今年9月末、ベトナムで日本のODA(政府開発援助)によって建設中の橋が崩落し、ベトナム人54人が死亡、80人が負傷する「ベトナム橋梁史上最悪」といわれる事故が起きた。事前の調査から設計、施工、監理まで「オールジャパン」を結集して当たった250億円の大プロジェクトは工事再開のメドが立たず、日本の信用も「崩壊」寸前だ。外務省は今月12日にようやく検討会議を立ち上げたが、現地報道を総合すると、ベトナム側は日本の共同事業体の「安全性軽視」設計に強い疑惑を持っている模様だ。
崩落した橋の名はカントー橋(クーロン橋)。ベトナム・ホーチミン市からメコンデルタを西に向けて横断する国道1号がメコン川の支流ハウ川をカントー市へ渡る地点に建設中で、来年末に総延長2.75kmの壮麗な斜長橋が完工の予定だった。カントー市はメコンデルタの物資の大集散地だが、国道1号は現在、ハウ川をフェリーで渡っており、「カントー橋」は流通経済面で多大の効果が期待されていた。
9月26日朝、橋のホーチミン市側陸地で高さ30mの橋脚上からコンクリート製の巨大橋桁2枚が相次いで落下し、橋桁の上下で工事中の250人近い作業員を巻き込む大惨事となった。各橋脚の中間には架設中の橋桁を支える仮支柱(支保工)が設けられていたが、崩落を防げなかった。仮支柱が挫屈したから橋桁が落ちたのか、落下の勢いで仮支柱も破壊されたのかは分かっていない。
現地紙(ネット版)は崩落した橋桁や病院に収容された作業員らの生々しい写真多数を使って連日のトップ扱いで報道した。
崩壊したカントー橋を多数の写真で報ずる現地紙の紙面(ネット版)
この仮支柱を含む仮設工は施工に当たった大成建設・鹿島建設・新日鉄エンジニアリング(TKN)3社の共同事業体が設計しており、現地紙の報道によると、ベトナム側は事故原因として最有力視しているようだ。その疑惑が持ち上がったのは、ある日本人技師の内部報告書の存在を 現地紙が写真付きでスクープ報道してからだった。
現地の「トゥオイ・チェ」紙(ネット版)などによると、工事の監理に当たっていた日本工営のクドウ技師が、事故のわずか3ヵ月前の6月27日付で、「仮設工の設計上の安全率が15%の余裕しかなく、『非常に危険』。風への耐性も本来の5分の1と誤って計算されている。設計をやり直す必要がある」などと記した警告書をTKN共同事業体に送っていた。
10月12日に開かれたベトナム政府の事故調査国家委員会第2回会議でもこの文書が取り上げられ、委員長のクァン建設相は記者会見で正式に文書の存在を認めた。同相によると、TKN側は「その後、仮設工の設計見直し、補強工事を行った」と委員会で説明したというが、ベトナム紙は「3ヵ月で本当にやったのか。それなら、なぜ崩れた」と辛らつだ。仮設工の安全率を割り出すため通常は行う載荷試験を(手抜きで)していなかったことが崩落につながった、と日本側に対する不信感も打ち出している。
カントー橋北半部分の構造概略図。赤く塗った橋桁が落下した。完成時には左側の主塔からワイヤーで橋桁を支える斜長橋の構造になっている。(作図:黒井孝明)
このプロジェクトは、もともとは1997年に始まるアジア通貨危機救済の政府援助として、東南アジア各国に提供された21件の特別円借款事業の1つだった。01年3月末に国際協力銀行(旧海外経済協力基金と旧日本輸出入銀行の統合による新銀行)とベトナム政府との間で248億4,700万円の借款契約が成立した。10年据え置き後の40年償還、金利0.95%という借り方に絶対有利な条件に対し、事業に参加できるのは日本企業に限るという「日本独占」(タイド)事業でもあった。
ベトナム政府の事故調査委は当初1ヵ月での結論を予定していたが、今月に入って無期延期された。設計のほか施工、監理面に問題がなかったか調査を続けている。 落下した橋桁は巨大すぎて除去するのも困難なため、コンクリート塊を破砕する4台の切断機を導入し、これから処理に取り掛かる。原因究明の結果にもかかわるが、工事再開のメドはまったく立っていない。
TKN共同事業体とコンサルタント会社(日本工営、長大)は、当面の補償金として90億ドン(6,300万円)を被災者救済や孤児の養育費などとして支払う。日本政府は「直接の関係はないので、政府が補償する関係は直ちには出てこない」(2日、木村外務副大臣)という。 国会での質問に促される形で、ODAを担当する外務省が内部に「カントー橋崩落事故再発防止検討会議」を設けたのは、やっと11月12日のことだ。
一方、コンサル企業を監督する立場の経産省は先月15日付で「ODA事業にかかる保安体制の強化について」という通達を海外コンサルティング企業協会に出した。同協会もこれを受け19日付で「海外事業現場の安全管理徹底強化について」という文書を加盟企業に出したが、いずれも「現場の安全管理の不徹底」を事故原因と想定している。ベトナム現地での設計段階から始まる「全日本不信」にはまったく気付いていない形だ。
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(黒井孝明)
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