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日本の刑罰は海外に比べて軽すぎるのか――罪と罰の均衡、厳罰化の限界、そして求められる刑事政策――

筑波大学教授
提供:イメージマート

「日本の刑罰は軽すぎる」「被害者が置き去りにされている」――重大事件の報道があるたび、こうした声がメディアやSNSを通じて広がります。

 特に殺人、性犯罪、危険運転による死亡事故の判決において、加害者が比較的短期間で出所する事例が報じられると、「命の重みが刑罰に反映されていない」という憤りが強くなります。

 司法制度への信頼は、被害の重大性と刑罰の重さが釣り合っているかどうか、つまり「罪と罰の均衡」に大きく左右されるのです。

量刑は本当に軽いのか?

 日本の刑罰は法定上、決して軽いわけではありません。殺人罪の法定刑は無期懲役または5年以上の有期懲役であり、国際的に見ても厳格な部類に属します。

 しかし、実際の運用を見ると、無期懲役や死刑が選ばれる割合は高くなく、10〜20年程度の有期刑が中心です。米国では終身刑(仮釈放なし)や40年以上の長期刑が一般的であるため、比較すれば「軽い」と感じられても不思議ではありません。

 こうした認識を背景に、日本でも近年は量刑の見直しが進んできました。飲酒運転やあおり運転の悲惨な事故を受け、2001年に「危険運転致死傷罪」が創設され、2013年には法定刑がさらに引き上げられました。

 また性犯罪についても、2017年および2023年の刑法改正により、被害者の告訴がなくても起訴可能となり、「不同意性交等罪」等が新設されるなど、被害者の尊厳を重視した方向へと変化しています。これらは「命や身体の価値を軽視する量刑は是正すべき」という国民感情に応えたものといえるでしょう。

厳罰化は犯罪を抑止するか?

 とはいえ、刑罰を重くすれば犯罪が減るのかといえば、答えは単純ではありません。犯罪心理学や犯罪学の研究では、刑罰の厳しさそのものは犯罪抑止に大きな効果を持たないことが繰り返し示されています。

 重要なのは、刑罰の「重さ」ではなく「確実性」、すなわち違法行為をすれば確実に検挙されるという認識です。

 カナダの心理学者BontaとAndrewsは、厳罰化が再犯防止に逆効果となることを明らかにしています。長期の服役は、犯罪者同士のつながりを強める「犯罪学校」のような機能を持つほか、社会復帰に必要なスキルや人間関係を失わせ、出所後の生活を不安定にします。また「一度犯罪者になったのだから、またやるだろう」というレッテルが貼られることで再犯の可能性が高まる、いわゆるラベリング効果も確認されています。

 このように、厳罰化一辺倒では犯罪を減らせないのです。むしろ、感情的な厳罰化は再犯を増やし、社会全体の安全性を低下させる恐れさえあります。

刑務所のコストという現実

 もう一つ、忘れてはならないのがコストの問題です。刑務所の維持には膨大な費用がかかります。法務省の統計では、受刑者1人あたり年間数百万円が必要とされ、日本全体で年間2000億円以上が投じられています。

 再犯で再び収監されれば、この負担はさらに増します。効果が薄い厳罰化策に多額の税金を投入することは、財政的にも非効率なのです。

被害者軽視の構造と必要な改革

「量刑が軽い」「被害者が軽視されている」との批判には、戦後日本の刑事司法が加害者の改善・更生を重視してきた歴史が影響しています。刑務所は「改善施設」とされ、教育や職業訓練を通じた社会復帰が重視される一方で、被害者の意見が量刑に直接反映される仕組みは長らく存在しませんでした。

 この構造は、被害者にとって大きな心理的負担となります。刑罰が被害の重大性を十分に反映していないと感じることは「二次被害」を生み、トラウマの固定化、司法不信、社会的孤立につながるのです。近年導入された被害者参加制度は前進ですが、依然として十分とはいえません。

 また、被害者に国が金銭的な補償をする犯罪被害給付制度もありますが、十分とは言いがたい状況です。

求められるのは「適正な量刑」と「実効性ある再犯防止」

 では、どうすればよいのでしょうか。
 第一に、罪罰均衡を確保しつつ、被害者の声を十分に反映させることが必要です。被害者参加制度の拡充や心理的支援の充実は、司法への信頼回復に不可欠です。

 第二に、科学的根拠に基づく再犯防止策の強化です。認知行動療法など、再犯リスクを低減させるプログラムを刑務所内外で行い、出所後も就労支援や生活指導を通じて社会に再統合させる。こうした取組みが、社会の安全に最も寄与することは多くの研究が示しています。

 第三に、司法の透明性向上です。なぜその刑期になったのか、どういう基準で判断されたのかを市民に分かりやすく説明することで、「納得感」を高めることができます。

おわりに

 日本の量刑は、国際比較の中で「軽い」と批判されることが多々ありますし、多くの国民がそう感じているでしょう。

 しかし、厳罰化だけでは犯罪は減らせません。むしろ、被害者を尊重し、科学的に裏付けられた再犯防止策を講じ、罪と罰の均衡を保つことが、真に安全で公正な社会を築く道です。

 司法の目的は「復讐」ではなく、「社会の安全と被害者の尊厳の確保」にあります。感情に流されず、エビデンスに基づいた刑事政策を求めることが、社会の一員としてのわれわれの責任であり、われわれ自身とわれわれの社会を守る健全な態度なのです。

参考文献

  • Andrews, D. A., & Bonta, J. (2017). The Psychology of Criminal Conduct (6th ed.). Routledge.
  • Nagin, D. S., & Pepper, J. V. (Eds.). (2012). National Academies Press. https://doi.org/10.17226/13363
  • 法務省. (2024). 矯正統計年報. https://www.moj.go.jp
  • Tyler, T. R. (2006). Why People Obey the Law. Princeton University Press.

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ありがとうございます。
筑波大学教授

筑波大学教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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