なぜフェミニズムは「ジェンダー」という言葉を必要としたのか
フェミニズムが「ジェンダー」という概念を使うようになった理由を考えるとき、重要なのは、もともとこの言葉が生物学的性別(sex)を否定するために導入されたわけではないということです。
むしろ目的は逆でした。
生物学的性別(sex)と、社会が男女に割り当てる役割を区別するために、「ジェンダー」という概念が必要になったのです。
「女性だから」は、どこまで本当なのか
かつて女性に対して、さまざまな社会的役割が「女性だから」という理由で当然のものとして要求されていました。
たとえば、
「女性は子どもを産む」
↓
「だから育児は女性の仕事だ」
↓
「だから女性は家庭にいるべきだ」
という論理です。
しかし、この三つは同じ種類の話ではありません。
妊娠・出産には生物学的性別(sex)に関係する身体的な事実があります。
一方、
「育児は女性が担当するべきだ」
「女性は家庭にいるべきだ」
「女性はこういう服装をするべきだ」
「女性にはこの職業は向いていない」
といったものは、生物学そのものではありません。
社会が女性に割り当ててきた役割や規範です。
この二つを切り分けるために、フェミニズムにとって「ジェンダー」という概念が非常に便利だったのです。
sexとgenderを分ける
1970年代、この区別をフェミニズム理論の中で明確に提示した人物の一人が社会学者アン・オークリーです。
1972年の『Sex, Gender and Society』では、大まかに言えば、
sex=生物学的な男女の区別
gender=社会的・文化的な男らしさ/女らしさ
という区別が示されました。
ここで重要なのは、
genderを導入したからsexがなくなったのではない
ということです。
むしろ、
sexとgenderは違う
と言うためにgenderが必要だったのです。
「女性だから料理をする」は生物学ではない
この区別を使えば、
「女性だから妊娠する可能性がある」
という話と、
「女性だから料理をするべきだ」
という話を区別できます。
前者は生殖に関係する生物学的性別(sex)の話です。
後者は社会的な性役割、つまりgenderの話です。
フェミニズムにとって重要だったのは、この二つを混同しないことでした。
「女性だから」という一言によって、社会的な役割まで生物学的必然であるかのように扱われることに異議を唱えたわけです。
「女らしさ」は女性の本質なのか
この問題意識は、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの有名な
「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」
という議論ともつながっています。
もちろん、ボーヴォワール自身が現在使われているsex/genderという用語体系を完成させたわけではありません。
しかし、
「社会が女性に要求する『女らしさ』は、女性の身体から必然的に導き出されるものなのか」
という問題意識は、その後のフェミニズムに大きな影響を与えました。
ところが「ジェンダー」の意味が変わっていく
ここから話が少し複雑になります。
1970年代のフェミニズムで使われた典型的な区別を単純化すれば、
sex=生物学的性別
gender=社会的に作られた性役割・規範
でした。
ところが、その後のフェミニズムやクィア理論では、この構図自体が問い直されていきます。
1980年代から90年代になると、ジュディス・バトラーなどによって、genderだけではなく、sexというカテゴリーを私たちがどのように理解しているのかについても議論されるようになります。
さらに現在では、「gender」という言葉が「gender identity」という意味でも頻繁に使われています。
ここではgenderが、
「社会が女性に押し付ける役割」
ではなく、
「自分自身をどのgenderとして認識するか」
という内面的なアイデンティティの話になっています。
これは、1970年代のフェミニズムがsexと区別するために使ったgenderとは、かなり性格の異なる概念です。
同じ「ジェンダー」という言葉でも中身が違う
だから、「フェミニズムがジェンダーという概念を作った」とだけ説明すると、現在の議論では混乱が起こります。
少なくとも、
① 生物学的性別(sex)
② 社会的な性役割としてのgender
③ 個人の内面的認識としてのgender identity
は分けて考える必要があります。
歴史的にフェミニズムがgenderという概念を必要とした大きな理由は、
「女性の身体」と「女性に押し付けられた社会的役割」は同じものではない
と主張するためでした。
つまり、出発点にあったのは、
「女性だから、こう生きなければならない」という社会的拘束から女性を解放すること
だったのです。
この歴史を押さえておかないと、1970年代のフェミニズムが語った「gender」と、現在語られている「gender identity」を、あたかも最初から同じ概念だったかのように理解してしまいます。
「ジェンダー」という言葉の歴史を見ると、むしろその意味が時代とともに大きく変化してきたことが見えてきます。


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