雇用維持のために賃金据え置きを受け入れた日本人
首藤:一つは、日本の雇用慣行の問題があると思います。日本では、とりわけ大企業の正社員を中心に、長期雇用が重視されてきました。そのため、労働者の賃金よりも雇用を守ろう、すなわちリストラを避けようとする意識が強く働いていたと考えられます。そのため、雇用を優先的に守るために賃上げ要求を抑えるようになった。
もちろんこれだけが理由ではありませんが、賃金が雇用維持のための調整弁として使われてきたことは大きな要因だったと考えています。
従来、日本は賃金を比較的柔軟に調整できる慣行を持ってきた国です。不況や一時的な需要の落ち込みといったショックに対して賃金を調整することで雇用を守り、ショックが去ったら賃金も元の水準に戻すというのが日本の雇用システムでした。
ただ、この30年間を見ると、一時的なショックではなく交易条件の悪化という長期的な問題に対しても賃金で調整し続けてきた。そこが、日本経済の歪みになってきたのではないかと思っています。
──賃金ではなく、価格を調整弁にするという選択肢もあったはずです。なぜそうならなかったのでしょうか。
首藤:デフレの時代が長く続いて、多くの人がそれを当たり前だと感じてしまったためだと思います。
デフレが続く中では、企業が価格を上げることが競争力を失うことを意味します。価格を維持する、ないしは下げることが競争力となるという考えが日本経済に深く根付いてしまったのです。いわゆる、ゼロインフレ・ノルムです。
その結果、価格競争が非常に厳しくなり、賃上げができないという仕組みが出来上がってしまったのではないかと思います。
ただ、デフレだったから賃金が上がらなかったという話はよく耳にしますが、賃金を上げずに済んだからデフレ経済を成立させることができたという側面もあると思っています。
賃金を上げずに済んだ背景として、労働組合が強く要求しなかったからではないかという指摘もあります。ただ、組合の責任だけに帰することができるのか、私は疑問も感じています。
組合が弱かったとすれば、なぜ日本でこれほど長期雇用や雇用の安定性が維持されてきたのか、うまく説明できないからです。
組合は雇用維持を重視し、それを実現してきた面があります。つまり組合は、雇用維持を取る代わりに賃金の柔軟性、すなわち据え置きを引き受けたということだと思います。
それは組合だけではなく、日本の労使が選んできたものだったのでしょう。暗黙の了解、慣行といってもいいかもしれません。