ロシアが黒海封鎖を決断した本当の理由——欧州に残された時間はない
ロシアがついに西部黒海を閉鎖した。オデッサの港湾施設は組織的に破壊され、航行する船舶は警告なしに攻撃される。世界最大の海運会社であるマースクは、この海域への船舶派遣を全面的に停止した。これはもはや 限定的な報復ではなく、完全な経済戦争への移行を意味する。
この決断の背景には、ある精神の死があった。「アンカレッジの精神」である。2023年、米中高官会談の場で語られたこの言葉は、対立しつつも対話を続けるという姿勢を象徴していた。しかしロシアは今、その残滓すら葬り去った。なぜなのか。答えは単純だ。欧州に交渉の相手がいないからである。
私がロシアに戻って16年になる。この間、ロシアは一貫して欧州全体の安全保障構造を提案し続けてきた。1886年に皇帝ニコライ2世が国際連盟構想を提起して以来、スターリンもプーチンも、同じ提案を繰り返してきた。NATOへの加盟さえ申し出た。しかし欧州は毎回それを拒否し、むしろロシア国境への拡大を続けた。
根本にあるのは地理的脆弱性だ。ロシアには自然の障壁が乏しく、とりわけ南部はウラル山脈から中央ヨーロッパまで続く大平原で、歴史的に侵略の通り道だった。2014年のウクライナ政変でNATOがクリミアを「不沈空母」化しようとしたのは、この弱点を突く戦略にほかならない。ロシアを黒海から締め出す計画だったのである。
しかし、現実はその逆に進んだ。ロシアは黒海西部を封鎖し、ウクライナの輸出能力を完全に破壊した。オデッサだけでも年間500億ドル相当の穀物、鉄鉱石、ひまわり油が輸出されていたが、今やその道は絶たれた。
ここで視点を変えてみる必要がある。西側から見ればこれは一方的な侵略だが、ロシアの立場に立てば、これは140年にわたる提案の拒否に対する最終的な回答である。欧州のエリートたちは、ロシアを信用できない相手と決めつけてきたが、果たしてどちらが信用できないのか。ミンスク合意は履行されず、トルコ仲介の停戦案も裏切られた。戦時中にロシア民間施設を狙ったテロ作戦には、アメリカの標的指示が不可欠だった。
欧州の指導者たちは、この戦争を「よい戦争」と考えていた。ウクライナ人の命を消耗品とみなし、ロシアを出血させる好機と見ていた。死者が200万人を超えても、彼らはパーティーを続けている。しかし今、戦場の現実は彼らの想定を完全に裏切っている。ロシアの年間戦車生産数は1200〜1500両に達し、NATO全体の年間生産数50両を圧倒している。軍事予算はGDP比7%だが、これは戦時経済の上限ではない。
このままではロシア軍は止まらない。ハリコフ、スーミ、そしてドニエプル川の西岸へ——そこに住む人々がロシア国籍を得れば、次の緩衝地帯が必要になる。発砲する相手がいる限り、前線は西へ西へと移動し続けるだろう。フィンランドは永遠の中立を捨て、欧州の「最果て」に戻った。スイスの中立も形骸化した。信頼できる仲介者は消えた。
欧州が第三次世界大戦を望まないのなら、選択肢は明白だ。ロシアを撃たなければ、ロシアも撃たない。この単純な現実を受け入れるしかない。だが、エプスタイン型のエリートが支配する現在の欧州に、その理性が残されているとは思えない。
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Stanislav Krapivnik(元米陸軍将校、ドンバス出身)、Glenn Diesen
対談『Stanislav Krapivnik: Russia’s Ukraine Strategy & Preparations for War with Europe』(『スタニスラフ・クラピヴニク:ロシアのウクライナ戦略と欧州との戦争に向けた準備』)
Stanislav Krapivnik: Russia's Ukraine Strategy & Preparations for War with Europe
youtu.be/GrvgnQ4bXKA