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『みいちゃんと山田さん』地上波アニメ化に反対する理由

幼稚園から高校までスクールカウンセラーをしているさいさいです。

『みいちゃんと山田さん』を最終巻まで読みました。

私はこの漫画が好きです。
すごく面白かったし、いい漫画だったと思っています。
そのうえで、現時点では地上波でのアニメ化には反対です。

ただ、「こんな作品をアニメにするべきではない」と思っているわけではありません。
むしろ考えていくと、私が気になっているのは作品の表現そのものよりも、「これを広く届けるときに、どう届けるのか」ということなのだと思います。

障害のある人を描くことには、反対していない

まず、私は障害のある人を露悪的に描くこと自体がダメだとは思っていません。表現として面白いのであれば、いろんな人が出てきていいと思っています。

障害のある人だけ、いつも善良で、正しくて、配慮された人物として描かれなければいけないというのも変です。
むしろ、「差別につながるかもしれないから障害のある人は描かない」となったら、それはそれで物語の中からマイノリティを排除することになると思います。

NHKの『おかあさんといっしょ』には、マーキーさんという車椅子のキャラクターが出てきます。車椅子であることを特別なテーマとして扱うのではなく、日常の中に普通に一人のキャラクターとして存在している。

私は、そういうのも多様性だと思っています。
それと同じレベルで、障害のある人だっていろんな物語に登場していい。
みいちゃんも、「正しい知的障害者」として描かれる必要なんてないと思っています。

みいちゃんは、みいちゃんとして描かれればいい。

似た作品なのに、何が違うんだろう

ここで少し考えたのが、『アラサーちゃん』『AV女優ちゃん』『人間仮免中』などの作品です。
『みいちゃんと山田さん』と同じように、かわいい、あるいはポップな絵柄で、すこし違う世界を描いている作品はほかにもあります。

私はそういう作品も好きだし、それらについては『みいちゃんと山田さん』と同じような懸念をあまり感じません。

じゃあ、何が違うんだろう。

考えてみると、描かれている人たち自身が「私は違う」「そういう人ばかりではない」と自分の言葉で語ったり、私たちが実際にいろいろな人と出会ったりすることで、作品からできたイメージが修正される機会が比較的多いのではないかと思いました。

一方で、知的障害のある人は、自分たちについて作られたイメージに自分の言葉で反論する機会も、私たちが実際にいろいろな人と出会ってイメージを修正する機会も、相対的に少ない。
おそらく軽度知的障害の方をぱっと見てもそうだと認識できる方は少ないでしょう。

だから私は、『みいちゃんと山田さん』が広く届くことには、少し違う怖さを感じるのだと思います。

「みいちゃん」が記号になる怖さ

実際、この作品について気になっていることがあります。以前、Xで誰かに対する罵倒として「みいちゃんかよ」という言葉が使われているのを見たことがあります。

「知的障害者」という意味で直接使っているというより、「話が通じない」「考えが浅い」と感じた相手を揶揄するような使われ方でした。

また、最終巻を読んだ人の感想で、「やっぱり障害者には関わらないほうがいい」というようなものも目にしました。

この話から、そこに行くんだ。
と、少し驚きました。

『みいちゃんと山田さん』を「みいちゃんという一人の女性の話」として読むのではなく、「知的障害のある女性ってこういう人なんだ」という記号として読む人もいる。
そして、そのイメージが現実の知的障害のある人を見る枠組みになってしまうことが、私は気になります。

一度「こういう人たちなんだ」というイメージができると、現実で少し変わった言動をする人に出会ったときに、「やっぱりみいちゃんみたいだ」と、もともと持っていたステレオタイプが強化されることだってあるかもしれません。

そこが、私は怖いです。

「フィクションです」だけでいいのかな

だからといって、作品の中身を変えてほしいわけではありません。みいちゃんの困りごとを解説して、「こう支援しましょう」という教育的な作品にしてほしいわけでもない。

それは多分、この作品の面白さとは全然違う。

でも、「この作品はフィクションです」という注意書きだけで十分なのかというと、それも違うように思います。

問題なのは、みいちゃんが実在するかどうかではなく、みいちゃんという一人のキャラクターが「知的障害のある人ってこういう人」というイメージとして現実に持ち出されることだからです。

例えば、過去の差別を扱う作品でハンセン病について当時の誤った認識をそのまま描いたとしても、現代の作品として届けるときには、現在の正しい知識について注釈をつけることがあると思います。そう言った対策は必要に思いますが、みいちゃんはそれがやりにくいような気もします。

作品内の表現を変えることと、その表現が現実についての誤った知識や偏見として持ち出されないようにすることは、別の話なんじゃないかと思います。

全国手をつなぐ育成会連合会の意見書

そんなことを考えていたところ、一般社団法人 全国手をつなぐ育成会連合会から、『「みいちゃんと山田さん」アニメ化に対する意見書』が出されました。

意見書では、表現の自由を踏まえ、映像化に一律に反対する立場は取らないとしたうえで、いくつかの懸念が示されています。

その中には、すでに「みいちゃん」が知的障害や発達特性のある女性を揶揄・侮辱する言葉として使われている事例が複数報告されていることも書かれていました。
これは、私が実際に見た「みいちゃんかよ」という使われ方とも重なります。

「専門家」って、誰なんだろう

一方、アニメの製作委員会も、偏見や誤解を助長しないよう、関連する専門家やしかるべき機関の監修・指導を受け、適切なレーティングや注意喚起を行うとしています。

対応すると表明していること自体は、大事なことだと思います。

でも、「専門家」って誰なんだろう。
法律やコンプライアンスの専門家なのか。
知的障害の専門家なのか。
当事者や家族、当事者団体なのか。
そして、何について助言を受けるんだろう。

同じように「注意喚起」も、何について注意を促すのでしょうか。

暴力や性的な描写についてなのか。
「フィクションです」という注意なのか。
知的障害のある人一般を描いたものではないということなのか。
「適切なレーティング」とは、何歳を想定しているのか。

方向性は示されているけれど、具体的に何をするのかは、今のところ私にはまだ見えません。
(ちなみに、性風俗で暴力表現もあるので18歳くらいなのでは?と思います

だから、製作側が何も考えていないとは思いません。
対応すると表明していることはわかった。
でも、その対応が、私が懸念している「知的障害のある人へのステレオタイプや差別を助長する可能性」に対するものなのかは、まだわからないのです。

表現した後のことを考えた例もある

以前、『少年院ウシジマくん』では、64〜67話の一部が当初公開されていた内容から変更されたことがありました。

現実に報道された加害行為を強く連想させ、被害者や読者に不安や不快な思いを抱かせる可能性を考えての変更でした。

その際、作者は「表現の自由」が保障されている一方で、予期せぬ形で他者を傷つけるものにならないよう作品を作る責任もある、という趣旨のコメントを出しています。

もちろん、『少年院ウシジマくん』と『みいちゃんと山田さん』は全く違う作品です。同じ対応をすればいいとも思いません。

ただ、表現する自由があることと、その表現が社会に出たあとに誰かに与える影響について考えることは、両立するんだと思います。

広く届けると決めたときに、考えてほしい

すべての漫画について、あらゆる表現が誰かを傷つけないか、差別につながらないかを完璧に確認するのは無理だと思います。
作者が何を描くのかも、基本的には自由であってほしい。

ただ、それを「アニメ化して、もっと広い層に届けよう」と企業が決めた段階では、一度考えてほしいと思います。

以前、マンガワンの第三者委員会報告書を読んだときにも、企業の人権尊重責任について考えたことがありました。

企業には、直接人権侵害をしないというだけではなく、自分たちの事業が人権に与える影響について考える責任があるとされています。

今回も少し似ているのではないかと思っています。
作品そのものをどう描くかという話とは別に、それを企業が「もっと広く届ける」と決めたときには、そのことで現実にいる人たちにどんな影響が起こり得るのかを考える必要があるのではないでしょうか。

特に、社会的にマイノリティで、自分たちに向けられた表象に反論する力や機会が相対的に少ない人たちを扱う作品なら、なおさらです。

私は、18歳以上などのレーティングがあり、自分で選択して見るような形でのアニメ化なら、かなり印象が違います。でも、年齢制限なく広く届く地上波で放送することには、現時点では反対です。

じゃあ、どうすればいいのか

じゃあ、どうすれば差別や偏見を助長せずに、この作品を広く届けられるのか。

正直、私にも答えはありません。

みいちゃん以外の知的障害のある人をたくさん出せばいい、という話でもない。
みいちゃんを「正しく」描き直せばいいとも思わない。
「フィクションです」と書けば解決するとも思えない。
でも、だから考えなくていい、とは思いません。

どうすればこの作品の面白さや表現を損なわずに、現実にいる人たちへの差別やステレオタイプを強化するリスクを小さくできるのか。

それを考えること自体が、「この作品をもっと広く届ける」と決めた側に求められることなのではないかと思います。

製作委員会が示している「専門家の助言」「レーティング」「注意喚起」が、具体的にどんなものになるのか。そこは、これから見ていきたいと思っています。

関連記事
『みいちゃんと山田さん』最終巻を読んで。私はみいちゃんに生きていてほしかった

マンガワン第三者委員会報告書を読んで考えたこと

参考
一般社団法人 全国手をつなぐ育成会連合会
「みいちゃんと山田さん」アニメ化に対する意見書
https://zen-iku.jp/storage/assets/2026/f391ff68-f810-4d57-8cb4-c5531c8c905d.pdf

「みいちゃんと山田さん」公式
アニメ化に関するお知らせ
https://x.com/miichan_joho/status/2081696108297003418


マンガワン
『少年院ウシジマくん』読者の皆様へ
https://manga-one.com/manga/2191/chapter/352539

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