VOICES コラム&ブログ
COLUMN コラム

挫折した反安保法案デモの「アカシアの雨」

2015年07月16日(木)18時57分

 安保法案が衆議院本会議を通過した。あとは参議院でも「60日ルール」で成立は確実だ。野党はプラカードを掲げたり国会デモをかけたりして騒いだが、その規模は延べ100万人以上が国会を包囲した60年安保とは比較にならない。

 60年のときも野党は「日米の軍事同盟で戦争に巻き込まれる」と主張した。PKO法(国連平和活動維持法)のときも、湾岸戦争のときも「巻き込まれる」という話だったが、それから一度も日本は戦争に巻き込まれていない。それは平和憲法のおかげではなく、日米安保条約とアメリカの核の傘によってアジアの軍事的均衡が保たれたからだ。

 このように「アメリカの戦争に巻き込まれる」ことを警戒する冷戦時代の発想で戦争を考えてきたのが、日本の野党とマスコミの特徴だ。たとえば中東を見れば明らかなように、現代の戦争はそういう主権国家や軍事同盟と無関係な「イスラム国」のようなゲリラの戦争であり、どういう形で日本が攻撃されるかは予想がつかない。

 アジアでも中国は南シナ海で着々と軍事拠点を構築し、北朝鮮はミサイルの発射台を数百基もっている。北朝鮮の政権は不安定化しており、何が起こっても不思議ではない。それなのに「海外派兵すると自衛隊員に身の危険がある」とか「徴兵制が復活する」とかいう心配をしている野党は、村山政権より前の社会党に退行しているのではないか。

 野党が「憲法違反だ」と騒いだ集団的自衛権も、法案には書かれていない。これは日米防衛協力の指針(ガイドライン)が改正されるのにともなって日米共同作戦が取れるようにするもので、こうした法整備をしておかないと朝鮮半島などで紛争が起こった場合、自衛隊がどう対応するかが決まっていないので、震災のときの民主党政権のような大混乱になる。

 安倍政権の手際も悪かった。特に昨年の閣議決定で決着した憲法問題を憲法調査会に自民党推薦の参考人として出てきた長谷部恭男氏が再燃させたのは、予想外のハプニングだった。しかし彼も、自衛隊は合憲論者である。自衛隊が合憲なのに、その海外派兵が違憲だというのは憲法のどこにも書いてない彼独自の解釈で、それほど騒ぐ問題ではない。

 今回の法案が成立しても、日本の安全保障に実質的な変化はない。それぐらい「腰の引けた」法案だったが、野党やマスコミが過剰に騒いだのは、他に争点がないからだろう。それに踊らされてデモをやった人々は、これで60年安保のあとのように「挫折」し、大人になってゆくのだろう。あのときはやった歌が、西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」だった。


アカシアの雨にうたれて このまま死んでしまいたい 夜が明ける 日がのぼる 朝の光のその中で  冷たくなったわたしを見つけて あの人は涙を流してくれるでしょうか


 反安保法案デモは、60年安保とは比較にならない小さな出来事として忘れられるだろう。左翼は単に戦術的に失敗したのではなく、彼らの掲げた「巻き込まれ」とか「非武装中立」という争点が間違っていたのだ。60年安保の挫折後にそれを理解したのは、丸山眞男など数少ない知識人だけだったが、今回はもう参加者の中に知識人と呼べる人もいない。

最新ニュース

ビジネス

ドル指数が7週間ぶり高値、年内の米利上げ観測強まる=NY市場

2015.07.17

ビジネス

米国株式市場は反発、ナスダック最高値 ネットフリックスが急騰

2015.07.17

ビジネス

米新規失業保険申請が4週間ぶりマイナス、28.1万件に

2015.07.17

ビジネス

ギリシャ20日から付加価値税変更、合意主要公約達成へ=財務省

2015.07.17

新着

古典

ISが標的にするイタリアの古典、ダンテ『神曲』のムハンマド冒涜が凄い

作品中でムハンマドを地獄に落としたことが許せないと、ダンテの墓がテロの標的に 

2015.07.16
中国

ダライ・ラマ亡き後のチベットを待つ混乱 

国際社会で絶大な存在感を放つ14世にいずれ訪れるXデー ―― 中国が「偽」ダライ・ラマを擁立すれば暴力闘争は必至に [2015.7.21号掲載]

2015.07.16
BOOKS

名作『アラバマ物語』のファンをがっかりさせる55年ぶりの新作

ハーパー・リーの新作小説は今も変わらぬ人種差別意識を浮き彫りに 

2015.07.16
ページトップへ

Recommended

MAGAZINE

特集:チャイナ・リスク

2015-7・21号(7/14発売)

政府介入を招いた中国株騒動に隠された
中国社会と政治の長期的な不安

  • 最新号の目次
  • 予約購読お申し込み
  • デジタル版

ニューストピックス

COLUMNIST PROFILE

池田信夫

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム&ブログ
  • 最新ニュース
  1. 1

    TPPが医療費高騰を招く?

    米製薬業界の圧力で安価なジェネリック医薬品の利…

  2. 2

    「脳を食べるアメーバ」北上中?

    あの奇病アメーバが帰ってきた。しかも、生息域で…

  3. 3

    座りっ放し勤務が寿命を縮める

    長時間座るのは喫煙やジャンクフード並みのリスク…

  4. 4

    「ブサイク」は救いようがない、と経済学者は言う(たぶん愛をもって)

    醜さのデメリットを延々と述べる『美貌格差』は、…

  5. 5

    エアコンの電気代を約30%削減できる斬新発想のデバイス

    室外機をミストで冷やせば、簡単に節約でき冷却効…

  6. 6

    冷酷ドイツが自己批判「戦後70年の努力が台無しだ」

    瀕死のギリシャに一段と厳しい要求を突き付けた債…

  7. 7

    サウジの王子、全財産4兆円を寄付のからくり

    過去数百ドルを募金してきた中東の王子様が、全財…

  8. 8

    『ルック・オブ・サイレンス』が迫る虐殺のメカニズム

    虐殺の加害者と被害者の直接対話を通じて、インド…

  9. 9

    トマトジュースが機内で人気の理由

    カギは「うま味」にあるのか、それとも身体機能の…

  10. 10

    仕事に集中できない97%のネットユーザーのための「監禁」デバイス

    仕事中にフェイスブックやツイッターで遊んでしま…

  1. 1

    ハーバード入試でアジア系は本当に「差別」されているのか?

    アジア系の約60の人権団体は、ハーバード大学…

  2. 2

    中国株暴落は共産党独裁の終わりの始まりか

    上昇傾向が続いていた上海総合株価指数は特に今年の…

  3. 3

    「霞ヶ関文学」で書かれたSF小説「骨太の方針」

    国会が安保法案で過熱する中で、ほとんど注目さ…

  4. 4

    「新安保法制」の問題点とは何か

    自民党と公明党の「与党合意」によって安保法制…

  5. 5

    東芝の不正会計、ガバナンスの何が問題なのか?

    会社の経営者の評価は業績で決まります。特に利…

  6. 6

    嫌韓デモの現場で見た日本の底力

    今週のコラムニスト:レジス・アルノー 〔7月…

  7. 7

    中国の「反日暴動」がアメリカでほとんど報道されない理由とは?

    先週末から今週はじめにかけて、中国の各地では…

  8. 8

    文科省が打ち出した「文系大学はもういらない」の衝撃

    今年も憂鬱な就活の季節がやってきた。会社訪問…

  9. 9

    警官を見たら殺し屋と思え? アブなすぎるアメリカの実態

    「見た? アメリカの警察の、あのひどい映像。相手…

  10. 10

    新幹線放火事件、防犯カメラは効果が期待できるか?

    新幹線の放火事件はショッキングでした。事件直…

  1. 1

    バリ島など5空港閉鎖、インドネシア・ラウン山の噴火続く

    インドネシア当局は10日、ジャワ島東部のラウ…

  2. 2

    米陸軍、兵士4万人削減へ 予算カットで

    米陸軍は9日、予算削減に対応するために、20…

  3. 3

    米国、日本にオスプレイ5機を410億円で売却へ 輸出は初めて

    米国防総省は14日、新型輸送機V─22オスプ…

  4. 4

    インタビュー:自衛隊の潜水艦に豪州製部品を=ゼノフォン豪上院議員

    次期潜水艦を日本で造ることに異議を唱えるオー…

  5. 5

    中国株ファンドに過去最大の資金流入、8日週に130億ドル=調査

    8日までの1週間で世界中の中国株ファンドに過…

  6. 6

    TPP交渉、米国がカナダ抜きでの妥結も検討=関係筋

    環太平洋連携協定(TPP)交渉の早期妥結を目…

  7. 7

    EU・IMF専門家、ギリシャ支援要請案に前向きな評価=関係筋

    関係筋によると、欧州委員会、欧州中央銀行(E…

  8. 8

    ギリシャめぐり11日に大きな決断下す可能性=ユーログループ議長

    ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)のデイセ…

  9. 9

    ギリシャ議会、改革案を賛成多数で承認

    ギリシャ議会は11日未明、チプラス政権が新た…

  10. 10

    安保法案を衆院特別委で可決、支持率低下で安倍政権は難局

    衆院平和安全法制特別委員会は15日、集団的自…