本田由紀のXでの引用リポストが取り上げられ、批判された。建設的な議論のためには相手の言うことを最大限好意的に解釈して議論する必要があると思うので、その言説を最大限好意的に、一貫性をもった形で解釈してみたい。
本田由紀のポストは、以下のポストをまず引用している。引用したものには三笠宮彬子と他の近しい皇族の写真が複数枚添付されている。
りょう @budoudaiji
「三笠宮彬子の皇族費倍増2135万円 皇室典範改正でちゃっかり男性皇族と同額に」
ひょっとして…
今これがニュースになるって事は…
今回の天皇家乗っ取り改正案を通す時に、ついでに「さもしい麻生」の身内の、「さもしい彬子」の皇族費を2倍にしたのを知らない人がいるって事ですかね?
ここで彬子さまの皇族費倍増を批判する文脈で使われている「さもしい麻生」の身内の「さもしい彬子」という表現だが、これは麻生太郎氏が皇室典範改正の議論に強い影響力を持つ政治家であり、その姪の彬子さまの皇族費が同じ改正のタイミングで倍増した、という点を指して「身内が身内を利する」というネポティズム(縁故主義)批判として読むことができる。つまりこのポスト単体を見る限り、血統そのものを問題にしているというより、「身内の政治力によって身内が経済的利益を得た(ように見える)」という、制度・権力の話として読むことができる。
本田由紀 @hahaguma
この二つの文はそれぞれ何を言っているのか分かりにくい。「露出」という語が外見・可視性に関わる語であることを踏まえると、前半の「遺伝的要因のおそろしさ」もまた、外見の話として接続していると読むのが無理がない。
彬子さまと麻生氏は顔立ちが似ている。血縁関係にある者同士の顔が似ているというのは、ごく平凡な生物学的事実である。本田氏はこの類似性を見て、彬子さまと麻生家の血縁的な近さ、ひいてはりょう氏が示唆したような政治的な結びつき(ネポティズム、さらには長期的な皇室への影響力拡大への懸念)が、メディア露出の増加によって図らずも一般に可視化されてしまうかもしれない、と考えた。そう読めば「露出の増加が逆効果になるかもしれない」という文は、「彬子さまや麻生家にとって、露出が増えるほど、この血縁的な近さが人目についてしまい、政治的にまずいことになるかもしれない」という意味として、一貫した文として成立する。
また「おそろしさ」という語は、彬子さまや麻生家という対象そのものへの嫌悪を意味するというより、「隠そうとしても隠しきれない、親族間の外見の類似を生み出す遺伝の力学そのもの」への感嘆・畏怖として使われている可能性がある。「親子そっくりで遺伝はおそろしいね」「血は争えない」といった言い回しは日本語では珍しくなく、多くの場合、対象への否定的評価というより、遺伝という現象自体の強さ・逃れられなさに対する驚きを表す表現として使われる。
以上をまとめると、りょう氏の元投稿は血統そのものへの言及というよりネポティズム批判として読め、その引用に対する本田氏のポストも、「隠しようのない親族間の外見の類似が、露出の増加によって図らずも可視化され、りょう氏が示唆したような政治的な結びつきへの疑いを招きかねない」という趣旨の、一貫した文として読むことができる。「遺伝的要因のおそろしさ」という表現も、対象そのものへの嫌悪というより、「血は争えない」に類する、遺伝という現象の逃れがたい力への感嘆として理解可能であり、その意味で本田氏のポストは、字面だけを見て一部で言われたような「優生学的な差別言説」と断じるほどのものではなく、一貫した論理を持つ発言として成立しうると考えられる。
最後に、前提を一つ明確にしておきたい。りょう氏自身については他者の問題を「先天的」なものとして繰り返し語る傾向が一連のポストや過去の投稿の傾向を見る限りあり、優生主義的とも言える思想をおそらく持っているのだろうと思われる。しかし、本田氏がその思想そのものに賛同している、あるいはりょう氏の人物像や過去の言動全体を支持した上でこのポストをしたとまでは、少なくともこの一つの引用ポストからは言えない。ここまで述べてきた「最大限好意的な読み」が成立するとすれば、それはあくまで本田氏がりょう氏という人物の思想傾向を踏まえた上での発言ではなく、目の前に流れてきた個別のリポストの文面と添付画像のみに反応した、という前提のもとでの話である。もしりょう氏の投稿パターンまで踏まえて発言していたのだとすれば、この一貫した読みはやや説得力を失い、蒲生氏らが指摘するような、より問題含みの読みの方が妥当になってくるだろう。