「もうミルクがない」あの日、避難所でスマホ握った女性 15万人が頼る「イマココナビ」はどう生まれたか
7月28日午後4時27分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の「令和8年熊本地震」が発生した。宇城市と氷川町で震度7を観測し、熊本県内の広い範囲で建物やライフラインに深刻な被害が出た。
その日の夜、御船町で被災し、家族と避難所にいた一人の女性が、スマートフォンを手にウェブサイトをつくり始めた。
加悦美里さん。
完成したのは、営業しているスーパーやコンビニ、ガソリンスタンド、給水所、炊き出し、物資配布、断水・停電、ボランティア募集など、被災生活に必要な情報を住民同士で共有する「イマココナビ」だ。登録は不要。誰でも情報を投稿し、追記し、閲覧できる。投稿時刻や更新内容も確認できるため、「今、この瞬間」の情報を探しやすい。
地震が発生した日の午後10時ごろに制作を始め、日付が変わった午前1時ごろには公開。その後、利用者は急増した。
加悦さん提供のアクセス記録によると、震災後7日間でおよそ15万人が利用。書き込みは4万3000件、登録された店舗や支援拠点などは、8月5日時点で4300スポットに達した。最大同時接続数は3395だった。
被災者自身が、なぜこれほどの情報基盤を短時間で生み出すことができたのか。加悦さんに話を聞いた。
◆避難所で目にした「ミルクがなくなる」「ガソリンを入れられなかった」
地震が発生した夕方、加悦さんの自宅では停電が起き、その後、断水した。スーパーはすぐに閉まり、買い物もできない。加悦さん自身は何とかガソリンを入れることができたものの、翌日からの生活をどうするか、見通しが立たなかった。
午後7時ごろ、家族と近くの避難所へ移動した。テレビもなく、加悦さんはスマートフォンで熊本の状況を確認し続けた。
SNSには、同じように困窮する人たちの投稿が相次いでいた。
「ガソリンを入れられなかった」
「ストックしていたミルクがなくなる」
「もうオムツがない」
その投稿の下には、「このガソリンスタンドは開いていました」「あの店では買えました」「そこはあまり並んでいませんでした」といった返信が寄せられていた。
加悦さんは、そのやり取りを見ながら考えた。
「個々でSNSでやり取りするより、みんなが同じところに書き込めるサイト、掲示板みたいなものがあれば、無駄な行動をする人が減ったり、便利なんじゃないかなと思いました」
店を一軒ずつ探し回るためのガソリンも、被災地では貴重だ。行った先で商品が売り切れていれば、体力も時間も失われる。点在する情報を、一つの場所に集める必要があった。
◆10年前の経験から、必要な情報が見えていた
加悦さんには、10年前の平成28年熊本地震で被災した経験がある。
当時、自宅では断水と停電が起き、加悦さんが営んでいた美容室では、断水、停電、ガスの停止が約2週間続いた。子どもはまだ3歳と5歳。ガソリンだけでなく、オムツなどの生活用品を確保することにも苦労した。
当時の主な情報源はFacebookだったが、知人の投稿をたどることが中心で、熊本全体の状況を把握することは難しかったという。
「初動で絶対に混乱が起きるというのは、10年前の経験からも分かっていました。震災直後にどういう情報が必要かは、大体見当がついていました」
10年前に自分が探し続けた情報。それが、イマココナビの最初のカテゴリーになった。
スーパー、コンビニ、ガソリンスタンド、給水所、水をくめる場所、トイレ。その後、利用者の要望を受け、コインランドリーや飲食店、断水、停電などの情報も加えていった。
◆午後10時に制作開始、午前1時に公開
加悦さんは普段から仕事で生成AIを使い、簡単なウェブサイトやアプリをつくった経験があった。しかし、大勢が同時に利用する災害情報掲示板を開発した経験はない。
避難所で午後10時ごろ、生成AI「Claude」を使って制作を開始した。日付が変わるころに一度自宅へ戻り、サーバーの準備を進め、午前1時ごろには公開した。
地震発生から、わずか半日足らずだった。
公開直後は、加悦さん自身がSNSで見つけた数件の情報を書き込んだ。さらに、買い物に困っている人の投稿を見つけては、コメント欄にイマココナビを紹介した。
翌朝には、商工会青年部やPTAのグループLINE、自身のInstagram、Threads、Xで共有を呼びかけた。広告は一切使っていない。
それでも、情報は爆発的に増えた。
7月29日午前9時には250スポット、午前11時には500スポット、正午には1000スポットに達した。
「最初は私も、SNSで見つけた本当に数件を入れただけです。それ以外は、ユーザーの方が書いてくださいました」
利用者は、単に「店が開いている」と書くだけではなかった。
「2リットルの水は2本まででした」
「今、30人ぐらい並んでいます」
「炊き出しは何時から何時までで、これぐらいの量があります」
自分自身も被災し、余震や断水、暑さに耐えている。それでも、「イマココナビにも書いておこう」と、次に来る人のための情報を残していった。
「皆さんが皆さんを支えているんです。私は本当に最初の初動だけ。あとはもう、勝手にというか、生き物みたいになっています」
加悦さんはそう話した。
◆「県は復旧」と「うちはまだ」の間にある情報
行政や報道機関による情報は欠かせない。しかし、「何世帯で水道が復旧した」「地域全体で停電が解消した」という発表だけでは、一人ひとりが自宅へ戻れるかどうかまでは分からない。
加悦さんによれば、県から「全域で電気が復旧した」と発表された後にも、「まだうちには来ていません」という書き込みがあった。
避難所にいる人からは、「自宅の地域で断水や停電が復旧したら戻りたいので、地域の情報が分かるのは助かる」という声も寄せられた。
「公的なところがやることはもちろんあると思っています。そちらが駄目というわけではありません。被災者側から、下から上にというか、今この瞬間の声を共有できる。イマココナビをつくったことで、熊本全体がどういう状況で、それがどう変化しているのかを、リアルタイムに感じることができました」
行政から発表される情報と、住民が蛇口をひねり、店頭に立ち、道路を走って確認した情報。その二つを組み合わせることで、被災地の状況は初めて立体的に見えてくる。
イマココナビのサイト上にも、「情報は投稿時点のもの」「状況は刻々と変わる」と明記され、投稿時刻や最終確認を参考にしながら、可能であれば現地や公式情報も確認するよう呼びかけている。住民の情報が行政情報を置き換えるのではなく、互いを補完する仕組みになっている。
◆お年寄りには「大きな水」より「小さな水」
イマココナビに集まったのは、大きな被害情報だけではない。
足が悪く、物資を受け取りに行くことができない高齢者の存在が書き込まれ、それを見た人が個人宅へ物資を届けたケースがあった。
支援する側は、大きなペットボトルの水を届けた方が役立つと思いがちだ。しかし、高齢者の中には重くて持ち上げられない人もいる。そのため、小さなペットボトルの詰め合わせが重宝された。
食料も、米があれば誰でも食べられるわけではない。介護が必要な人には、柔らかいご飯やおかゆが必要になる。犬や猫だけでなく、特殊なペットの餌を求める声もあった。
「言われなければ絶対に分からない、本当に細かいニーズが伝わるところが大事だと思います」
加悦さんはそう語る。
避難所へ行くことができない被災者もいる。
ペットを飼っている人、幼い子どもがいる家庭、プライバシーや防犯への不安を抱える女性、移動手段を持たない高齢者。インターネットで自ら声を上げられない人の代わりに、家族や孫が情報を書き込む例もあるという。
避難所にいる人だけが、被災者ではない。
イマココナビは、行政や支援団体から見えにくい「在宅被災者」の小さなSOSを、表に出す役割も担い始めている。
◆利用者の声を受け、約70回改修
イマココナビは、公開時の姿のままではない。
当初、断水情報には「断水」と「復旧」の選択肢しかなかったが、「濁水も加えてほしい」という要望が寄せられた。店や給水所の情報だけでなく、物資支援、ボランティア募集、追記、ステータス変更、お気に入りなど、被災地の状況変化に合わせて機能が追加された。
取材時点までに、加悦さんは約70回、サイトを改修したという。
「一人でつくっているからこそ、柔軟に変えることができました。本当に皆さんと一緒につくったという感じです」
誰でも投稿できるサイトでは、誤情報やいたずらへの懸念もある。
そこで、別々のアカウントから3件の通報が集まった投稿は、自動的に表示されなくなる仕組みを導入した。加悦さんによれば、取材時点で目立ったいたずらはほとんどなく、利用者自身が情報を確認し、不適切な投稿を通報する「地域のパトロール」が機能しているという。
◆3日間でサーバー代13万円、個人で抱えた負担
一方、急激な利用拡大は、加悦さん個人に大きな負担をもたらした。
最初のシステムは、画面を更新するたびに大量のデータを読み込む設計だった。予想を超えるアクセスが集中し、公開から3日間で約13万円の利用料が発生した。
費用はすべて、加悦さんが自費で負担していた。
その後、株式会社エルボーズの技術支援を受け、必要なデータだけを読み込む仕組みや、差分同期、遅延読み込みなどの改修を実施。提供資料によると、システムの負荷とコストを大幅に削減したという。
それでも、サイトがいつまで必要とされるのかは分からない。被災地の復旧が長期化すれば、運営と改修も続けなければならない。
加悦さんはクラウドファンディングを開始した。8月5日の取材時点で、寄せられた支援は約35万円。まずは熊本で必要とされる間、サイトを維持し、支援額に余裕が生まれれば、今回の経験や仕組みを整理し、ほかの地域でも活用できる形につなげたいとしている。
◆「災害が起きたら、まずイマココナビを見る」
御船町周辺では日常を取り戻し始めている地域もある。しかし、八代、宇城、氷川などでは、これからようやく店が再開し、炊き出しや物資支援の情報が必要になる地域も残っている。
「熊本が元気になるころまで、必要であれば、要望があれば続けたいと思います。まだ必要な地域で混乱が避けられ、いいように使ってもらえるなら、ぜひ続けたいです」
加悦さんは、イマココナビを熊本だけの仕組みで終わらせたくないという。
「災害が起きたら、まずイマココナビを見ればいい。そして書き込めばいい。こういうふうに使えばいいということを知ってもらいたい。それが、どこでも使える状態になれば一番うれしいです」
最後に、全国の人へ伝えたいことを尋ねた。
「サイトを見てもらえれば、熊本のリアルがすごく分かります。それと、全然関係のない、知らない人のために何かをする人が、こんなにいるということを知ってもらいたいです。希望を感じられると思うんです。私もイマココナビの中から、すごく希望をもらっています」
助けたいと思っていても、何を送ればいいのか、どこへ行けばいいのか分からない人は多い。イマココナビには、支援を必要とする人の声だけでなく、「自分に何ができるのか」を探している人のための情報も集まっている。
大きな災害が起きると、ニュースの主語は「熊本」「被災地」「避難者」と大きくなっていく。
しかし、暮らしを支えるのは、「この店には水が何本ある」「この地区ではまだ蛇口から水が出ない」「この人には小さなペットボトルが必要だ」という、小さな主語の情報だ。
被災者だった加悦美里さんが、避難所でつくった一つの掲示板。それは今、15万人の利用者が互いの生活を支え合う、共同の情報インフラへと育っている。