元分科会長・尾身茂氏が語る新型コロナ…あのパンデミックの“真相”と「今も意識すべき3つのこと」
2020年に突如として世界を混乱に陥れた、新型コロナウイルス。緊急事態宣言や経済対策をめぐり、正しい情報と誤った情報が入り乱れて発信されました。今はすでに「過去のこと」「終わったこと」として捉えている人も多いのではないでしょうか。しかし、感染症まん延時に何を意識し、どのような行動をすべきだったのかという点では課題が残されています。コロナ禍で専門家の間では何が議論されていたのか。そして、その経験を教訓に、私たちはこれから何に目を向けておくべきなのか。元新型コロナウイルス感染症対策分科会会長で、現在は結核予防会理事長を務める尾身茂先生に、当時の舞台裏と、当時の社会的危機が私たちに知らしめた「忘れてはならない今後の備え」を伺いました。
緊急事態宣言の発出基準は「死者数」でも「感染者数」でもなかった
編集部: 当時の感染対策で印象深いのはやはり緊急事態宣言です。3年半で複数回発出されましたが、そもそも何を目安に決めていたのでしょうか。 尾身先生: 日本はパンデミック当初から「感染対策」と「社会・経済」の両立を目指してきました。感染状況の変化に応じ、どちらに軸足を置くかの判断には、感染者数や死亡者数はもちろん考慮しました。これら以上に重要視したのは「医療のひっ迫状況」でした。医療が崩壊すれば、救える命も救えなくなり、社会が混乱します。両者のバランスをとるカギこそが「医療のひっ迫状況」だったのです。医療がひっ迫しそうになれば緊急事態宣言のような強い対策を打ち、落ち着けば緩める「ハンマー&ダンス」と我々が呼んだこの方法が日本の対策の特徴で、ほかの国々で実施された、長期間継続したロックダウンとは異なる方法でした。「ハンマー&ダンス」は、3年間で4回繰り返しました。
海外の強制的なロックダウンとは違い、日本の宣言は罰則のない要請が基本でした。しかも対策を緩めていた「ダンス」の期間のほうが長かったのです。 第1波は死亡者が少なかったにもかかわらず宣言を出しました。この理由は、当時はごく一部の医療機関しかコロナ患者を診ておらず、そうした医療機関が崩壊寸前だったからです。 逆に、死亡者が最多だった第8波では、宣言のみならずまん延防止等重点措置さえも発出していません。ワクチンが普及し、患者さんを診る医療機関も増えてきたため、宣言を出さずに対処できたからです。 編集部: 致死率が低くなってきたので、普通の風邪と考えてよいのではという声も途中から出てきました。実際にはどうなのでしょうか。 尾身先生: 亡くなる人の数は、「致死率」と「感染伝播力」との掛け算で決まります。たとえば致死率が10分の1に下がっても、感染伝播力が200倍になれば、死亡者は20倍になります。実際に、オミクロン株が主流となった第6~8波では、致死率は確かに低くなりました。しかし感染伝播力がそれをはるかに上回ったため死亡者数は増加しました。新たな病原体によるパンデミックは今後も起こり得ますし、インフルエンザのように流行を繰り返す感染症もあります。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とならないようにすることが大事です。 編集部: 死亡者数が増えたとは意外です。コロナは時期を問わず流行の波があり、一年を通じて警戒が必要な感染症なのですね。「喉の痛みが強い」「咳がひどい」などの症状だけでコロナか否かを自分自身で見分けるのは難しいので、気になるときは様子見ではなく、悪化しないうちに受診することを意識したいですね。