私が先日御嶽山に登っている間に、仲良しの四谷くんは正岡子規に詳しくなっていました。

特に、子規が否定して回ったものに関して興味をもったようです。


『三鬼』(おもしろい小説)で、

「一般に子規は創造者とみなされることが多いが、実際のところ彼の短い人生は徹底的な破壊に終始しており、もし彼の弟子たちがこれらを再建しなければ、一種の破壊狂として文学史に名を遺した可能性もある」

という一節がありましたが、ほんとうに正岡子規はたくさんのジャンルにノーをつきつけまくったのだとか。連歌とか和歌とか歌仙とか。

三鬼
小林恭二
講談社
2026-06-24



子規は大病したイメージが強いですが、その病床で執筆される批判はある種の鬼気をまとっているそうです。四谷くんは、「否定がずっとシリアス」だと言っておりました。

子規のつづった文章と、俳句・短歌の大きな歴史を一つ一つ踏まえてから言うべきことを言っちゃいますが、子規の評論が今の俳句や短歌の枠組みをある程度形づくっているのは、彼の晩年の生きざまにも寄るところが多い気がします。

まあでも、俳句や短歌に限らず、あらゆるジャンルにおいて、カリスマ性のある人が「あかん」と言ったものは「あかんもの」と認識されるか・・・とも思います。

あと、子規と言えばベースボールへの傾倒ですが、四谷くんからこんな耳寄り情報がありました。


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「子規、キャッチャーやったんや」と思いました。

めっちゃ野球好きやから、なんか勝手にピッチャーやと思ってました。

キャッチャーで雅号が「野球」なん、なんかええなとも思えてきました。