フェデラーは確実に勢いづいていた。最も輝かしい年となった2004年、出場した全74試合で負けたのはたった6試合。トーナメント戦では17戦11勝、うちグランドスラムでは3勝を挙げた。フェデラーが世界ランキング1位の座を手にしたのは疑いようのない事実だった。
快進撃はその後も続く。その後2年間で出場した試合の95%は勝利を収め、世界にその名をとどろかせた。同じ期間で勝ち星がフェデラーより多かったのは、1984年のジョン・マッケンロー(米国)だけだ。
フェデラーはその後、動きや体の作り方に目を向けるようになる。フェデラーはプロテニス選手としては初めて、理学療法士のパーソナルトレーナーを雇った。このトレーナーはいま、フェデラーに付いて世界中を回っている。
レコード・ルーレット グランドスラム20勝
ATPワールドツアーファイナル6勝
メジャー53冠(グランドスラム、全ツアーファイナル、マスターズ、五輪)
ハードコート66勝
グラスコート17勝
ハードコートのグランドスラム11勝
グラスコートのグランドスラム8勝
ハードコートのメジャー38冠(グランドスラム、全ツアーファイナル、マスターズ、五輪)
グラスコートのメジャー8冠(グランドスラム、全ツアーファイナル、マスターズ、五輪)
ATP250大会で7冠(ハレ)
グランドスラム決勝に30回出場
ツアーファイナルに10回出場
マスターズファイナルに46回出場
メジャー決勝に87回出場(グランドスラム、全ツアーファイナル、マスターズ、五輪)
ハードコート決勝に90回出場
グラスコート決勝に23回出場
屋外コートの決勝に109回出場
ハードコートのグランドスラム決勝に14回出場
グラスコートのグランドスラム決勝に11回出場
ハードコートのマスターズ決勝に30回出場
ハードコートのメジャー決勝に53回出場(グランドスラム、全ツアーファイナル、マスターズ、五輪)
グラスコートのメジャー決勝に12回出場(グランドスラム、全ツアーファイナル、マスターズ、五輪)
シングルス決勝(バーゼル)に13回出場
シングルス決勝(ウィンブルドン)に11回出場
ATP250の決勝に9回出場(ハレ)
グランドスラム準決勝に43回出場
ATPワールドツアーファイナル準決勝に14回出場
五輪準決勝に2回出場
主要大会準決勝に119回出場(グランドスラム、全ツアーファイナル、マスターズ、五輪)
ハードコート準決勝に125回出場
グラスコート準決勝に28回出場
室外準決勝に143回出場
シングルス準決勝(バーゼル・ツアーファイナル)に14回出場
グランドスラム準々決勝に52回出場
ATPワールドツアーファイナル準々決勝に14回出場
五輪準々決勝に3回出場
メジャー準々決勝に147回出場(グランドスラム、全ツアーファイナル、マスターズ、五輪)
ハードコート準々決勝に148回出場
グラスコート準々決勝に34回出場
室外準々決勝に171回出場
四大大会に72回出場
ATPワールドツアーファイナルに15回出場
マスターズ選手権に127回出場
五輪に4回出場
メジャー218回出場(グランドスラム、全ツアーファイナル、マスターズ、五輪)
ATP250で13連勝
ハードコートで9連勝
グラスコートで10連勝
シングルス決勝(ウィンブルドン)5連覇
10回連続グランドスラム決勝出場
マイナー決勝に16回連続出場(ATP500、ATP250)
グラスコート決勝に13回連続出場
室外決勝に15回連続出場
シングルス決勝(バーゼル)に11回連続出場
ATP500のシングルス決勝に8回連続出場(バーゼル)
ATP250のシングルス決勝に9回連続出場(ハレ)
グランドスラム準決勝に23回連続出場
マイナーの準決勝に18回連続出場(ATP500、ATP250)
グラスコート準決勝に13回連続出場
シングルス準決勝に13回連続出場(ハレ)
ATP500のシングルス準決勝に8回連続出場(バーゼル)
ATP250の男子シングルス準決勝に10回連続出場(ハレ)
準々決勝に29回連続出場
グランドスラム準々決勝に36回連続出場
五輪準々決勝に2回連続出場
グラスコート準々決勝に19回連続出場
シングルス準々決勝に15回連続出場(ハレ)
ATP250のシングルス準々決勝に12回連続出場(ハレ)
ツアーファイナルの最年長優勝記録(30歳3カ月12日)
最年長五輪ファイナリスト(30歳11カ月17日)
四大大会制覇の最長記録(14年7カ月17日)
ツアーファイナル制覇の最長記録(8年10日)
マスターズ制覇の最長記録(15年4カ月26日)
ツアー1勝以上で終えたシーズン:15年連続
マスターズ1勝以上で終えたシーズン:14年連続
ハードコートで1セットも落とさずに勝った大会:14
グラスコートで1セットも落とさずに勝った大会:4
グランドスラムの出場試合数:384
ATPワールドツアーファイナルの出場試合数:68
マスターズ出場試合数:449
五輪出場試合数:18
ハードコート出場試合数:849
室外出場試合数:1077
グランドスラム332勝
ATPワールドツアーファイナル55勝
マスターズ350勝
五輪13勝
ハードコート710勝
室外890勝
トップ5に101勝
トップ10に213勝
ハードコート年間59勝
グラスコートの勝率87%
ハードコートの年間勝率98%
グラスコートの年間勝率100%
室外の年間勝率95.7%
室内の年間勝率100%
ATP250で68連勝
ハードコートで56連勝
グラスコートで65連勝
トップ10に24連勝
世界ランク1位通算302週
世界ランク2位通算492週
世界ランク3位通算656週
世界ランク4位通算725週
世界ランクトップ10入り通算797週
世界ランク1位連続237週
世界ランク2位連続346週
世界ランクトップ10入り連続734週
世界ランクトップ20入り連続876週
世界ランク2位で終えたシーズン:11
世界ランク3位で終えたシーズン:13
世界ランク2位で終えたシーズン:連続8年
室外73冠
記録をもっと見る リスペクトとフェアプレー フェデラーはその後も次々と記録を塗り替える。コメンテーターたちはその功績をこぞって誉めたたえ、フェデラーを「テニス界の王者」と呼ぶようになった。しかし、コートに立つ当の本人はあくまでも謙虚で居続けた。インタビューでは自分を批判する姿勢を崩さず、己の弱点をきちんと見つめ、それを克服しようと努めた。その姿勢はコート上でも同じで、彼のフェアプレーを誰もがたたえた。当時、フェデラーはよくこの言葉を口にしていた。「Play with respect. Win with grace.(敬意を持ってプレーし、品位を持って勝利する)」
男子プロテニス協会(ATP)がテニスファンを対象に行った昨年のアンケートでは、世界で最も好きなテニス選手ランキング1位にフェデラーが15年連続で選ばれた。また、テニス選手が選ぶ「最もスポーツマンシップにあふれる選手」ランキングの1位にも、フェデラーの名が挙がった。
出典: AELTC, The Championships, Wimbledon Jahr, アニメーション:SRF
フェデラーの最大の武器の一つがサーブだ。フェデラー、ナダル、ノヴァク・ジョコビッチ(セルビア)、アンディ・マレー(英国)の「ビッグ4」と呼ばれる4選手のうち、フェデラーは飛び抜けてサーブが安定している。10のサービスゲームのうち、7ゲーム以上をものにしている。しかも10本に1本のサーブがサービスエースだ。
サービスゲームの取得率(%)
フェデラー , ナダル , ジョコ , マレー
2004 2010 2017 55% 60% 65% 70% フェデラーのサーブが特異な理由はスピードではなく、バラエティの豊富さにある。コースなどを巧みに使い分けるその技術によって、対戦相手の的を絞らせない。彼の名テニスプレーヤーとしての真髄はここにある。長いテニスの歴史の中で1万本のサービスエースを決めた選手は世界で3人しかいないが、フェデラーはその一人だ。
最大のライバル 2004~08年、フェデラーはあらゆるゲームで勝利をものにしたが、唯一負けた試合のほとんどは最大のライバル、ナダルとの対戦だった。2005年、ナダルはフェデラーの世界ランキング1位の座をすでに脅かし始めていた。それからおよそ160週間、つまり3年以上にわたり、ナダルはフェデラーのすぐ後ろにぴったりと付けていた。
世界ランク1位
各選手が 世界ランクを 保持した期間
1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 マレー ジョコ ナダル フェデラー アガシ サンプラス エドバーグ レンドル マッケンロー ボルグ コナーズ フェデラーは 4年半にわたり、 最も長く 世界ランク1位を キープした 1 フェデラーは 4年半にわたり、 最も長く 世界ランク1位を キープした
二人は男子テニスのトップの座を独占した。フェデラーが全豪で4回、全米で5回、ウィンブルドンで5回優勝する一方、ナダルは全仏を4連覇し、クレーコートで無敵の強さを見せる。この期間中、二人は16回対戦。そのうち13回は決勝戦だった。
ラファエル ナダルとの直接対決
○は クレーコート , グラスコート と ハードコート
2004 2010 2017 フェデラーが ナダルに負けた 試合の大半は クレーコート。 ナダルが トップスピンショットの 威力を 最大限発揮できる 場所だ ウィンブルドン選手権の 決勝。5時間に 及ぶフルセット (最終セットは12-10)の 死闘の末、 ナダルがフェデラーに 歴史的な勝利を収めた 5敗してから、 フェデラーは ナダル攻略の 手がかりを得たのか、 それ以降は 負けなくなった 1 フェデラーが ナダルに負けた 試合の大半は クレーコート。 ナダルが トップスピンショットの 威力を 最大限発揮できる 場所だ
2 ウィンブルドン選手権の 決勝。5時間に 及ぶフルセット (最終セットは12-10)の 死闘の末、 ナダルがフェデラーに 歴史的な勝利を収めた
3 5敗してから、 フェデラーは ナダル攻略の 手がかりを得たのか、 それ以降は 負けなくなった
ナダルほどフェデラーを打ち負かした選手はいない。とりわけクレーコートでは、ナダルの左から繰り出される強烈なショットがフェデラーを苦しめた。
ナダルは本来右利きだが、ナダルの叔父でコーチのトニ・ナダルが左利きの選手に育て上げた。結果的にそれが功を奏した。ベースラインから繰り出されるナダルの飛び抜けたスピードと強烈なトップスピンのショット。フェデラーはバックハンドで返すしかなかった。これが最大の敗因だった。
最もつらい敗北 フェデラーはスピードが出るコートを好んだ。とりわけ得意とするのがグラスコートだ。グラスコートのウィンブルドンで2008年、ナダルと対戦したとき、連続で40ゲームを勝ち取った。フェデラーは自信を強め、声援はフェデラー一色だった。スタンドは世界のセレブで埋め尽くされ、スペインのフェリペ国王とレティシア王妃の姿もあった。ただ、試合を有利に運んだのは、フェデラーではなくナダルだった。ナダルが2セットを先取すると、観客席は驚きに包まれた。
フェデラーはそこで奮起した。第3セットを5―4のリードで迎えた時、雨で試合は中断。その後コートに戻ったフェデラーは人が変わったように試合の主導権を握る。第3、第4セットを立て続けに制し、その後再び中断をはさんで第5セットに入った。日はすでに傾き始めていた。
« 彼にとっては最もつらい敗北だった»
ベルンハルト・シェア この試合は果たして終わりを迎えるのか、そんな疑問すら浮かぶ死闘だった。だが2人のプレーはそれを凌駕していた。観客席にいた誰もが、試合の行く末を固唾を呑んで見守っていた。フェデラーは視界の暗さに四苦八苦していたが、試合は続いた。4時間48分の激闘の末、最終セットを9-7でもぎ取ったのはナダルだった。勝利の魔法はもろくも破れた。フェデラーはグラスコートで再び涙をのんだ。
2009年の全仏オープンで念願の優勝を手にした瞬間のフェデラー Keystone 当時、フェデラーがまだ手にしていないトロフィーが一つだけあった。クレーコートの全仏オープンだ。フェデラーは全仏で3度決勝に進出しているが、いずれも敗れている。フェデラーの前に立ちはだかったのはいずれもナダルだった。
この経験はフェデラーを苦しめた。クレーコートではいまだ世界2位の選手だった。ナダルさえいなければ、フェデラーはとっくに全仏のトロフィーを手にしていただろう。その瞬間まで、まだじっと待たなければならなかった。
2009年、チャンスは訪れた。全仏で負け知らず、さらには過去5年無敗を誇ったナダルが準々決勝進出をかけた第4試合で第25シードの格下、ロビン・セーデリング(スウェーデン)に敗れる波乱が起きたからだ。
フェデラーはこのチャンスを見逃さなかった。決勝で当たったセーデリングを圧倒しストレート勝ち。長年夢見た全仏オープンのトロフィーを、ようやく手に入れた瞬間だった。