女性の視点を広告に入れる
広告代理店をふりだしに、広告プロダクションの代表を経てフリーになるまで、数えきれないほどたくさんの広告アイデアをひねりだしてきた。
フェミニズムに目覚めてからは広告アイデアに女性主義の視点を反映しようとがんばってきた。しかし、自分をプロとして育ててくれた広告業界が「ソフトに女を殺す道具」として強力に作用していたという事実を消化するのはラクではなかった。
とりあえずアイデアを出すときは、お母さんはごはんを作る、お父さんは外で仕事をしてお金を稼ぐ、みたいな固定的な性別役割分業をひっくり返したり、女の敵は女、女はお荷物、女はおバカといった決まりきった女性嫌悪の設定を排除した。女性を性的な対象とするアイデアを出すことが習慣のようになっていたが、それも封印した。
会議の場では性差別的だったり女性嫌悪的だったりの広告例を挙げ、何が問題かを訴えた。いまどきこんなことをしていたら大変なことになる。商売ができなくなるよと。そう言いつつ、それとなく自分のアイデアを売り込む。だがリアクションはだいたいこう。「それじゃ広告的なおもしろさがなくなりそうですけど?」「スポンサーがあまりいい顔しないと思います」女性主義的なCMを1本テレビで流すための私の努力は、毎回虚しく終わるのだった。
そんななか、広告代理店D企画の制作チームから、化粧品CMコンペのプロジェクトを手伝ってほしいとの連絡が入った。コンペプロジェクトの主人公であるI化粧品は、高品質だが認知度と好感度がそれに届いていない状況。路面店のコスメショップでは中小ブランドの競争がますます熾烈になっており、I化粧品には対策が必要だった。
うちの化粧品は品質がいい、使ってもらえればわかる、みたいなのんびりしたアプローチではとても太刀打ちできない。どうしたらあまりコストをかけずにI化粧品のメッセージを届けられるだろう? 実のところプロの広告屋でも解決が難しい課題だった。キックオフ会議のあいだじゅう重苦しい雰囲気が続いた。そのときふと、I化粧品の社長である女性実業家が私と同じコピーライター出身だという話に興味を引かれた。ITブームに乗って広告会社を飛び出し、2000年のはじめに女性のためのコミュニティサイトを作った人物? 芽が出そうな種を1つ見つけた気分だった。
家に帰ってからも、考えれば考えるほどチャンスに思えた。女性主義的な広告で勝負を打つチャンス! 当時のI化粧品の問題点は「存在感、個性の不在」だった。それを解決するために必要なのは、商品の機能を強調した商品単体の広告ではなく、明確な主張を示すブランド広告のような気がした。ブランドのコンセプトは「化学的な有害成分が一切入らない天然化粧品」。そこから抽出されたキーワードは「安全」だ。2016年の韓国女性の現実、女性社長の経歴などを材料に、思考の設計図を作り始めた。
2016年のソニョン
「見てて涙が出ました!」
数日がかりで作った広告素材をプレゼンする席で、パワーポイントの最後のページをめくり終わると、女性デザイナーがそう口にした。化粧品という商品の特性上、担当制作チームのリーダー、企画チームのリーダーのどちらも女性であり、チームメンバーも女性のほうが多かった。
「2000年から2016年。この国は、ソニョンが害されることのない国に、なりましたか?」
本当に伝えたいメッセージはそれだった。このコピーはなんの修正も入らずにコンペの出品案になり、I化粧品社長の拍手を受けてコンペに勝ち、やがて実際にCMになった。CMがテレビに流れるのを見て、再び熱いものがこみあげた。
なぜ2000年のソニョンが2016年に再びよみがえることになったのか? 『82年生まれ、キム・ジヨン』と同じくらい耳になじんだ「ソニョン」という名は、21世紀の始まりとともにソウルの主要な街に貼られていたポスターの主人公である。
「ソニョン、愛してる」はI化粧品の社長が女性コミュニティ開設当時に展開した屋外広告で、韓国最初のバイラルキャンペーンとされている。2016年の江南駅殺人事件以降、韓国でフェミニズムがリブートされたように、女性に新たなネット(世界)が開かれたことを宣言した「ソニョン、愛してる」をリブートすること。そして、女性であるという理由で生存を脅かされている2016年のソニョンの安全を問いかけること。それがスポンサーと消費者みんなの心を射貫くために私が選んだ矢じりであり、奇跡は叶った。とうとう頭の中に描いた設計図そのままの広告が世に出たのだから。
CMが流れると、女性コミュニティを中心に反響が広がった。「感動的」から「ソニョンは愛なんて必要としてない!」まで、リアクションもさまざまだった。「ソニョン、みんなを殺せ」というパロディコピーがトレンド入りしたかと思えば、韓国初の「フェムバタイジング(Femvertising=Feminism+Advertising)」と新聞に紹介もされた。広告が話題になるにつれ、販売数もうなぎ上りだという連絡が入った。女性を性的に対象化したり、コルセットをぎゅうぎゅう締めあげて刺激的な広告にしなくても成功できる事例ができた。これを見た別のスポンサーが女性主義的な広告素材を選ぶ可能性が高まったのだ。大韓民国広告大賞をもらったときより満足だったし感激した。
これが男性の最終決定権者だったら可能だったろうか? いくら私のコピーがすぐれていても、D企画が試案をうまく仕上げてコンペをやり抜いていても、クライアントとの長いつきあいから言って、男性社長ならこの広告案はあっさり蹴っただろうと思う。奇跡につながる神の一手は、最終決定権者が女性だったことだ。江南駅殺人事件を機に可視化された女性嫌悪や、女性の実質的な安全や生存が脅かされているという現実を認識し、共感できたのは女性社長だからこそだった。
私は花じゃない、火花だ
決定権者の性別が広告に与える影響について、もう1つ例を挙げよう。2016年の夏、Hグループの広告を制作するスタート段階に関わっていた。テーマは、前の年から始まっていた企業イメージのPRキャンペーンをどう継続するか。
広告代理店で開かれたアイデア会議に、私はこんな案を持って行った。会議室で誰よりも積極的に質問し、鋭い反論をする女性の映像をハイスピードで見せる。その上にこんなコピーがつく。
「枯れない。しおれない。簡単には折られない。私は花じゃない、火花だ」
このアイデアは当時採択されなかった。スポンサーまで報告も上がらなかったはずだ。なぜか? 依頼してきた広告代理店の制作チームに、女性社員は皆無だった。長くこの仕事をしていると、眉の動きひとつで先方の好き嫌いがわかる。「私は花じゃない、火花だ」というメッセージは男性陣の気持ちを揺さぶることができなかった。
自分としては会心の作だったので、お蔵入りさせるのが悔しくてSNSにアップしたところ、女性たちから爆発的な支持を得た。「私は花じゃない、火花だ」はそのあと自然発生的にさまざまな女性のデモの合言葉として登場し、2018年の初めには淑明女子大学女性学サークルのフェミニズム地下鉄広告にも使われた。勇気党のスローガン「私たちは互いの勇気になる」とともに、韓国のフェミニズム大衆化のページに刻まれる言葉となったのだ。
広告代理店、スポンサーが買いたがらなかったコピーが共感する女性によって救われ、息を吹き返していくプロセスを眺めるのはまったく新しい経験だった。なんと、有名ドラマ作家が超大作ドラマのセリフに採用したほどなのだ。
最近、化粧品の広告が少しずつ変化してきているのがわかる。そばかすがあったりプラスサイズのモデルを起用したりと、自分のルックスを肯定しようという「ボディポジティブ」なメッセージも増えた。主な顧客が女性の商品から、変化はゆっくりと始まっている。だが、より肉付きのいい女性、シワのある女性、賢い女性、筋肉質な女性、権力を持つ女性……いまだに広告でお目にかかれない女性は多い。私たちには、より多様な女性の姿を、メディアを通じて次世代に見せる責任がある。