和的業務に服する者は交戰者たるの資格を有することなく、捕へられたる場合には 軍律に依りて處斷せらるべし。
このブルッセル會議の露國案が換骨奪胎せられ、特に第一項の末段と第四項及び第五項、即ち まさしく便衣隊に該當する所の條項が削除せられて海牙議定の陸戰法規慣例規則の第一條乃至 第三條となつたものである。
 故に現行交戰法規の上に於ては、軍隊と離れて獨立的に敵抗行爲を爲す所の私人の交戰上の資格如何は、尚ほ殘されたる一の未決問題で、 隨つて斯かる私人即ち便衣隊の如きものに就ては、 現行交戰法規の上に於ける交戰者資格限定のC~とすでに既往の戰争に於ける先例とを按じて その性質及び擬律を判定するの外ないのである。 然るに便衣隊は陸戰法規慣例規則所定の 交戰者の資格を有せざる者であることは、前述の如く當該條項の文字及びC~に照して何等疑 を容れない。

交戦者資格の4条件に関しては、ハーグ陸戦法規と比較してもそれほど違いません。指揮官の条件に 「本營よりの指揮の下に立つこと」とあるのが違うくらいです。そしてこの4条件を満たさない者に 対する処分は「捕へたる場合は裁判に依らずして處斷するを得」ということですから即決処刑を認めた ことになるでしょう。
しかし、この条項は、ブラッセル宣言では採用されませんでした。
有賀長雄によると、露国案は従来規定そのままということですから、即決処刑もブラッセル宣言当時の国際法 では、合法だったことになります。
現行法そのままの露国案と理想を加味したブラッセル宣言という関係で捕えると分かりやすいでしょう。

そして、信夫淳平によるとこの本が書かれた当時(1932年)でさえ「軍隊と離れて獨立的に敵抗行爲を爲す所の私人」すなわち 「便衣隊の如きもの」の「交戰上の資格如何」は「未決問題」であり、「その性質及び擬律」については、 「交戰者資格限定のC~とすでに既往の戰争に於ける先例」から判断する以外ないとのこと。
「未決問題」ということは、学説はあっても定説は存在しないということでしょうから、当時の国際法には明確な規定は 無かったことになります。

■「万国戦時公法 陸戦条規」 有賀長雄編 陸軍大学校 1894年 P89〜92 
第十章 プルッセル宣言(千八百七十四年)
 第一節 ブルッセル宣言來歴
ブルッセル宣言ナルモノハ千八百七十四年戰規ノ成典ヲ編纂スルノ目的ヲ 以テ歐洲邦國ノ多數ヨリ派遣セラレタル代使カブルッセルニ於テ會議ヲ開 キ議定シタル所ナリ。 此ノ會議ハ實二露國政府ノ發意ニ基クモノニシテ、 仁愛ナル皇帝アレキサンドル第二世ノ宸襟ヨリ出テタルコト疑フヘカラサ ル事實ナリ。初メノ目的ハ俘虜ノ措置ニ關スル法規ヲ議定セントスルニ在 リタリ、然レトモ後ニハ陸戰例規ノ全体ヲ以テ範圍トシ、露國ノ提出ニ係ル 「戦時ノ法規及慣例ニ關スル國際條約案」ナルモノヲ以テ議案トシ、獨乙、墺 太利、牙利、白耳義、丁抹、西班牙、佛蘭西、希臘、英吉利、伊太利、和蘭、葡萄 牙、瑞典、諾威、瑞西、土耳古ノ諸國ヨリ著名ナル軍人、法學者及外交家ヲ派 シテ會議ニ與カラシメ、同年七月廿七日ヨリ八月廿七日ニ至ルノ間ニ於テ 議事ヲ完結シタリ。露國ノ提案ハ冒頭ニ五箇條ノ總則ヲ措キ、次ニ四篇十 三章七十七節ヲ排シタリ、其ノ項目左ノ如シ。
第一篇 交戰者相互ノ權利義務
 第一章 敵國ノ領域ニ於ケル軍隊ノ權力
 第二章 何人ヲ以テ交戰者、闘戰者、及非闘戰者ト爲スヤ
 第三章 敵ニ加害スルノ方便其ノ許容スヘキ者及禁制スヘキ者
 第四章 攻圍及砲撃
 第五章 間諜
 第六章 俘虜
 第七章 非闘戰者及負傷者
第二篇 交戰者ノ一私人ニ對スル權利義務
 第一章 一私人ニ對スル軍隊ノ義務
 第二章 徴發及軍役
第三篇 交戰者ノ交通
 第一章 交通及戰使ノ作方
 第二章 降服
 第三章 休戰
第四篇 返復
以上ノ項目ニ付テ之ヲ見ルニ此ノ提案ハ狭義ノ戰規(即チ中立ニ關スル例 規ヲ除キタルモノ)スラモ悉ク含蓄セス、而シテ英國ノ爲ニ斟酌スル所アリ テ、海戰例規ヲ全ク除キタルハ、止ムヲ得サルモノトスルモ、ヂュネーヴ條約 ノ條項ヲ編入セサリシニ至リテハ不可ト謂フヘシ、叉軍中規約、和睦及其ノ 他ノ點ニ付キ規程ヲ缺ケリ。要スルニ露国政府ノ提案ハ種々ノ關係ニ於 テ闕點アリ、且其ノ條項文字及編輯ノ体裁ニ於テ適切ナル非難ヲ免レサリ キ。然レトモ大体ヨリ論スレハ善ク近時ニ於ケル國際公法ノ進歩ニ伴ヒ、深 ク考慮ヲ盡シタルモノニシテ、列國規約ノ根據トスルニ適當セリ。 且凡ソ 此ノ如キ事業ニ於テ陥リ易キ二ノ危難ヲ避ケタルハ賞賛スルニ足レリ、即 チ一方ニ於テ既ニ慣例トナリテ世ニ認識セラルヽモノヲ離レテ新ニ工夫シ タル所ヲ立テントスルコトヲ止メ、他ノ一方ニ於テ過度ニ仁愛ノ主義ヲ重 ンジ十分ニ戰時ノ必要ヲ顧ミサルノ難ヲ避ケタル是レナリ。即チ露國提案 ハ全ク従來既定ノ戦規ニ基キ一モ新案ヲ挿マス、又概シテ仁愛ヲ過度ニシ 爲ニ實用ニ適セサルノ患ナシ。

この説明によると露国案には、「海戰例規」や「ヂュネーヴ條約」が含まれていないなど、さまざまな欠点があるが それでも次の2点については評価できるとのことです。

 1.従来既定の戦争法そのままで、全く新しいものを含めなかった事
 2.仁愛を過度に優先しなかった事

いずれも一歩間違えれば、国際法の実効性を失わせる危険がありますので、充分賞賛に値するといえるでしょう。


 ブラッセル宣言
■国際法辞典 筒井若水・編代 有斐閣 1998年 P297
ブラッセル宣言 【英】Declaration of Brussels
ロシアの国際法学者マルテンス(Fyodor Fyodorovich Martens, 1845〜1909)の勧めにより、 ロシア政府の提唱で1874年に開催されたブラッセル会議で採択された宣言。会議には15 ヵ国の軍人・外交官・国際法学者らが参加し、リーバー規則に類する戦争の法規慣例を成文化 した条約の作成を意図するものであった。ロシア政府が最終案を回付する以前にヘルツェゴビナ で反乱が起こり、イギリスが熱意を失ったため、条約として発効しなかったが、ハーグ平和会議 での戦争法法典化の先駆けとなった。


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