【閲注CP注】日車「……俺が、Sub?」【Dom/Subユニバース】

  • 1◆jVm.lOfYeU26/08/13(木) 00:03:15

     
    「……冗談を話している場合ではないのでは」
    「冗談じゃないんでね」

     白衣を羽織った女性──家入の目が、タブレットを操作しながらわずかに細まる。
     オフィスチェアに座している彼女は、一昨日、高専到着早々に全員の身体と呪力の検査を矢継ぎ早にやりとげていた医師だ。
     揺れない柳のような佇まいだと思ったが、日車を診ながら興味深そうに口角を上げたのが印象的だった。誰も彼もが寝不足だが、彼女のクマはさらに酷い。

    「覚醒から三週間……よく正気でいますね? ステージが低いなら納得するけど、その呪力量と術式の複雑さでそんなわけないし」
    「コイツ間違いなく一級相当だぞ」

     傍らのデスクには、草臥れたスーツを纏う大柄の男が腰かけている。
     日下部という、この高専の教師だ。昨日の明け方近くまで、日車と高羽に『こちら側の世界』と事情について解説してくれたのは、彼だった。
     もたらされた情報の密度と比して、短時間ながら要点をおさえた非常に解りやすい講義だったのは、流石は教師と言うべきか。高羽は早々に寝ていたが。
     

  • 2導入26/08/13(木) 00:14:09

     
     高専滞在、三日目。
     家入から「検査の結果について話したいことがある」と人づてに聞いて訪れた昼下がりの医務室に、日下部もいた。
    「何故君がいるんだ」と訊いたら、「こーゆー時は同性がいたほうがいいんだよ」と苦虫を噛み潰したような顔をされた。
     そして、家入の目の前に座して、開口一番されたのが、ダイナミクス(第二の性)の話だ。

    「でしょうね。それだけ"強く"て、何もせずに平常なわけがない。回游中にどこかでPlayを? いや今まで知らずにいてそれは無理か……
    日車さん、体調はどうですか。食欲がないとか、あるいは気分の悪さがずっと付き纏っているとか」
    「気分は、悪いな。何せ人を殺している」

     嘘ではない。だが、理由としてのすべてではない。
     知っているだろうと言わんばかりの口調で晒してみるも、二人とも顔色一つ変えず、眉一筋動かさない。
     やはり、『こちら側』の倫理観は表のそれとは異なるのだ。
     それも、人命を軽んじているわけではなく、人命の為に人命が失われることに慣れてしまった者の匂いがした。
     

  • 3導入26/08/13(木) 00:25:39

     
    「俺から見ても、いきなりステージ上がった直後から三週間ケアされてないSubのツラにゃ見えねぇが」
    「私が診てもそうですよ。良くはないけど、顔色も呪力もそこまで荒れてない……その気分の悪さはずっと? それとも、どこかで『底』のようなものがあったとか」

     二人が、こちらに理解できない会話を交わすなかで辟易していた日車は、家入に投げかけられた言葉で我に返った。
     思わずスーツの襟に手を伸ばす。そこに、弁護士徽章は無い。

     ──底。

     得体の知れない力を手に入れ、人を殺め、殺し合いに足を踏み入れ、立て続けに奪った命。
     全てがどうでもよくなってしまった、あの日々。まさに、どん底と呼ぶにふさわしい心持ちで、血濡れたスーツごと己を湯船に沈めた日。
     唐突に訪れた、その終わり。
     

  • 4導入26/08/13(木) 00:36:31

     

     彼に出会ったあの日から、明確に世界の色は違って見えた。相も変わらず、呪力と殺意の満ちた結界に閉じ込められていたにも関わらず。

     またな、と言って劇場の扉を閉めた自分を、追いかけてきた彼の姿を思い出す。

     日車、と呼ぶ彼の声が脳裏に蘇るたびに、ずいぶんと呼吸がしやすかった。

     再会するまで、何度かコガネに彼の名前を表示させた。彼の生存と、点数に変化がないことを確認した後は、なお深く息を吐くことが出来た。


     虎杖悠仁。


     日車は彼の手を取って、今、ここに居るのだった。


    ━━━━━━━━━━✦━━━━━━━━━━


    ※Dom/Subユニバース×呪術世界 特殊設定SSスレ

    ※CPは日車と虎杖のみ

    ※ダイス・安価・Writingの可能性有

    ※動画化禁止/転載禁止


    Dom/Subユニバースについてはこちら(先に知っておきたい方はどうぞ)

    #BL Dom/Subユニバースのススメ(アドバンス編追加版) - Dukdukのマンガ - pixivオメガバースに似たDom/Subユニバース(ドムサブユニバース)というAUがあります。ざっくりいえば人間の性別が男女のほかにDom(SMでいうS),Sub(SMでいうM)に分かれている世界ですwww.pixiv.net

    以降、弁護士と医師と教師の先生トリオによる呪術×D/Sバースの"特殊設定"説明パートが開始します

     

  • 5導入26/08/13(木) 01:03:42

     
     東京都立呪術高等専門学校。

     登記上とは異なる名称の、この教育機関の存在意義と信憑性。
     それを受け入れざるを得ない世界の実情を、日車寛見は到着から一日半かけて──猛烈な葛藤の果てに──やっと飲み込んだところだった。
     この世の、この国の、社会の裏側に連綿と続く『呪い』の側面。
     覚醒から三週間たらずで自らの身に起きた事象を、解釈し、解析し、解体し、咀嚼し嚥下し、その上でここに至って聞かされた真実に、これが一時の悪夢でも突発的災害でもなく、ただ世界が裏返っただけなのだと、日車は理解していた。

    『呪いを学ぶ為の学び舎』が存在する。しかも都立で。都内に。
     素人目にもわかる、積み重ねられた歴史と広大な敷地、それを保つための膨大な予算。反して、ここに属する学生の少なさ。
    『呪い』の力を『呪術』として扱い、操り戦える者の希少さを痛感し、翻って、己が参加させられた『死滅回游』の異常性が身に染みる。

     一晩で語られた人界の危機。虎杖の中にいたはずの悪魔の行き先。引き換えに取り戻された最強の男。
     力ある者が集い、何を為さねばならないのかを、為さぬならば何が終わるのかを、日車は知った。
     知った上で、終わってしまうのは違うだろう、と思ったのも事実だ。
     ……事実ではあるが。

     あの瞬間差し伸べられた、小指の欠けた手を取る以外のことを、考えていたかと言えば、嘘になる。

     そうして──呪術高専の施設内、医務室と呼べるそこに日車は座して、今に至る。
     

  • 6導入26/08/13(木) 01:26:08

     
    「……心当たりがありそうですね? ああ、いいですよ、詳しく言わなくて。それがいつ頃の事だったかだけ……一週間前? なら、そこまで切羽詰まってはないか、良かった。いざとなったら反転回すけど、やっぱ怖いんで」
    「オマエでも他人の脳は怖いか」
    「内でも外でも、損傷してるなら正常値が解りやすいんで、そこまで難しくないんですけど。生きてる以上、そこまで時間経ってないし。でもストレス値はね……どこまで戻せばいいのか困る」
    「そういうモンかね」
    「日下部さんも気をつけて」
    「へいへい」
    「反転頼まれるよりは、Playの相手の方が楽なんで」
    「勘弁してくれ、相手にゃ困ってねーよ」
    「ま、それもそっか」

    「……待ってくれ」
     

  • 7導入26/08/13(木) 01:36:37

     
     思わず口を挟んだ。

    「君たちも……その、ダイナミクスを」

     言うなれば非常にセンシティブな話だったが、他者の前で当たり前のようにその単語が出てきて、問いかけずにはいられなかった。

    「あー……そっからか。そりゃそうか」
    「その辺のこと、昨日説明してないんですか?」
    「するかよ。呪術界の説明するのに進化論持ち出すみてーなもんだろ」
    「……それを今からやろうってんだけど」
    「保健体育は任せるわ、保健室のセンセ」

     盛大に溜息をついた家入は、メモ書きにしていたらしきルーズリーフの束から新しいものをめくり、ペン立てからサインペンを取り上げた。
     

  • 8この世界におけるダイナミクス26/08/13(木) 01:43:36

    「まず……大前提として」

     罫線を無視するかたちで、ペンで大きく丸が描かれ、縁の内側に『人間』と記された。
     
    「呪いが見える人間は少ない。これは見える人と見えない人で脳の構造が違うからです。更に言えば、呪力を扱ったり、術式を持っていたりする人間、つまり呪術師はもっと少ない。が……これはまた後で」

    『人間』の円の内側に、その十分の一ほどの丸が描かれる。小さな丸の中に『呪』と記す。

    「そして、ダイナミクスに影響される人間もまた少ない。少ないが、呪いが見える人間よりは、多い。
    これは、絶対にそうなるように出来ている」

    『人間』の円の内側であり、そして『呪』の円を完全に囲う形で、円が描かれる。『人間』の二割ほど、『呪』の倍ほどの大きさの円。そこに、『D/S』と記される。

    「呪いが見える人間は、全てダイナミクスに影響される。何故なら」

     音を立ててペンのキャップが閉まる。次に告げられる言葉を、もう日車は察していた。
     逃れ得ない事実を告げる家入の声以外の音が、世界から消えたかのようだった。

    「呪いを認識できる脳の構造は、ダイナミクスを受容する脳の構造を基礎としているからです」
     

  • 9この世界におけるダイナミクス26/08/13(木) 01:52:27

     
     日車は、そのはみ出す部分がひとつもなく重なった、目玉を意匠化したような、三重円のベン図を見つめた。

     先月まで、自分はこの図の一番広いスペースの内にいた。世間ではかつてNormalなどと呼ばれたが、コンプライアンス的にここ十年でOrdinaryと呼称を変えた、結局のところ世間では「一般的で一番人数の多い」ことを「普通」と呼ぶ、その枠組みに、収まっていた。
     何なら、つい数分前まで『そこ』に収まっていると思い込んでいた。

     なるほど、と内心で頷く。
     最も逸脱してはならない人道を踏み外した身でさえ、自分がそうだと信じていたはずの属性から外れるのは、それなりに衝撃を受けるものらしい。
     己の意志で逸脱したか、知らぬ間に組み替えられていたかの差が大きいのかもしれないが。
     

  • 10二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 02:14:16

    このレスは削除されています

  • 11この世界におけるダイナミクス26/08/13(木) 02:16:20

     

     小さく息を吐いた。無意識に呼吸を止めていたらしい。


    「……理解した。続けてくれ」


     家入と日下部が目を合わせる。


    「と言って、何から説明したものかな」

    「基本のキからしてやれよ。完全な素人さんだろ、こちらは」

    「そうですね……ダイナミクスの説明は必要?」

    「基礎的なことは知っているが、君たちがどう認識しているか知っておきたい」

    「認識、ね……では、日車さんがどう認識しているか、というところを聞かせてもらってもいいですか」


     家入の真摯な目つきを受け止めながら、日車は口元を指で覆う。どう答えるべきか。


    ━━━━━━━━━━✦━━━━━━━━━━


    dice1d100=61 (61)

    1~20:世間の口さがない風評を答えてみる

    21~90:まともな社会通念上の常識を答える

    91~100:取り扱った訴訟の話をする


    開示ダイス(累積)

    □??の??

    dice1d10=5 (5)

    ■??の??

    dice1d10=9 (9)


    ※開示ダイス:ダイスもしくは安価を機に必ず振られる

     累積が100に到達すると作中での開示が確定する

  • 12二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 07:13:32

    夜中に気になるスレが立ってた〜!!
    しかも凄い導入の仕方が丁寧だ!!ドムサブ好きなので楽しみすぎる…続き楽しみにしてる!!

  • 13二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 09:36:25

    ドムサブだー!
    ところでここの二人に左右はない感じですかね?
    左右無しのプレイメイトな感じ?

  • 14二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 14:40:48

    ドムサブってことにもテンションあがるんだけど、高専来て三日ってことは、修行期間の日車の話ってこと!?
    なかなか見かけしない時期の話だわ…超気になる

  • 15ダイナミクスという"性"26/08/13(木) 20:39:05

     
     世間の口さがない連中の、無知に尽きる表現を求めているわけではないだろう。
     曰く、SubとはDomの嗜虐に性的に興奮しその虜となり、緊縛や苦痛、果ては外傷や欠損までを良しとするマゾヒストである、とか。
     曰く、DomはSubを暴力と暴言で辱めることに至上の快楽を覚え、心身への束縛と加虐で以て従わせることで愛でるサディストである、とか。
     インターネット黎明期に、非当事者が面白おかしく書き立てた結果の偏見の意識は未だ根強い。SNSが進出し、当事者の声がダイレクトに伝わるようになり、また医学的な研究も大いに進んで、ここ数年はそういう認識は徐々に過去のものになりつつあるが。
     それでもダイナミクスを持つ者は、明確なマイノリティだ。

    「……社会通念上の理解でしかないが、おおまかには『性別』という認識だ。男女の性差とは別に、DomとSubという性差を持つ人間が一定の割合で生まれる。その性差を持つことを『ダイナミクスを持つ』あるいは『ダイナミクスに影響される』人間である、と称する。逆にダイナミクスを持たない人間のことはNormal、あるいはOrdinaryと呼ばれる」
    「DomとSubの差異については?」
    「定義の揺らぎがあるので一概には言い切れない。たとえば女性を『産む性』、男性を『産ませる性』と定義するくらい、大雑把で乱暴な区分けを要求されれば、Domは『支配と庇護を与える性』、Subは『支配と庇護を受ける性』とでも答えるが」
    「アンタ自身はどう捉えてんだ」
    「……パートナー訴訟を扱ったことが三度、Subへの誹謗中傷訴訟を扱ったことが二度ある。付け焼刃の知識だが、数だけは攫った記憶がある。その上で言えば『人による』としか」
    「付け焼刃で二度目以降の依頼がOrdinaryの弁護士に来るもんかねぇ……たとえば、アンタが誰かにDomSubの説明をしろって言われたら、どう言う」

     日下部の言葉に少し思考を巡らせる。
     

  • 16ダイナミクスという"性"26/08/13(木) 20:50:26

     
    「……ダイナミクスを持つ者は、そうでない者より『生きる為に必要な欲求の種類が多い』ことを前提とする。
    その上で『Domは他者に対し支配・庇護・賞賛などの行為によって影響を与える欲求』を持ち、『Subは他者から支配・庇護・賞賛などの行為によって影響を与えられる欲求』を持つ。
    ここにおける他者とは、DomにおいてはSub、SubにおいてはDomであることが一般的な対象とされるが、その限りではない。
    この欲求を満たす為の行為をPlayと称し、これもまた一般的には任意のDomとSubのペアで行われるものとされるが、同じくその限りではない。
    この欲求の度合いも人によって異なる。また、この欲求が長らく満たされない場合、食事や睡眠が不足するのと同様に生命が危機に晒される為、この国においては最低限度の生活水準として医療的ケアが法律で認められ──」
    「はいはいストップ」

     いかがですがセンセ、と日下部が家入を促す。

    「うん、お見事。倫理的な説明としては、ほぼ完璧。流石は法曹界の人ですね」
    「そうか。下世話な話を求められていたわけではなくて何よりだ」
    「SだのMだのも、まぁ一側面としては無いわけじゃないですが。人数が多いだけの外野からの印象に過ぎませんからね……"我々"に強いられているのは、嗜好ではなく、あくまで生存戦略ですから」

     ──生存戦略。
     眉を潜める。ダイナミクス絡みの調査をする中でも、ついぞ耳にしたことのない単語だった。
     

  • 17ダイナミクスという"性"26/08/13(木) 21:00:19

     
    「まず、追加してもらいたいのは生物学的な認識としてのダイナミクスの『性』の在り方です。
    そうですね……日車さんは、男女の性はどこで区別されると思いますか」
    「それは、文化的な区別ではなく、生物学的な境目ということでいいか」
    「はい。ひとまず半陰陽、無性などの例は度外視してもらって、二元化が可能だという想定で」
    「であれば、むしろ雌雄の差と言うべきか。一番明確なのは生殖器の差異だろう。先ほど俺が言ったように、『産む』ための器官と、『産ませる』ための器官、どちらを持っているかという線引きだ」
    「その通り。極端なことを言えば、男女の差異は『肉体』の構造の差異です。では『脳』には、男女で差異があると思いますか」
    「……それはつまり、赤ん坊の脳を見ただけで性別が解るか、という問いに等しい訳だが、それは医学的な問題になって来るな。将来的な診断は可能になるかもしれないが、現段階で生物としての人間の脳に男女差が発生する必要性があるとは思えない……俺は、無いと思う」

     家入が僅かに目を見開いた。
     

  • 18ダイナミクスという"性"26/08/13(木) 23:26:57

     
    「その問いに辿り着くあたり流石ですね。その通り、サイズ比などの傾向はありますが、脳は『個人差』と比べれば『性差』はほぼ意味をなさない器官です。
    じゃ、こう質問を変えます。『男女の性差』は『脳』に影響を与えると思いますか」
    「それは大いにあるだろう、ホルモンの差異だ」
    「正解です。男性ホルモンは精巣で作られ、女性ホルモンは卵巣で作られる。ホルモンは脳に影響し、
    本来は性差のほぼ無い脳を、性別があるかのように異なる働きをさせることもある……まぁ、女性の男性ホルモンも卵巣で作られますし、男性の女性ホルモンは酵素で変換されているので、ホルモンの影響によって『性差があるような仕草を見せる脳』でさえ、『肉体』ほど厳密な線引きはないわけですが」

     とんとん、と家入はデスクをペン先で叩く。

    「それでも──非常にざっくりとですが、『男女の性差は、肉体から脳へ影響を与える』ものだという認識は、理解して貰いやすいと思います」
    「その通りだな」
    「それを"前提"として」

     家入はそのペンで、そのまま自分の側頭部を叩いてみせた。

    「『DomとSubの性差は、脳から肉体へ影響を与える』ものだと理解してほしい」
    「……それは、まさか」
    「そうです。Ordinaryとダイナミクスの脳の構造は異なり、更にDomとSubの脳の構造は異なる。
    ダイナミクスは、『肉体』ではなく『脳』の性別なんですよ」
     

  • 19ダイナミクスという"性"26/08/13(木) 23:36:49

     
     ダイナミクスを持つ者はそうでない者よりも精神的な繋がりを必要とする、と一般的には説明される。当然それは脳を由来とする影響下にあって、当然の認識だった。だが、こんな風に明確な線引きを断言された情報を、目にしたことは無い。
     少なくとも、日車は知らなかった。

    「それは、医学的に確かなのか」
    「確かだけど、医学的かというと危ういですね。これは呪術医学の分野では戦前からの常識ではあるけど、呪いを見ることのできない医者が何人の脳を診てもその違いは判断できない」
    「CTやらMRIやら……生きたまま解剖したって、見えねー奴にゃ見えねーからな」

     呪いの認識。社会の裏側。見える者の世界──異なる常識が支配する地平が、途方もない広さで広がっていることを、そして自分もその側に立っていることを、日車は改めて痛感する。

    「ひとつ聞きたい。先走った問いであれば、順序通りに回してくれていい」
    「どうぞ」
    「ダイナミクスの有無は、呪力と関係するのか」
    「しない」

    家入は即答した。
     

  • 20ダイナミクスという"性"26/08/13(木) 23:55:39

     
    「しません。この図の通り」と先ほどのベン図を指す。

    「ダイナミクスを持ちながら、非術師である人間は多い。割合で言えば、ダイナミクスの内、およそ八割が非術師──呪いを見ることはありません」
    「昨日説明したろ、日本にだけ呪霊と術師が多い理由。けどダイナミクスの発生率はほぼ世界共通だ。呪いの密度が低くても、ダイナミクス持ちの人間は生まれるんだよ」
    「……納得した」
    「ついでに言えば、私は医者としてはDomSubを『性別』だとは思ってない。男女の肉体の性以上に、グラデーションが曖昧なんで」
    「別けられない、ということか」
    「区別は出来ますよ。ただどちらに針が振れているか、どの程度振れているかが、人によって本当に異なる。これは例えですが──」

     家入はカラーペンを取り出して紙の上に大きな相互矢印を描き、中を塗りつぶしていく。

    「Domが赤、Subが青だとすれば、真っ赤と真っ青の区別はつく。青紫と、赤紫の区別も、どうにかつくでしょう。ただ所謂Neutral……真紫のダイナミクスを持つ人も、Switchのように赤と青を切り替えられる人もいる。
    だから私は、ダイナミクスは脳の『性質』だと思ってます」

     付け加えられた認識自体は、少なくともダイナミクスについては受け入れやすいものではあった。納得も出来る。だがそこに至るための、呪術の世界では常識とされる前提が、未だに日車の認識を揺るがしている。

    「……そもそも『呪力』とは何なんだ」
     

  • 21『呪い』の源、『感情』の流末26/08/14(金) 03:28:32

     
     思わず零れた呟きを、二人は聞き洩らさなかったらしい。

    「そこまで使いこなしておいてそれ聞くか?」
    「うーん、基本のキの前の、鉛筆の持ち方になるかな……」
    「酷い言われようだな。こっちは三週間前に呪力を扱えるようになったばかりのド素人だ」
    「ド素人はフツー二週間足らずで一級相当までいかねぇんだっちゅーの」
    「君はスマホがどういう理屈で動いているのか知っていて使っているのか?」
    「何の話よ。知るわきゃねーでしょ。パソコンもテレビも仕組みなんざ知らなくても使えるわ」
    「呪力も術式もそうだろう」
    「……はァ?」
    「ほー……普遍性も説明書きも無い能力を電化製品扱いか。こりゃ凄い」

     ざらり、首を傾げて長い黒髪を流した家入が、どこか懐かしむような目つきでこちらを眺めた。

    「手元にあるなら使い方はどうとでも試せる。だが仕組みはそうはいかない。物理的に存在しない以上、バラすことさえ出来ない」
    「そんでも壊す心配とか事故の危険性とかあんだろ」
    「そんな悠長に懸念している暇は無かった」
    「あー……まァー……そうでしょうね……」

     同情するよと言いたげな目つきでこちらを眺めた日下部は、がしがしと頭を掻いて黙り込んだ。
     後を引き取った家入が、十年早く会いたかったね、と伏し目がちに笑ってから、こちらに向き直った。

    「ま、いいよ。それも含めて理解して貰わなきゃいけないこともあるし。呪いとは何か、それを見て、操るという事について、詳しく説明しますよ」
     

  • 22二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 12:15:04

    凄いな小説を読んでいるかのような文章力で丁寧な説明もあって分かりやすい。イラストも家入さんが分かりやすく書いてくれて助かる!
    続き楽しみにしてるよ〜!

  • 23二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 16:05:03

    名前なくても誰のセリフか分かるのすごいな エミュが上手い
    あとこの3人のこと「先生トリオ」って言うの好き

  • 24『呪い』の源、『感情』の流末26/08/14(金) 17:30:26

     
    「まず、呪いというものが『人間の負の感情』由来のエネルギーだということを念頭に置くと」
    「待ってくれ」

     早々に聞き捨てならない言葉の羅列が耳に入って、思わず声を上げる。

    「……『人間由来』、なのか?」

     家入と日下部が示し合わせたように絶句した。突然の沈黙にエアコンの稼働音だけが虚しく漂う。

    「……なんと」
    「……マジか」
    「驚いているのはこちらなんだが」
    「……鉛筆を持たせる前に、五十音表が要りますかねぇ」
    「……画用紙とクレヨンが先だろ」
    「そこまで言われる筋合いはないと思うが。殺し合いの最中に誰もそんな説明はしないし、俺としてもこの能力のエネルギー源を尋ねる意味合いも無かった……塩の出どころが海だと知らなくても、料理はできるだろう」
    「……俺もうイヤんなってきちゃった」
    「えー、一人にしないでくださいよー」
    「しかし、そうか……成程、道理で。『呪術師個人の』ではなく、『人間の』エネルギーだったのか。そう言われると納得できる部分は大いにある。呪霊の存在についても、呪術師の能力についても……
    ああ、そうか。非術師と術師で脳の構造が異なると言ったな、つまり呪いとは人間が発する脳波のようなものであり、呪術師の脳はそれを発するだけではなく受容する構造を持っているということか」
    「……煙草吸ってもいーですか」
    「やめろ俺も吸いたくなるだろーが。一人で禁煙離脱しやがって」
    「だってこれ私の説明要りますかね」
    「もう結論だけ言っとけ」

     家入は大げさに肩をすくめた。

    「大正解ですよ、日車さん。付け加えれば、呪術師の脳は自分の肉体に影響を及ぼしてそのエネルギー……呪力を巡らせることで、呪いに触れ、呪力で攻撃することが出来る」
    「『脳から身体に影響を与える』……ダイナミクスと同じように、か」
     

  • 25『呪い』の源、『感情』の流末26/08/14(金) 17:41:35

     
    「その通り。そしてもうひとつ同じ構造がそこにあります。『他者』の『感情』からの影響です」
    「……! なるほど……呪いが負の感情を元にしているなら、それを受容できる脳は他人の感情の影響をダイレクトに受けているに等しく、ダイナミクスを持つ者が必要とする欲求の影響と同じ構造となるのか」
    「待て待て、口挟んで悪いが、端で聞いてて俺そこ全然理解できてないわ。呪霊とか呪詛師の感情なんざ、いちいち理解してねーでしょうよ」
    「感情、ではなく、感情を元にしたエネルギーの影響、なので、気持ちが解るとかいう意味合いじゃないんですよ」
    「そうだな……ダイナミクス持ちの人間の特性も、勿論『感情を理解する』という形ではないが、Play中の相手の感情の起伏を敏感に感じ取り、心身に影響を来すSubの話は枚挙に暇がない。DomはDomで相手からの信頼や感応が偽りであれば満足できないとも聞く。
    だが、これは負の感情に限らない、相手のあらゆる『感情による影響を受け取る』レベルが、ダイナミクス持ちはOrdinaryに比べて高く、それは『感情による影響を受け取る』ことそれ自体が生存欲求として存在しているがからだ、という話だろう」
    「そうです、ダイナミクスの『他者からの感情を受容する』脳の構造は、日車さんが言った通り、感情からの影響を拾う範囲が広い。
    しかし呪術師の脳は、さらにそこから先鋭化しています。『負の感情を元にしたエネルギー』即ち『呪い』という、マイナスに偏った感情の煮凝り──場合によっては多数の人間の感情の集合体を蒸留したような、元の『気持ち』など欠片も見つけられなくなった得体の知れないものによる影響を、受容出来るようになっている」
    「はー……そういう理屈か。俺も何となくしか解ってなかったな。しかしアンタも説明が上手いな、教師やらねぇか」
    「やらん」
    「向いてると思うんだがな」
     

  • 26コマンドという『縛り』26/08/14(金) 18:05:55

     
    「さっき、DomSub相互の影響の話をしてくれましたけど、呪術師としての相互の影響の話もしますか。つまり『縛り』の話ですが」
    「縛り……大まかにしか理解していないが、術式について相手に説明すると、効果が強まるということは実感している」
    「ああ、術式の開示ですね。それもまさに縛りです。経験済みなら、そこからの方が解り易いか……じゃあ、呪術師同士で戦っているとして……あー、そしたら私と日下部さんが」
    「俺かよ」
    「私の術式が、例えば、『触った相手が一定時間動かなくなる』および『心臓に近い所を触った時ほど、長く動きを止められる』ものだとします。戦闘中に私が日下部さんの心臓の位置を殴ると」
    「殴らなくてもよくねーか」

     家入の拳が、日下部のネクタイの上に、とん、と触れる。

    「これで日下部さんは10秒動けなくなる。でも、これが足だと、1秒動けないだけ」

     家入の拳が、今度は日下部の膝に当たる。

    「この時、私の何が、日下部さんの何に、影響を与えた結果、日下部さんは動けなくなっているでしょうか」
    「……家入さんの呪力が、日下部さんの肉体に……いや、違うな。触れただけで動けなくなるということは、脳への影響か」

     日下部が、さん付けいらねーって昨日も言ったろ、と小さくぼやいた。

    「正解です。順序立てて言えば、私の脳の影響を受けた肉体が呪力を纏って、日下部さんの身体に呪力を流し、脳に呪いをかけ、その脳が肉体の動きを止めさせている。これは、私の術式の出力の仕組みで、呪力そのものをぶつけた時による肉体的ダメージで動けなくなるのとは、意味も状態も全く異なる。
    これが、『呪い』が『効いた』結果です」
     

  • 27コマンドという『縛り』26/08/14(金) 18:19:14

     
    「じゃあ、私がさっきの術式の説明を、戦っている相手である日下部さんに明かしました。すると日下部さんはどうするでしょう」
    「心臓付近を重点的に護るだろうな」
    「そうです、それがリスク。私は効率的に術式を発動し辛くなる。これが私へ掛けられる制限、つまり縛りです。その上で、私が頑張って攻撃して、日下部さんを出し抜いて、心臓の位置を殴れました」

     先ほどより勢いのついた拳が、同じように日下部の胸を叩く。

    「ちょっと痛ぇんだけど……仕掛けてくんのやめなさいよ」
    「我慢してください。さて、これで日下部さんは50秒動けなくなります。足を殴れば5秒です。術式の開示の効果を、解りやすく五倍にしましたが、この五倍の負荷は、一体どこから来ていると思いますか」
    「家入さん自身の縛りの効果による増幅された攻撃力と……日下部本人の、脳か」
    「そう。術式の開示によって効果を底上げできるのは、攻撃を受ける──すなわち呪いをかけられる相手の認識そのものも縛っているから、です」
    「はー……成程ねぇ、ダメージ五倍増しで食らうってあらかじめ説明されてんのに、それを防げなかったっつー自責の念って奴が俺の脳を縛ってるんだと思ってたが……さっきの説明で言うと、俺がそう"思っているかどうか"は関係ねぇってハナシか。こっちとしちゃあ家入から一方的に縛りの影響を課されてるわけだが、言葉が通じる時点で呪いってのはかけられちまうし、その情報を受け取ることでメリットもあるから、ほぼ逃れようがねぇ、と」
    「そうですね、その例で言うと、私の言葉が、日下部さんの中の『自責の念』"的なもの"、を強制的に引き出して縛らせている、ような印象が近いかな。
    ていうか日下部さん、この辺り授業でやらないんですか」
    「そんな厳密な仕組みの説明までしねぇよ、てめーの負うリスクの話だけで充分だわ」
     

  • 28コマンドという『縛り』26/08/14(金) 18:30:07

     
     そういうことだったのか、と日車は内心で納得を噛み締めた。
     誅伏賜死──己の領域展開が、他者を有罪だと判じ、『没収』の罰を言い渡された相手から術式、場合によっては呪力さえ奪うことの出来たその現象の、内訳を理解した。
     奪う、とは言っても、没収した相手の術式や呪力が日車のものになる訳ではない。実際に執行されるのは『使用不可』だ。それはつまり、相手の脳が呪力を扱うことを制限している──もっと厳密に言えば、相手の脳が肉体に呪力を扱う命令を出さない状態にしている、ということだ。

     あらゆる暴力の禁じられた領域──ただし言葉の暴力は別。

     皮肉として自ら口にしておきながら、術式の必中が確定している誅伏賜死において日車が放つ言葉は、紛れもなくすべてが縛りとして機能し、相手の脳への明確な暴力性を持っているということに他ならなかった。
     

  • 29コマンドという『縛り』26/08/14(金) 18:44:12

     
    「厳密に言えば、リスクを代償にすることで、自分の出力を上げる意味も含むので、これは自身への縛りではありますが。これが術式開示の効果です。これに限らず、呪力を持つ者同士で行う他者との縛り……契約と、破棄した場合のペナルティが発生する場合は、更なる強制力が発生しますね」

     対戦ありがとうございましたー、と家入が日下部の前で拳を開いてひらひらと振る。オマエねぇ……と言いさした日下部は、鼻を鳴らすに留まった。

    「これは大げさに言えば『言葉による脳の支配』になるわけだけど……これと同じことがダイナミクスの脳でも起きます」
    「──コマンド、か」

     ダイナミクスを持つ者、特にDomとSubの性質が強い者が『欲求』を満たすために行うのがPlayだが、一般的にはDomとSubのペアで行われ、Domによる「命令」とSubによる「恭順」、それに応じてDomがSubを「賞賛」する、という流れで行われる。
     この時Domから下され、Subが享受する「命令」は『コマンド』と呼ばれる言葉を使用する。
     通常の会話と区別する為に、日本では基本的に英語の一般動詞が使われる。
     例えば≪Come(来い)≫、例えば≪Kneel(跪け)≫、例えば≪Sh(黙れ)≫──だが、それを「命令」だと認識出来れば、使用される言語はその限りではない。

    「最初に日車さんが説明してくれたように、ダイナミクス持ちには『他者の感情による影響を受けたい』または『及ぼしたい』という欲求がある。
    それを効率的に──つまり"底上げ"して欲求を満たすのが、Playという『領域』における、コマンドという『縛り』です。人によっては、この効率は五倍どころか十倍でも収まらない」
     

  • 30コマンドという『縛り』26/08/14(金) 19:19:52

     
    「つまり、体調不良まで顕出した欲求不満のダイナミクス持ちの人間には、覿面の治癒方法なんですよ」

     こちらをじっと見つめる家入の目は鋭い。人生で幾度か体験したことのある視線──患者を逃すまいとする、医者の目だ。

    「正直、日車さんの理解の速さには驚いてます。だから多分、もう解ってますよね、私たちが貴方に理解してほしいことが何なのか」

     日車は、膝の上で組んでいた両手を持ち上げて、そのまま口元を覆った。
     術式を与えられ、呪力を得た。望んだ訳ではないと喚いたところで、無かったことにはならないと解っている。
     日車の知る限りの常識の埒外に在る能力と技術。それが常識通りの生活をしていて捻出できるものでないことなど、予想して然るべきだった。
     代償を支払わなくてはならない、ということか。

    「『我々に強いられた生存戦略』と言っていたな……」
    「はい」
    「その"我々"とは、ダイナミクスを持つ人間、を指しているわけでは、なかったんだな」
    「そう。"呪術師"としての生存戦略が、ダイナミクスとしての欲求を満たすことにある、という意味です」
    「『ダイナミクスの有無は呪力に関係しない』……翻れば、『呪術師として在る為にはダイナミクスと大いに関与しなくてはならない』ということか」
    「その通りですし、何ならもっと単純ですよ。呪術師の脳は、ダイナミクスとして満たされなければ壊れる、というだけです」
    「それは、ダイナミクス持ちの非術師が、欲求が満たされずに衰弱するのとは違うのか」
    「大まかには同じですが、術師は肉体に影響が出る前に、脳がやられます」
     

  • 31コマンドという『縛り』26/08/14(金) 19:32:32

     

     家入の容赦の無い言葉選びが、日下部の気遣わし気な視線が、日車をして、それでも別段構わないんだが、という言葉を封じさせた。その上で、崩れた固定観念の瓦礫の向こうから、何者かが這い出て日車の背後に立って肩を掴む。

     ──何の為にここにいる。何の為に彼の手を取った。

     日車は深く目を閉じて、細く長く息を吐いた。もはや逃れ得ない。


     それは自分の声だった。


    ━━━━━━━━━━✦━━━━━━━━━━


    展開安価 >>36 くらいまでの多数決


    ① 回想《11月12日 池袋芸術劇場ロビーにて》

    ② 先生トリオによる解説《術師としての強さとステージの高さ》

    ③ 家入に薦められた治癒方法(選ばれたら開示)を選択


    ※どれを先に見たいか、の安価です。外れたものもいずれ展開します。同数の場合ダイス。



    開示ダイス(累積)

    □??の??(累計:5)

    dice1d10=9 (9)

    ■??の??(累計:9)

    dice1d10=1 (1)

     

  • 32二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 20:22:47

    いずれ全部見られるならまず③が見たい!

  • 33二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 20:48:46

    ①か③で

  • 34二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 21:44:13

    1で

  • 35二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 21:47:37

    ①が見たい!

  • 36二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 21:52:32

    1かなぁ

  • 37二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 23:24:59

    やばい、まだ前振りなんだろうけど既にめちゃくちゃ面白い
    ①ってことはとうとう虎杖でてくる!?
    先生トリオの解説も続けて読みたい気持ちがある~心が2つある~

  • 38二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 23:35:24

    丁寧に前置きしてくれてるのは良いんだけど、そろそろ物語が見たいので①が良いな

  • 39二次元好きの匿名さん26/08/15(土) 08:22:19

    1気になってたから楽しみだー!!

  • 40二次元好きの匿名さん26/08/15(土) 17:02:50

    ドムサブについて 雑な知識しかなかったので 今一度考えると そうだな 脳の話よな 呪力もな という新発見で 説明パートも楽しかったよ スレ主!
    次の展開も楽しみに待ってるよ

  • 4111/12 芸術劇場アトリウム26/08/15(土) 20:57:54

     
     呪力を得た。術式を得た。同時に、ダイナミクスに影響される脳を得、この身はSubになったという。
     己の身に起きたそれが事実であるならば、日車の常識からしても、自分が今、曲がりなりにもまともに動けている現実と整合性が取れない。
     回游中にどこかでPlayを? と家入は口にしたが、当然そんな記憶はない。省みるにひどい有様ではあったが、生憎と、記憶はすべて鮮明に残っている。
     仙台で、一人目の頭蓋をガベルで打ち砕いた感触から──東京で、二十二人目の全身をガベルで圧し潰した感触まで。血の匂いまで思い出せる。

     東京第一結界と呼ばれたあの閉鎖空間で、十日間で日車を襲った泳者の数は、四十一人だった。
     内、二十人は返り討ちにした。四人はこちらを見るなり逃走し、八人は術式を『没収』された段階で逃げを打ち、九人は『没収』後も抗ったが、敵わないと見るや逃げの一途を辿る者か、泣いて命乞いをする者に別れた。
     日車は去る者を追わなかった。手の内が知れた状態で復讐に来るなら、それでもいいと思っていた。
     日を追うごとに襲来する者の人数は減っていき、逃走した二十一人の内、誰ひとりとして、再び日車の前に姿を現した者はいなかった。
     

  • 4211/12 芸術劇場アトリウム26/08/15(土) 21:07:34

     
     日車に相対した瞬間に、いきなり「跪け」だの、「その場に伏せろ」だの、それこそ英語でこちらを屈服させたがる命令を出してくる者がいた。
     殺し合いの最中に、そんなことを言われてはいそうですかと膝をつく馬鹿がどこにいる、と問答無用でガベルを取り出し中空を叩いてしまえば、それで仕舞いだったが。
     今思えば、あれらはつまり、Domだった泳者により下されたコマンドだったのだろう。
     生憎と、日車にはその命令に従う必要はなかった。

     そうして──今日はひとりも来ないな、と暇を持て余した挙句、地下の劇場で大道具として用意されていたと思しきバスタブを舞台へ引きずり出した日。
     ──底。
     そう家入が呼んだ日だ。気分は正直に言って最悪だった。慢性的な頭痛と吐き気。ろくに睡眠は摂れず、胃は固形物をほぼ受け付けなくなっていた。当然だと思った。二十二人も殺しておいて、快適な精神状態でいられる訳がない。まともな思考回路を保ちたいなどと、そんなことは願うことすら許されない。
     それでもアドレナリンは出続けていた。術式を解明して得た強化術は、肉体と脳を補完し続けた。生命の危機に無条件で反応する戦闘本能などというものが、己の身の内にあるとは知りもしなかった。

     裁き、罰し、戦い、殺し、また裁き、罰し、戦い、殺し。

     その繰り返しの中で露呈する『被告人』の罪状は、日車が今まで弁護士としての十年近い人生で出会った依頼人に下された罪をまとめて差し引いても、膨大な負債が残るような重さだった。
     

  • 4311/12 芸術劇場アトリウム26/08/15(土) 21:16:18

     
     こんな無法が許されるのか。いや、死滅回游においては、総則だけが法だ。
     何の為に生きている。何の為に殺し合いに参加している。その理由を、総則の強制執行の実在性に求めた。誰の許可も、会議も、書類も判子も必要とせず、ただルールによってのみ下される刑罰。それを、見届けたい。

     もし、このまま誰も自分を殺しに来なければ。
     そのまま十九日が経過すれば。
     己の末路を、その代わりとしてもいい。

     そう考えるとどこか愉快で、肩の荷が下りた気がした。ああ、世に遍く蔓延る自暴自棄な犯罪者達の心持ちは、きっとこういうものだったに違いない、そう思うと何もかもが馬鹿らしくなって、スーツごと湯船に沈んだ。服と皮膚の隙間に入り込む暖かな湯の感触が、全身を赤く染める錯覚で心を満たした時。

     四十二人目として、彼が来た。
     

  • 44二次元好きの匿名さん26/08/16(日) 00:14:42

    「20人以上を返り討ち」の内訳これかー!殺したのと同じくらいの数見逃してあげてるの解釈一致すぎる
    そんであの時の日車はサブドロップ状態でもあったってことか…

  • 4511/12 芸術劇場アトリウム26/08/16(日) 06:02:13

     
     劇場からロビーへ足を進め、地下から一階に円形に吹き抜けたアトリウムに出た。ガラス屋根から差し込む光は、久々に拝んだ太陽だったはずだが、しかし然程なつかしい気持ちにはならなかった。
     それでも、ガラス越しのこの空のように──とはいかずとも、随分とマシな心持ちなのは確かだ。たとえ、鳩尾が相当の痛みを訴えていたとしても。
     しかし物理的な刺激にはどうしようもない。手をかざして目を細めたところで、背後から足音が駆けてきた。

    「日車!」

     足音を追い抜く勢いで名を呼ばれ、振り向くとつい先ほど劇場で別れたはずの泳者が、暗いロビーを走ってくる。ばら色の髪の年若い男だ。ジャッジマンによればまだ十代だ。自分で解っていて受けたとはいえ、鳩尾の痛みの原因だ。

    「……虎杖」

     眉をひそめた。どういうつもりだ。手打ちになったとはいえ、さっきまで本気で自分の命を奪いに来ていた相手を追ってくるなど。いやそれよりも、あんな"答弁"をした若者が、「君と一緒にいると自分を嫌いになりそうだ」などと口にした男に、わざわざついてくるとは思えない。
     来るな、とひとこと言って去ってしまえばいい。そう思う間もなく、虎杖悠仁は吹き抜けの影からアトリウムの光の下に飛び出してきた。

     目を奪われた。
     暗い劇場空間の人工的なライトでは、くすんだばら色に見えた彼の髪が、陽の光の下ではさくら色にひかって見えた。
     誅伏賜死の内側では、くらく沈んだ鳶色に見えた瞳が、今は陽光を反射して琥珀色に輝いている。
     だが、どんな状況下でも、こちらをまっすぐ見据えるその眼差しだけは、同じだった。
     顔面に走る傷跡さえいかついが、眼前に現れたのは、まだほんの少年だった。
     

  • 4611/12 芸術劇場アトリウム26/08/16(日) 06:10:30

     
     立ち去るタイミングを完全に逸した日車は、躊躇なく距離を詰めてくる虎杖の勢いに、そのまま呑まれた。
     たとえ、5点を寄越せと呪力の籠った拳を向けられても、ガベルを出現させる間すらなかったろう。

    「俺、アンタに礼言ってなかったと思って」
    「……何?」

     完全に虚を突かれた。あっけらかんと告げる虎杖は、それが自然なことであるかのように、日車の手を取った。

    「ほんっとにありがとう、マジで感謝してる」

     ぎゅう、と虎杖の両手は、日車の右手を握りしめている。ガベルを、処刑人の剣を、握って人の命を奪った、その右手を。

    「100点使ってくれたことも、コガネに頼む内容考えてくれたことも、俺に1点くれたことも、あと……うん、とにかく、お礼が言いたかったんよ。ありがとうな、日車」

     細められた目。上がった口角。暖かな掌。真摯な瞳。嘘偽りのない感謝の言葉。
     何をされているのか、何を言われているのか、日車の脳がそれを受け止めるのに、数秒、時間を要した。

     次の瞬間、膝から崩れ落ちるのではないか、と本気で思った。
     

  • 4711/12 芸術劇場アトリウム26/08/16(日) 06:20:01

     
     実際は、左手で額を抑えるだけで危うげなく立っていることができたが、下手をすれば目頭に熱いものが込み上げてきそうなほど、高揚感が脳内を駆け巡っていた。
     なるほど、と日車はどうにかこの混乱を飲み込んだ。この異常事態と、非道な行いの果てに、自分はこんなにも、まともな人との触れ合いに飢えていたのか、と。
     二週間前まで、自分は他人の頼まれごとを引き受け、助力になるべく働き、多くは感謝され、他者のよりよい明日の為になればと力を尽くしてきた。理不尽なこともあれど、大多数はそうだった。
     ネガティビティ・バイアスが仕事をしすぎるあまり、日車を生かしてきた数多の感謝の声を──大江が一審後に見せた涙でさえ、自分は記憶の彼方に葬っていたのだと、気付かされた。

    「日車?」
    「……いや、何でもない──手を」
    「あっ、わり。痛かった?」
    「平気だ。君こそ」

     汚れていないか、と問いかけそうになって口を噤む。何度洗っても、右手が真紅に染まっている幻覚を見ていたせいだ。
     そういえば、彼もまた、自分の意志で人を殺したことがあるのだと、そう言っていた。
     ならば、いいのか。
     ひどい自問かつ自答だと自覚しながら、虎杖から手放された掌を見る。陽光の下で、その手はかすり傷だらけだったが、汚れひとつなかった。
     

  • 48二次元好きの匿名さん26/08/16(日) 06:38:56

    このレスは削除されています

  • 49二次元好きの匿名さん26/08/16(日) 10:31:42

    虎杖にサブスペース入れられちゃった感じかな?ドキドキ

  • 50二次元好きの匿名さん26/08/16(日) 16:11:31

    てか日車の心情描写すごいな

  • 51二次元好きの匿名さん26/08/16(日) 17:32:23

    >>50

    まじでそれ

    特に虎杖と会う前の日車の心情って、ドムサブ関係なしにホントにこうだったんじゃないかって鳥肌立ってる

    解像度がひとつ上がるっていうか…


    ちょっと19巻読み返してくるわ

  • 52二次元好きの匿名さん26/08/16(日) 22:06:16

    スレ主は文豪?

  • 5311/12 芸術劇場アトリウム26/08/16(日) 23:23:59

     
     アドレナリンとは異なる脳内物質が沸いて出るのを感じながら、日車はほろ酔いに近いような眩暈を、首を振って振り払った。

    「礼など不要だ。そもそも人の命で得た点だ……それとも君は、俺が人を殺したことに礼を言うのか」
    「そうじゃねーけど。でも、日車のおかげで、この後、人殺さなくて済むようになる人は、絶対たくさんいるだろ。俺の仲間の……身内も、そうなんよ。
    死ぬか殺すかの極限の選択なんか、しないにこしたことねーじゃん」
    「……そうだな。君の言う通りだ。これで人を殺さずに済んだ者にサバイバーズ・ギルトを背負わせる気は、俺にも無い……礼を言われるとは思ってもみなくてな、捻くれた返答をした。
    そうだな、詫びに残りの点も譲るか?」
    「俺どんだけ強欲だと思われてんの……アンタやっぱりちょっと面白い人だろ」
    「冗談だ。俺だって十九日後、0点だったらどうなるか……どうするか判らん。この1点は、持っておきたい」
    「……ん? 待って、それどういう意味?」
    「ああ……そうか、さっき俺が『これでお互い十九日間は術式を剥奪されることはない』と言ったから、誤解を招いているな。訂正する。
    君も十九日後までに点が変動しなかったら、誰かにその1点を譲るといい。点の変動で、更に十九日は術式を剥奪されずに済むだろう」
    「あっ、そうじゃん! じゃあ実質三十八日は生き延びられるってことか。アンタほんとに頭いいな……マジでさ、一緒に来て、俺達に協力してくれよ」

     懲りずにこちらへ頼み込む声を、今度は真正面で受けてしまった。ぐ、と喉の奥で呼吸を噛み締める。そうしなければ、大きく息を吐いてその場にしゃがみ込んでしまいそうだった。

     誰かに必要とされることは、こんなにも多幸感をもたらすものだっただろうか。
     いや、それこそ己が失っていた初心だったのだろう。彼と相対して還りついた、今度こそ目を反らさずにいなくてはならない、自分の原点。
     

  • 5411/12 芸術劇場アトリウム26/08/16(日) 23:43:29

     
     劇場を出る時、その"依頼"を背中で受けていてさえ、日車はそれを明確に「断る」とは言えなかったというのに──結界へ入る前に殺人を犯.すような男だと知って尚、こちらを頼ろうとするには、余程の訳があるのだろう。
     そもそも、虎杖悠仁というこの少年は、彼自身は、何者なのか。
     仲間がいると言っていた。目的は既に明確だ、彼は──彼らは、死滅回游を、殺し合いの強制を、終わらせる為に動いている。
     ジャッジマンからもたらされた証拠には、ただ彼の内に巣食う「両面宿儺」という、呪物化し呪肉体となった存在の史実としての悍ましい経歴、そして渋谷の大量殺人においては、虎杖がその「指」を取り込まされたことにより肉体を乗っ取られていた、という経緯だけが記されていたにすぎない。

     自分は大昔の人間で、この死滅回游に参加する為に現代の人間の肉体を乗っ取ったのだ、という証言をする泳者が、何人かいた。
     最初は気が触れた人間の戯言だと思っていたが、ジャッジマンから共有された証拠もさることながら、術式を奪われても、勢い首だけになっても向かってこようとする連中が、揃って同じようなことを口走るので、否が応にも信じるほかなかった。
     日車が知る中で、その「大昔の人間」が、乗っ取った先の「現代の人間」と肉体内で共存している例は無かった。日車が知らないだけで、死滅回游の泳者にはそういったタイプがあり、虎杖はその一例なのかもしれない。

     10月31日。死滅回游に参加させるために、渋谷でこの少年に宿儺の「指」を食わせ、両面宿儺を受肉させた。そういう者がいるのだとして。
    『あぁ、俺が殺した』
    『俺が、弱いせいだ』
     あの言葉が、あの表情が、乗っ取られていた彼自身から紡ぎ出されるというのは、砂漠でひとつぶの砂金を見るに等しい稀有さだと、改めて思う。

     日車はちいさくかぶりを振った。依頼人の詳細を知ろうとする癖が出た。急に回り始めた頭に、この依頼を受けるとは決めていない、と釘を刺す。
     

  • 5511/12 芸術劇場アトリウム26/08/16(日) 23:57:58

     
     そっか……と虎杖が俯いた。
     日車が首を振ったのを、拒絶と取ったらしい。心苦しいという言葉では間に合わないくらいの物悲しさが胸を打った。

    「……悪いな。代わりと言っては何だが、もうひとつ、余計なお世話を言っておく」
    「あ、はい」
    「……かしこまらなくていい」
    「賢いやつの話はちゃんと聞いときたいんで」
    「好きにすればいいが……君は、君たちは、この後も得点を稼ぐのか」
    「もちろん。追加したい総則がまだある」
    「人殺しをせずに、か」
    「それはマストで。そのために日車に100点使ってもらったんだし」
    「そうか……なら、今後、相手が得点の譲渡に同意したら、1点を残して譲ってもらうようにするといい」
    「それは……今の俺らと、同じ理由で?」
    「そうだ。0点にしてしまうと、十九日間変動がなかった泳者は、点の変動の為には手段を選ばず、人を殺すかもしれない。点を残らず奪ったせいで、そいつに新たに殺人をさせたとは、君は思いたくないだろう」

     それはそう、と口元に手をあてて頷く虎杖の瞳が、明るく煌めく。

    「1点でも残っていれば、誰かに譲渡することで点は変動する。更に十九日の猶予が生まれる。
    犠牲を減らしたいなら──死ぬか殺すかの極限の選択など、させないにこしたことはない、だろう?」

     彼の台詞を拝借するとき、僅かに口角が上がったのを自覚して、内心ひどく驚いた。自分にはもう、真っ当な笑顔が許されるとは思っていなかったのに。
     そんな日車の内情を知らぬまま、虎杖は顔を上げて一瞬目を見開くと、はじけるように破顔してこう告げた。

    「そーだね! アンタの言う通りだ」
     

  • 56二次元好きの匿名さん26/08/17(月) 07:39:15

    保守

  • 57二次元好きの匿名さん26/08/17(月) 14:04:24

    言い回しと返事をお互いにマネすんのかわいすぎか?
    もう既に相性の良さがにじみ出てるよ…

  • 5811/12 芸術劇場アトリウム26/08/18(火) 00:00:22

     
     今度こそ、またな、と告げしな背を向ける。
     後ろ髪を引かれる感覚が無いと言えば嘘になるが、それでも日車には、人殺しの看板を首に下げたまま昔取った杵柄を気取って他者の為に動ける自負は、まだ無かった。
     が。そうは問屋が卸さなかった。みたび、背中越しに虎杖の声が飛んできた。

    「日車、さっきも今も、またなって言ったよな」

     こればかりは、呼ばれて足を止めてしまった自分が悪い。

    「結界から出られるようになったら、アンタを探すよ。そん時また頼むから、東京のどっかに居て! そんとき気が変わってたらさ、手ぇ貸してよ」

     懲りない男だ、と思わず大きく溜息を吐いた。吐き出してしまわなければ、口を開いた瞬間に喉の奥の涙の気配が声に混じってしまうと解っていた。
     額に手を当てて小さく首を振る。平衡感覚を取り戻してから、諦め、観念し、腹を括り、そして襟元に手を伸ばした。
     振り向いて数歩、虎杖に向き直り、手を出せ、と告げる。眼には怪訝そうな色が乗っていたが、素直に差し出された虎杖の左の掌に、右手の中身を手渡した。

    「これを」
    「え……弁護士バッジ、だろ」
    「そうだが、そうではなく。残穢、と泳者の一人が呼んでいた、目に見える呪力の残り香、とでも言うのか……俺にはまだ区別がつかないが、君には、これが俺のものだということが、見えるのか?」
     

  • 5911/12 芸術劇場アトリウム26/08/18(火) 00:27:22

     
     虎杖の目が、徽章からこちらへ映る。まるで眼球をつきぬけて頭蓋の奥まで見透かすような視線が、日車を捉えた。

    「うん」
    「なら、これをやる」
    「えっ、でもこれ、大事なもんじゃねぇのかよ」
    「もう、弁護士には戻れない……戻るつもりもない。今俺が身に着けている物の中で、最も長く俺が所有していたものがそれだったというだけの話だ」
    「……じゃあ、預かっとく。これ辿って絶対見つけるから、それまで死なんでよ」
    「ふ……東京は存外広いぞ。それに、俺の気が変わってない可能性もある」
    「それ、変わってる可能性もあるって言ってんのと同じだからな」

     思わぬ切り返しをされて言葉に詰まる。
     ここが法廷ならば、それが他者を救うためならば、瞬時にどんな詭弁も口に出来ただろうに。
     苦笑が漏れた。自嘲でもある。可能性と言う言葉を先に出したのは自分だった。

    「……生きている以上はな。生憎と、あらゆる可能性しかない」

     苦しい返答をしたが、不思議と舌に苦くはなかった。
     片眉を上げて、どこか面白そうな目つきでこちらを見ていた虎杖は、ふと掌の上の徽章に目を落とした。

    「誤解されたくねぇから言うけどさ。俺別に、日車が自首すんの邪魔しようとか思ってないから」
    「それは……そんなことは、微塵も考えてなかったな」
    「そう? なら、いいんだけど」

     僅かに瞼を落とした虎杖の応えはどこか穏やかで、それでいて硬質だった。何か、彼にしか理解できない、それこそルールや信念というものが、ゆっくりと握りしめられたその左手の内にあるかのようだった。
     

  • 6011/12 芸術劇場アトリウム26/08/18(火) 00:46:17

     
     振り返ることなく背を向けることは、結論から言えば、最終的には出来た。
     ただ、残念ながらと言えばいいのか、地下アトリウムから一階へ上がる最短ルートは、吹き抜けを縦断する動きの止まったエスカレーターを登っていく方法で、当たり前のように虎杖が見送ってくれたし、当然ながら声も飛んできた。

     外けっこう寒いからー! マジですぐ着替えなよ! そのままだとぜってー風邪ひくから!

     振り返らなかったのは、ほぼ羞恥のせいだと言って過言ではない。ただ、その声に左手を上げる程度の余裕はあった。
     鳩尾の痛みを忘れていたことに気付いたのは、一階のエントランスに立ってからだった。

     ガラス屋根から外へ出て、直接陽光を浴びる。
     アトリウムに居た時ほどの眩しさはもうなかった。
     ただ、服も皮膚も肉も骨も通り越して、心臓にじかに陽光の当たったような、その温かさは日が落ちても消えなかった。
     

  • 61二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 06:57:17

    描写が巧みで凄いとしか言えん(語彙力)

  • 62二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 08:46:06

    虎杖の存在とプレイ(無自覚)が五臓六腑に染み渡って健康になっとる〜!!

  • 63二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 09:10:38

    お互い自覚していないプレイともいえない触れ合いでこれなら、本格的なプレイしたらどうなっちゃうんだ?

  • 64二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 12:59:01

    エモすぎて魔女みたいな笑い声出た
    意図的プレイなんぞした日にはこの日車は爆散するんじゃないか?

  • 65二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 18:43:47

    久々に太陽見たのに(虎杖と会ってしまったので)あんまり眩しく感じないの、あれじゃん、「はじめてのルーブルは なんてことはなかったわ」じゃん…私だけのモナリザもとい私だけの太陽じゃん…

  • 66二次元好きの匿名さん26/08/19(水) 01:39:51

    またなの後にこんな会話があったのかもな〜と思うと胸熱だな
    スレ主の表現力が凄いから描写が想像しやすい

  • 67二次元好きの匿名さん26/08/19(水) 02:03:46

    「東京芸術劇場 アトリウム」で検索して出てきた写真見ると情景がリアルに想像できて最高だぞ
    ところでこの時の日車はまだ虎杖の目を見れてるんだな…

  • 68二次元好きの匿名さん26/08/19(水) 10:47:54

    早目保守

  • 6911/12 芸術劇場アトリウム26/08/19(水) 18:19:08

     
     ──今思えば。
     あれほど感情抑制の機能が低下しているかのような、心情の揺さぶられ方が過剰だったことは、自身がSubとなっていたからだ、という理由が判明してしまえば、日車にとって納得しかなかった。

     サブドロップという現象がある。

     ダイナミクスを持ち、Subの性質に傾いた者が、長期間他者と精神的な繋がりを得られなかったり、Play中に相手──大抵はDomから、賞賛を得られなかったり非道な扱いを受けたりした場合に、精神的なダメージを負うこと、及びその結果心身の調子を著しく崩すことを言う。これを他者が意図的に起こすことはSubに対する傷害罪にあたり、重いものは実刑となることも珍しくない。
     崩し方については人それぞれだが、二週間近く他者とまともなコミュニケーションを取ってこなかったSubは、大抵の場合、立ち上がる事すら難しくなるとされる。

     人間といえども群れる動物であることに代わりはない。それこそ店員と客としての一言二言の対話、電話やメールでの会話、ネット上の匿名でのやりとりまで含めて、すべてはコミュニケーションとなる。もちろん、そのすべてで悪意をばら撒き続けているのであれば、それは「まとも」の枠を出ているが、既にその者は脱落(ドロップ)してしまっているのだろう。
     社会で生きる以上、その"まともなコミュニケーション"を欠き続けるのは、逆に難しい。
     遭遇する人間すべてに、初手から命の値踏みをされる異常事態にでも陥らない限りは。

     死滅回游という異常事態と、呪力強化の経緯を踏まえても、日車自身の心身の状態はイレギュラーではある。それでも、鑑みるに、あれはサブドロップの一種ではあったのだろう。
     不調に明確な理由がつくことも、何によって復調したのかが判明することも、喜ばしいことだ。病に名前がつかないほど恐ろしいことはないし、復調したと思って放置していたら単に小康状態で悪化の一途だったと判るほど後悔することもない。
     そのはずだ。
     

  • 7011/12 芸術劇場アトリウム26/08/19(水) 18:32:47

     
     日車寛見をかたち作る輪郭という皮膚の内側、分厚い納得の肉と脂肪のなかに、確かに消えない失望が骨芯として存在している。
     己の身も心も苛んでいたのは、人の命を奪った罪の意識でも何でもなく、ただそういう性質を持つ人類として──もっと言えば生物として、変貌し、変容し、変質し、その直後に長期間、生存条件が不足していたがための反応にすぎなかったのか、と。
     同じように──感謝され褒められ認められ必要とされたことで、己の内に沸いたあの暖かな多幸感は、彼に導かれて初心に還りつけたからでも、そして相手が虎杖だったからでもなく、ただ乾いた地面として水を吸ったにすぎないということだったのか、と。

     ならばもし、自分が傍らにいつでもPlayできるパートナーを伴っていたら。
     あるいは、己がDomとなり、襲い来る泳者達を相手に強制的にコマンドを使用し欲求を満たしていたら。
     あるいは……これは呪力を得た以上、在り得ない仮定だが、Ordinaryのままでいたのなら。

     ──人を殺しても平常の心持ちで生きる為の衣食住を営み。
     ──彼に手を握られても震えるほどの喜びを得ない。

     そうなっていたと、言えてしまうのだろう。
     

  • 7111/12 芸術劇場アトリウム26/08/19(水) 18:59:41

     

     弁護士になってまだ数年の頃に思い浮かべた、益体もない考えが日車の記憶に蘇った。

     居候弁護士時代に目にした、悲惨な事件の顛末と、理不尽としか言えない犯人の動機にあてられ、己の精神安定を保つために捻りだした思考のひとつだ。

     曰く、肉体は心の乗り物なのではなく、実際は心こそ肉体を運用するためのプログラムに過ぎないのではないか、という──

     皮肉を気取った若造の、当時もずいぶん痛々しい思想だと思いながら、そういう人間もいるのだと考えれば多少なりとも呼吸がしやすかった。

     それが今になって、実体験を伴う説得力を以て、痛烈に己の身に突きつけられている。


     呪いの実在は身を以て証明した。だが、魂などどこにもない。

     失望という骨の奥の、髄の正体を知った。これは、落胆だ。


    ━━━━━━━━━━✦━━━━━━━━━━


    展開ダイス


    1 or 100:幕間《アトリウム、その後》

    ゾロ目:家入に薦められた治癒方法(選ばれたら開示)を選択

    それ以外:先生トリオによる解説《術師としての強さとステージの高さ》

    dice1d100=90 (90)


    開示ダイス(累積)

    □??の??(累計:5+9=14)

    dice1d10=9 (9)

    ■??の??(累計:9+1=10)

    dice1d10=10 (10)

     

  • 72二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 00:28:34

    全部の目が大きくてワクワク

  • 73二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 09:36:18

    保守

  • 74二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 17:12:30

    保守

  • 75二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 21:03:51

    そんなことないよ日車!あんたサブじゃなくても罪悪感クソ重野郎だったよ!って思ってからハッとした
    うまく言えないけど、自分があの時のぶっ壊れた日車のこと肯定したんだと思ったらトリハダ立った

  • 76呪術師の強さという胡乱26/08/20(木) 23:51:22

     
    「脳へのダメージについては、これはステージの程度にもよるんですが……その話を先にしますか」

     家入の声で我に返る。「脳がやられる」という物騒なワードで思考が飛躍していたらしい。

    「ああ……最初に、俺について"強い"という言い方をしていたな。それから、昨晩も聞いたが、日下部は俺を『一級相当』だと言った。術師としての"強さ"と関連する話か」
    「話が早くて助かります。とはいえ、呪術師の"強さ"を測るには決まった尺度が無さすぎて……比較対象は呪霊だし。『一級』の定義については?」
    「説明したぜ、術師全体の山のてっぺんだがそん中でもピンキリ居る、ってな。特級は雲の上だってのも含めて」
    「それは重畳……日車さん。呪術師のステータスを量るという意味で言えば、大きく分けて三つのジャンルがあります。呪力、術式、体術です。呪力においては単純で、これは保有できる総量が多いかどうかという話です。五条や乙骨には会いましたか」
    「ああ。戦闘時ではないが、会っただけで彼らの呪力量が途方もないのは伝わってきた。素人の俺に推し量れるものじゃない」
     

スレッドは8/21 09:51頃に落ちます

オススメ

レス投稿

1.アンカーはレス番号をクリックで自動入力できます。
2.誹謗中傷・暴言・煽り・スレッドと無関係な投稿は削除・規制対象です。
 他サイト・特定個人への中傷・暴言は禁止です。
※規約違反は各レスの『報告』からお知らせください。削除依頼は『お問い合わせ』からお願いします。
3.二次創作画像は、作者本人でない場合は必ずURLで貼ってください。サムネとリンク先が表示されます。
4.巻き添え規制を受けている方や荒らしを反省した方はお問い合わせから連絡をください。