ペマ・ギャルポ氏が語るチベット族の哀しみ 挑発に怨念噴出
03/21 22:38更新
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中国のチベット族居住地域で騒乱が続発している。チベット自治区の区都ラサだけでなく、四川省など近隣の各省に住むチベット族も中国当局とぶつかっている。チベット族は今、なぜ、このような行動に出ているのか。チベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世のアジア・太平洋地区担当初代代表を務めたペマ・ギャルポ桐蔭横浜大学法学部教授は21日、産経新聞に対し、中国共産党の支配下に入ったあとのチベット族の悲惨な境遇を振り返りながら、今回の騒乱に至る経緯などを、説明した。
■チベット族釈放要求
今回の騒乱は3月10日から始まった。1959年、ダライ・ラマがインドに亡命することになったチベット決起(動乱)からちょうど49年にあたるこの日、ラサでは、僧侶たちが平和的にデモを行った。それが、死者99人(チベット亡命政府発表)を生む騒乱に拡大した。
中国の温家宝首相は、ダライ集団が背後で糸を引いた「計画的」な騒乱と主張している。だが、報道された映像をみると、僧侶は素手で店を壊したり、石を投げたりしていた。計画的であれば何らかの武器を持っているはずだ。むしろ当局側の挑発行為があり、民衆が興奮したのが事実だろう。
3月10日のデモは毎年、中国国内のチベット族、海外のチベット人亡命者で行われている。だが、今年はこれまでのデモと違う点が3つあった。
昨年10月、ダライ・ラマは米議会から「議会名誉黄金章」を受章した。チベットでは祝賀会が全土で行われたが、この際、多くのチベット族が当局に逮捕された。今回のデモは拘束されているチベット族の釈放を求めることが目的のひとつだった。
■五輪を政治利用
今年開催される北京五輪のため、中国政府がチベットを「政治利用」していることに対する抗議の意味も強い。聖火リレーがチョモランマ(英語名エベレスト)を通過するのは、チベットが中国の一部であることを誇示するためだ。チベット人にとっては、それぞれの山に神がいる。山に登られること自体、抵抗がある。五輪のマスコットに使われているのは、チベットの動物であるパンダとチベット・カモシカだ。チベットにおける植民地支配を正当化するために、オリンピックを政治の道具にしている。
ラサまで伸びる青蔵鉄道の開通により、チベットへの「経済的侵略」が明確になってきたことに対する反発もある。鉄道開通によりコレクターらが文化財である寺院の骨董品や床の石などを買いあさっていく。だから、中国人の店が抗議対象になった。
チベットは希少金属などの鉱物資源も豊富だ。鉱物資源は青蔵鉄道で運ばれているともいわれている。鉄道は軍事的な目的も大きい。中国はソ連解体時、ミサイルを列車に乗せる技術を入手したといわれている。
中国政府は五輪開催が近づいてから問題が起きるより、3月10日のタイミングを使って、捕まえるべき人を捕まえようとしたのではないか。そのために、平和的なデモに対して挑発的な行為に出て、騒乱を引き起こしたと考える。
中国政府は暴動のシーンを発信することで、「仕方なく騒乱に対処するのだ」との印象を世界に与えようとしたのだろう。だがチベットには観光客がいた。IT(情報技術)も発達していた。中国が伝えようとしたことと異なる事実が世界に流れた。
■幼少時に雰囲気一転
私は53年6月、現在の四川省の甘孜(ガンズ)チベット自治州で生まれた。
父はもともとは藩主ということもあって、51年に北京政府と結んだ条約に基づいて、県長にもなった。中国側は私のことを「藩主の子」と呼んでかわいがってくれた。家に毛沢東、劉少奇、ダライ・ラマ、パンチェン・ラマの4人の写真が掲げられていたのを覚えている。人民解放軍の兵士たちも一生懸命、人を助けたり、私もあめ玉をもらったことがある。
ところが、それがある日、がらりと雰囲気が変わる。子供でも、毛沢東の写真に、傷を付けたりして喜ぶようになった。
私の村では水道がないので、水を川からくんでくるのが女の子の日課になっていたが、中国軍に届け、乱暴されたことが何回かあって、それがきっかけで摩擦が起きた。そこで村民が立ち上がった。
それは1957年ごろだったと思う。逃げながらラサまで行った。何度か追っ手の中国軍と戦い、村を出た当初は200人の大きな団体だったが、インドにたどりついたときは20人ぐらいになっていた。後から聞いたら、残ったおばあさん2人と兄2人は、餓死したり、射殺されたらしい。
人々の話では、一番辛かったのは、人民裁判で、奥さんが旦那(だんな)さんを、子供が親を告発したりしたことだという。人民裁判では、殴ったりしなければならなかった。
僕の父には、妻が2人いた。つまり私には母が2人いた。年下の母は共産党に非協力的で、騒乱を起こしたうちの1人だ。
その下の母には、そっくりのいとこがいて、(中国軍は)その人を殺して見せしめにした。下の母を捕まえ、処刑したように見せかけたらしい。
先代のパンチェン・ラマが亡くなる3カ月前に東京の中国大使館で会った。そのとき、一番辛かったのは刑務所で人としゃべれなかったことだと言った。彼は19年間独房に入れられていた。僕たちと会ったときも言葉がたどたどしかった。
チベット全土では、家族が全員そろっている人はいないと思う。必ず、誰かが犠牲になっている。
■住職と檀家の関係
中国はあれだけ広いのに、北京の時間で国を統一している。チベットと中国は、2時間半から3時間の時差がある。しかし、北京の時間がチベットに適用されているので、チベットではまだ明るいのに、夕食を食べなくてはいけない。朝は真っ暗なのに、朝食を食べなくてはいけない。これが現実で、いかに北京中心の価値観が押しつけられているかということだ。
チベットの面積は中国全体の940万平方キロメートルのうち、230万平方キロメートル。チベット人居住地域にはチベット自治区とかチベット自治州とか、地図をみると、「自治」という言葉がついている。
チベットは2100年以上の歴史を持つが、チベット人が一番誇りに思っているのは、吐蕃王朝(7世紀初めから9世紀中ごろ)の時代だ。チベットが中国にかいらい政権をつくっていたこともあった。
中国とチベットはお互いに、仲良く過ごした時代もある。最も仲が良かったのは元の時代である。それから明、清の時代と続くが、この時代はたとえば、ナポレオンが皇帝になっても、ローマ法王の認知と後押しがなければ国民に対して、正当性をもてないように、中国の歴代皇帝とダライ・ラマもそんな関係に似ていた。檀家(だんか)とお寺の住職(チベット)の関係だった。
檀家が偉いか、住職が偉いかは時代によって違うが、チベット側からすれば、自分たちの方が聖職で偉いと思っていた。こうした関係は1900年代まで続いた。
1930年代、チベットには中国の支配が及んでいなかった。49年に中華人民共和国が成立すると、朝鮮戦争のどさくさにまぎれ、人民解放軍が、チベットに入ってきた。
■決断下せぬ中国
中国政府は今回のチベット騒乱を押さえ込んで正常に戻ったと言っているが、実際にしているのは、戦車を町に巡回させ、公安当局が疑わしい人物を捕まえることだ。これが世界中に知られれば波紋を呼び、問題となるだろう。チベット族の運動の火山帯は活発であり、今後、どういうきっかけで何が起こるかは予想がつかない。そうならないためにも、中国政府は1日も早くダライ・ラマと真剣に対話すべきだ。
ダライ・ラマが重視する対話などの穏健路線に対し、チベット側にも不満を持っている人がいるのは事実だ。しかし、最終的にはダライ・ラマに逆らうわけにはいかない。ダライ・ラマの権威は、いまだに健在といえる。
中国政府はダライ・ラマの悪口を言っているが、もしダライ・ラマに何かがあれば、中国政府は交渉相手がいなくなるということを真剣に考えるべきだ。ダライ・ラマの下で問題を解決できれば、後遺症を残さないソフトランディングが可能だ。
ただ、中国側との話し合いがうまくいっていないのは、中国指導部の中に完全に強い人がいないためだ。これまでの話し合いの中で、かなり具体的な話はできているが、それを実行するには決断が必要だ。その決断ができないから、話し合いを引き延ばしたりするのではないか。
もしかすると、中国指導部は現場の状況を把握していないのかもしれない。胡錦濤総書記(国家主席)は昨年秋の中国共産党大会で2期目を迎えたが、彼が力を持てば、チベット情勢は変わるかもしれない。
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