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呉の慰霊 継承の現実 軍艦 「艦これ」若年層取り込む 空襲 深刻な担い手不足に直面

 戦後81年。体験者が減る中、呉では地域住民が中心に慰霊を続けてきたが、担い手不足が課題だ。呉ゆかりの人気ゲーム「艦隊これくしょん(艦これ)」をきっかけに碑の維持に関わる人が現れるなど、軍艦にちなんだ慰霊は若年層を取り込む動きもある。一方で空襲関連は深刻な担い手不足に直面している。(桧山菜摘)

 旧海軍の艦船や部隊ごとの慰霊碑91基が並ぶ上長迫町の長迫公園(旧海軍墓地)。管理する呉海軍墓地顕彰保存会によると、かつてはそれぞれに遺族などの会が登録されていたが、現在の登録は2団体と少数の個人となった。園内の清掃に協力する海上自衛隊やボランティアは重要な存在だ。

 艦これファンで福山市の会社員矢野清吉さん(29)もその一人。好きなキャラクターのモチーフとなった駆逐艦白雪を含む「第十一駆逐隊慰霊碑」と周辺をファン仲間たちと草を刈るほか、地面の舗装や砂利敷きも自費で行った。

 約10年前、初めて手を合わせた碑の周りは落ち葉も多く、地面のコンクリートの一部ははがれていた。「白雪はゲームでは有名だが、碑は忘れられているのだろうか」。その後陸上自衛隊に入り、2019年に退職してから清掃を始めた。「命を懸けて働く大変さを身をもって知り、慰霊の思いがより強まった。艦これのファンをやめても続けます」と話す。

 園内の碑前で追悼式を開く戦艦大和会や航空母艦飛鷹(ひよう)会は、元乗組員や遺族で結成されたが、高齢化などで自然消滅状態になった。いずれも約10年前に呉市内の有志たちで再結成した。艦これがきっかけで入会する人も多い。大和会の兼森均事務局長(73)は「運営の担い手の若返りが課題の中、積極的に関わる人もいて助かっている。興味を持つきっかけは何でも良い」と話す。

 空襲関連の追悼は担い手の確保に苦しむ。和庄地区で7月の市街地空襲の慰霊祭を終戦直後から続ける寺西自治会の小林幸生さん(76)は「役員は70代が中心で、減少し続けている」とする。

 警固屋で6月の呉海軍工廠(こうしょう)への空襲で亡くなった動員学徒たちの追悼法要を続けてきた満行寺仏教婦人会も同様だ。参列者も減少し、今年は約10人だった。それでも中止を考えたことはない。11歳のとき、7月の空襲で火の手から逃げた小出順子(よりこ)会長(92)は「若者が楽しい思い出も少なく大勢亡くなった。生きている限りは開くが、その後は続くのだろうか」と心配した。

(2026年8月7日朝刊掲載)

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