今日の午前中の話だ。
お宅のお嬢さんが店内の商品に落書きをしまして……と書店からの電話で職場を飛び出し、指定された店舗へ急行した。
応接スペースに通されると、泣き腫らした顔の娘(小5)と、苦渋の表情を浮かべた店長が待っていた。
店長がテーブルに並べたのは三冊の18禁の男性向け雑誌。中身の一部を油性マジックで黒々と塗りつぶしたという。
「どうしてこんなことしたんだ……?」
尋ねると、娘はぽろぽろと涙をこぼしながら小さな声でこう言った。
弁償として落書きされた3冊は当然すべて買い取った。田舎の個人書店だったこともあり、店長のご厚意で警察沙汰にはせず厳重注意だけで済んだのは、不幸中の幸いと言うべきだろう。
車で自宅へ戻る途中、助手席で黙り込む娘の横顔を見ながら、俺は動悸が止まらなかった。
妻は以前からSNSでそういったジェンダー論や「表現の自由」に関する過激なアカウントを熱心にフォローしていたし、テレビのニュースを見ながら独り言のように憤っている姿を何度も見てきた。
だが、まさかそれを娘にまで吹き込んでいたとは知らなかった。
それとも、娘が自発的に母親の真似をして正しいことをやったつもりになったのだろうか?
いずれにせよ、俺は知らなかったのだ。仕事で忙しく、家庭のそういう変化に気づけなかったのは確かに俺の落ち度だ。
しかし娘に変な思想を植え付けたのは妻だし、外で犯罪紛いの行動を起こさせたのも妻の教育のせいであって俺は悪くない。
娘は俺のスマホの番号だけをお店側に伝えたようで、妻はまだこの事を知らない。
もうあと一時間もすれば帰ってくるだろうが、どのような顔をして会えばいいのか正直分からずにいる。