第二話 凶刃、閃きて

第二話 凶刃、閃きて


 あくる日。

 なつめという女天狗がいる庵室の情報を掴んだ。

 を介してある程度の場所を絞り込み、あとは現地の者たちをそれとなく探る。

 一番いいのはなつめを恨んでいる連中だ。敵の敵は味方、とは良く言ったもの。そういう奴らと接触できればしめたもの。男ならなお良い。

 禰涅ねくろはなつめの息子に恨みを持つという若造に取り入って、体を許し、情報を抜いた。己のことを吹聴されても困るので、事が済んだ後、その男には土の下で眠ってもらった。

 聞けばその男、数年前になつめの子を手籠めにしようとしたらしく、それが彼の兄弟に露見、凄まじい報復にあったらしい。

 別に意図したわけではないが、その「子」の復讐を代行している事になっていると、ふと気づいた。


 男が男を手籠めに――というのは、現代日本人的な感覚で言うと特殊に思えるが、西洋文化が流入する以前の、江戸以前の日本では男色も女色も普通であった。ある意味で究極的なLGBTQの先進国家だったのである。

 たとえばある武将に抱かれたんだ、羨ましいだろ――そんなふうに、大っぴらに自慢する家臣さえいたという。

 女が遊郭に見物に行くという話も普通にあったというから、まあ、今よりは性というものへの捉え方、見方が違ったに違いない。


 さて。

 禰涅は山を登る。見た目はこの地に根付く独特な、神社に詣でて万物に神在りとする神魂道かみたまとうとも、寺で苦行を積み窮乏の旅で功徳を積む燦仏天さんぶってんとも違う(あるいは、その両方の性質を継いだ)、天験道てんけんどうという教えの天験者てんけんじゃ風の装いだった。

 この装いならば山を登っていても「山を知るため」という適当な理由がまかり通るし、なつめの庵室に入り込む際、「案内あないをこいたい」とそれとなくなつめだけを引っ張り出せる。


 ちなみに装いは盗んだものだ。忍びには隠形の惻隠術そくいんじゅつだけでなく、盗賊なんぞよりはるかに優れた偸盗術ちゅうとうじゅつも必須であった。

 本来は敵方からの情報を盗むという技術だが、その情報は必ずしも声だけでやり取りされるとは限らない。時には暗号文、時には物品という形で、その者らにだけ通じる符丁を用いてやり取りされる。

 そういうわけだから、忍びは「隠れる術」、「やり過ごす術」、「盗む術」、「聞き出す術」、そして最終手段として「密かに殺す術」――とを叩き込まれていた。

 ちなみに今禰涅がやっているこういった「変装」を、「七変化の術」などともいう。


 と、庵室というにはずいぶんと立派な堀と土塁が見えてきた。四方一町張り巡らされた環濠があり、その残土で盛り上げた土塁、その上には荒縄で縛られた竹束の壁。

(ほう。堅固だな。城と言えるかもしれん)

 鏡石屋かがしやが景観だけを突き詰めた城を流行らせたが、それ以前の、防御陣地としての山城に近い印象だ。

 実戦的な城の多くは「土のまんじゅう」みたいな形をしているものだ。字面は可愛いが、これが存外理にかなっており、堅固であった。

 虎口の前に馬出の曲輪があれば、寄せ手は難渋させられよう。なんせそれは、城兵側が機を窺って打って出、寄せ手に対して反撃できる絶好の設備だからだ。


 禰涅の見立てはまんざらでもない。

 地方の局地戦であったならば、これくらいの「城」でも、城兵が二、三十も詰めれば堅城である。


 しかも、門前には獣狩犬の番がいる。

(式神だろう。厄介な)

 禰涅は、いや、多くの忍びは犬を嫌う。武士の具現とも言える忠義者である犬は、主君を守るためならば人の武士を凌ぐ獰猛さと献身を持って、敵に食らいつく。

 まともに相手をしていればあっというまに周囲にやり取りを察せられよう。

(始末するか)

 禰涅が手にした杖に力を込める。背負っている三味線が、ちゃき、と擦れる音を立てた。

 そのときだった。

「どうしました」

 背後から声をかけられた。ここで吃驚するような間抜けな振る舞いはしない。

 禰涅は「いえ。山頂に祠があるといいますが、道らしい道もなく――失礼、この者は天験者の端くれ。名は山に埋めました」と、淀みなく答える。

 声をかけてきたのは、なんの大御祝おおみいわいか、なつめその人ではないか。


「祠……ああ。道に詳しいものがいます。お入りを」

「助かります」


 禰涅はなつめの後ろをついてく。勝手口の扉を開けてくぐっていく彼女の尻が、なんとも艶めかしい。

(犯す)

 そう決めた。

 番犬は、じっとこちらを見ている。


 敷地内に入ると、そこには庵室と、畑、作業小屋に、蔵とがあり、ずいぶんと立派な印象を受けた。

「ご家族で?」

「ええ。子どもを入れて五人。とはいえ、今は親子三人で暮らしています」

 独り立ちしたか、奉公にでも出たのだろう。


「今は、ここにはお一人で?」

「そうです。旦那も息子も――」


 禰涅はなつめに飛びかかった。

「阿呆が、喋らぬでよいことをべらべらと。匂い立つ、お前の女の気が。私を中に引き入れた時点でお前の明暗は尽きている」

 なつめの襟に手を突っ込んだ。まもなく胸乳に触れるとき、禰涅の天地が回転した。

 色にうつつを抜かしつつも、そこは忍び、禰涅は両足から着地した。

 が、相対するなつめは禰涅が放った杖を蹴り上げて掴んでいる。

(神使隊筆頭というのはまことのようだな)

 禰涅は懐から小刀を抜いて逆手に構えた。

(ということは、この女、天嵐流を修めている――)


 禰涅は低く構えつつ喉を鳴らす。豹のような唸りであった。

「気取られると花」

「匂い立つのよ。あなたのどす黒い殺気が」

「いかん、最近はめっきりこれが仕事の大半でな。興奮すると漏れてしまう」

「殺しは好かない。けれど、半殺しにはする」

「出来もせぬことをほざく。だから天狗は、好かん」


 禰涅は駆け出した。

 前方からなつめの突きが迫る。さっと左斜め前方へ体を倒し、ほとんど転がり込むような勢いでなつめの脛に飛びかかった。

 普通、武芸者は足を狙われることを極度に嫌う。剣士が槍や薙刀に勝つのに三倍からの技量がいる、という有名な話もこれが理由だ。

 刀で足を狙う攻撃を防いだり払うのは困難だし、よしんばできても、次手の突きが頭に来たら反応できない。


 禰涅が脛を狙い姿勢崩しにかかったのは、それと似た理由。

 そして組み討ちにもちこんで確実に仕留める。小刀の利はそこにあった。懐に潜り込んでしまえば、長い杖は活かしきれない。

 なつめはしかし、未練がましく杖を握る真似はしない。老獪な女天狗は杖をぱっと遠くへ捨てた。遠くへ投げたのは、禰涅に再利用させないためであろう。


 二人はもんどり打って組み合った。

 禰涅は長身のなつめの腹の上で右腕を上げた。手先には、鋼の刃が日差しを照り返している。

 なつめの足袋底が禰涅の顎を蹴飛ばす。頭の中に火花が散る――禰涅は口の中に広がる鉄の味を噛み締めながら、彼女の脇腹に小刀を突き立てんとした。

 けれどもなつめは素早く身をひねり、刃を逃れた。ごす、と刃先が土をえぐる。

 その勢いで上下入れ替わると、なつめは小刀を握っている禰涅の右腕を、左膝でねじ伏せてしまう。

「伊達に長生きしているわけじゃない」

「舐めるな、天狗め」


 禰涅はすでに次手を打っている。左手――そこに袖に仕込んだ棒手裏剣、銑鋧せんけんを抜いていた。

 手挟んだ五寸ばかりの鉄をなつめの太ももに突き立てる。

「っ――」

 悲鳴を噛み殺すなつめ。だが、力は見事に緩んでいる。

 怯んだ隙に立ち上がった。右手はしびれている。小刀を左に持ち替えた。仕損じて反撃など受けたくない。

「恨みはない。――死ね」


 刀を振り下ろし――、――?

「がっ、あ」


 禰涅の右股から、矢が生えている。

「母上っ!」

 そこに、鋭い声が差し込まれた。

 声の主は、美貌の獣狩ししがりであった。

「貴様――」

 禰涅は矢を抜かんとしたが、すでに獣狩の青年が次の矢をつがえていた。

「頭を射抜くぞ。神妙にしろ」


 しくじりだ。

 禰涅は「くそがき」と吐き捨て、負けを認めた。

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